資料室

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詩 「の の景」



 前の記事で「以下次回」と書いて、しんどい時は詩を書いて時間をかせぐ。


の の景

丘の上の塔の影を映して
静かな冬の昼下がりの湖面 
くすんだ銀の雲

柳のしだれ
湖岸のベンチでペーパーバックの
英語の物語を読む女学生

隣のベンチで居住まいを正し
頭の中でスケッチをする男

一枚の絵となって時間が永遠に止まっている
 (水鳥がいたような)

北京大学の隅の庭園の景





先にロスチャのお勉強で
https://memori1954.exblog.jp/29730727/ 
 最後に「好きなことをやることです」という結論がありました。  
 これについて書くには、資本主義と労働を考えることから始めなくてはなりません。
 すると奴隷制について見ておかないと、話が進みません。
 そういうわけで今日は奴隷制の歴史を少し辿ってみます。

 
主に こことか
https://ja.wikipedia.org/wiki/奴隷

ここがネットではよく参照されます
「奴隷制度の歴史」

http://blog.livedoor.jp/ahonokouji/archives/51873898.html

 古代バビロニアのハムラビ法典には奴隷階級であっても一定の権利を認め、条件によっては奴隷解放を認める条文が存在する。
 古バビロニアの諸王は、債務を帳消しして奴隷を解放する「徳政令」を度々実施した。

 おおざっぱに言えば、古代ギリシャ、ローマは奴隷制で成り立っていた国家で、あらゆる業種に就いていた。
 労働を蔑視するギリシャ人は生産活動を奴隷に頼り、自らは閑職である政治に専ら参与した。
 ローマは過酷な鉱山労働や、剣闘奴隷があったが、平和な時代になると(パックス・ロマーナ)、奴隷の供給が困難となり大切な人的資源として、大半は大規模農園の農奴であった。
 ※北アフリカ の砂漠のど真ん中に、当時の鉱山跡が残っていて、目にした人は「ここで働かされた奴隷は、生きては帰れなかっただろうな」と思うようです。

 都市部では奴隷から解放されるものも多かった。その子どもの代には市民権を取ることも可能で、高い技術の職人や知的労働の担い手でもあった。高位高官も珍しくなく、皇帝さえも奴隷階級から出ている。

 ヨーロッパ中世は封建制のもと、基本農奴であり、しだいに小さな土地を与えられた小作人となっていった。
 西ヨーロッパからビザンチンやイスラム諸国への奴隷売買は盛んであった。
 ベネチアなどの北イタリアの諸国家は奴隷売買によって富を蓄えた。ベネチア〜出ました。
 
 東洋は奴隷制はゆるい。一般市民との差異は労働に関する制約がほとんどで、基本農奴である。
 欧州圏とは異なり奴隷の殺害を罪に問う社会が多かった。また、身分の固定も強固なものではなく、奴隷身分からの脱出も欧州世界ほど困難ではなかった。

 
インドカースト制を代表とする身分制度のうち、シュードラダーサを奴隷と訳すこともあるが、所有・売買の対象という意味では定義から外れる。(wik)

 日本は歴史捏造・妄想国家で、朝鮮半島について書かれている、倭人伝の倭国を日本として、邪馬台国は自分のところだとか、おらの町が比定地だとか、官民一体で、いつまでもバカをやっている。
 それで卑弥呼が生口(奴婢)を魏の皇帝に献上したのも日本の歴史ということになっている。
 あの時代(いつだっけ)すでに日本は中国皇帝に朝貢する国家であったと自画自賛したいだけ。
 はいそこの旧帝大の教授の方々、山形明郷氏の古代史ちゃんと読みましょうね。一億国民のために、ヨーツベ貼っておいてあげます。

山形明郷先生後援会
「邪馬台国は 日本にはなかった」





 おっと、話がそれた、日本の奴隷制。
日本律令制度では、人口のおよそ5%弱が五色の賤とされ、いずれも官有または私有の財産とされた。そのうち、公奴婢(くぬひ)と私奴婢(しぬひ)は売買の対象とされた。この2つの奴婢身分は、平安時代前期から中期にかけての公地公民の律令制度の解体と、荘園の拡大の中で寺社領に於いては減っていったが、皇家や公家の荘園では依然として存在し続けた。五色の賎は百姓の中かなりの割合(1/3)を占め、良民との結婚などに制限があったが、良民の3分の1の分田が班給されており、これらは中世以降の小作人や欧州の農奴に近い存在であった(wik)。
うーん、ゆるい。


 朝鮮の奴隷制は東洋では例外的に強固で、しかも近代まで継続している。これは韓国自から研究し公表すべきものだと思う。


 ここでようやく本題、ヨーロッパの近代とアメリカの奴隷制は人類の歴史において、極めて特殊で、悪辣である。
 資本主義のもとでの労働そのものが、形を変えた奴隷制である、というところから発生している病根である。

 以下次回





ヴェネチアン・グラス

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 イタリアルネサンス絵画、ヴェネティア派
 赤(朱)が音楽的なハーモニーを奏でている作品を選んでみました。
 古典的な造形を主とするルネサンス絵画の中で、ヴェネティアの色彩感覚は抜きんでて印象的です。ドラクロワにつながる感覚性です。
 これがカナン、フェニキア人ひいてはアシュケナージ系ユダヤの色彩感覚ということになります。


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ジョルジョーネ「ねむるビーナス」1508/10年頃



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   「教皇パウルス三世とその息子たちの肖像」 1546年



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ヨセフとポテパルの妻  1555?年から1555年







アシュケナージ系ユダヤはカルタゴの末裔


 アシュケナージ系・ユダヤ人について誤解が多い。
 かってソビエトの学者が唱えた説が、ずっと信じられている。

 7世紀から10世紀コーカサス地方にタタール人のハザール国があり、イスラム教かキリスト教への改宗を迫られて、ユダヤ教を選択した。だからアシュケナージは白人で偽ユダヤ。そんな話。

 最新の遺伝子研究で、アシュケナージ系は紀元前2世紀頃の、地中海周辺に発することが示された。
http://www.natureasia.com/ja-jp/research/highlight/8799




ネイチャー(ネーチャンではない)の論文より引用

「Jewish communities were already spread across the Graeco-Roman and Persian world >2,000 years ago. It is thought that a substantial Jewish community was present in Rome from at least the mid-second century BCE, 」

ユダヤのコミュニティーは2000年まえにはペルシャとグレコ・ロマン世界にわたってすでに広がっていた。かなりのユダヤコミュニティーがBⅭ2世紀の半ばからローマに存在していたと考えられる。
http://www.nature.com/articles/ncomms3543
 
 
 紀元前2世紀、地中海周辺に歴史的に何があったか。第三次ポエニ戦役でBC146年カルタゴ滅亡。
 フェニキア系の海の民、交易国家カルタゴ。国家滅亡とともにその民も歴史から消えたことになっている。
 しかしカルタゴ人はユダヤ教に改宗し、アシュケナージ系ユダヤ人として身を隠した。
 その後イタリアの北東部、潟で人の済まない土地を開拓して国とした。  
 時代背景を考えるとこういうストーリーが考えられる。 

フェニキア=カルタゴの遺民でなくして、誰がこのような悪条件の重なる不毛の地に都市を建設しようなどと企てよう。テュロスしかり、カルタゴしかり、ニューヨークしかり、彼らが拠る海洋都市は、「海に出るに便なる」ことが必要にして充分な条件であるらしい。彼らには、陸の民には窺い知れない嗅覚と美学とがあるのであろう。その不毛の地に都市国家を建設するために注ぎこまれた途方もない富と努力を想像すると、気も遠くなるほどだ。」
 天童軸丸「悪の遺産ヴェネティア」
 一冊しかない本らしく、「舎人学校」で概略が読めます。ハザール国の入る余地のない論説ですから、アシュケナージという言葉は出てきません。
 最新の遺伝子研究で、天童氏の学説の重要な個所が裏づけられたといえます。
http://pro.cocolog-tcom.com/edu/2012/03/post-091b.html

 ポエニは音韻変化でベネチアとなる。
Veneziaのveni-はローマ人がフェニキア=カルタゴを呼ぶときの名称poeniである。v音とp音ないしPH音は相互に容易に転鉛しうる。

 東ローマ帝国に守られ、貿易中継地として絶妙な地にあるベネチアを開墾して、交易国家を樹立し、お隣スイスを金融の中心として、やがて世界の金融界を制覇。
 非常に簡単だけど、こういう認識でいいのではないでしょうか。 

 千年、2千年というと、ずいぶん昔のことのように感じてしまいますが、歴史は連綿と繋がっていて、民族的な本質は何も変わらないのでしょう。
 地中海の覇者であったフェニキア人、カルタゴがローマに敗れたからと、民族が消滅したわけではない。
 海を渡る商人、交易と貨幣の扱いのプロ集団が、民族混交しながらもアシュケナージ系ユダヤ人として、今にいたる金融界の覇者となった。
 いずれ私の歴史認識が世界の常識になる日が来るでありましょう。おいおい。 
 
 カマール・サリービーは、フェニキア人はアラビア半島西部のカナン人が、地中海西岸(シリア、レバノン)に移住してきて、青銅器文化から鉄器文化へと変貌したと言います。
 ベイルートで発掘されたヘレニズム時代のコインには、フェニキア文字で、この町が「カナンの」町であると書かれ、またギリシア語で「フェニキアの」町だと記されている。
 そしてカナン語はヘブライ語の起源であり、ヘブライ語はカナン語の異形としています。
 フェニキア語は解明されていますし、コインの物証は動かない。「聖書アラビア起源説」。


 木村愛二は、錫を必要とする銅器は、鉄器よりも後で、当時錫の鉱山はアフリカにあった。イベリア半島とブリテン島の錫の鉱山は後代であるという。
 そしてフェニキア人は鉄商人とします。
 1920年カルタゴの神殿から女性をかたどった石棺が発掘され、宗教上の最も高貴な人物であったであろう女性が埋葬されていた。それは一人の黒人の女性であった。
 木村愛二氏はフェニキア=東アフリカ説です。「古代アフリカ・エジプト史への疑惑」

 おそらくⅯ・バナールの「黒いアテナ」に触発されて、かつエジプトからだけでなくアフリカ全体を視野に入れて、地中海の文明圏を再検討した本でしょう。

※天童軸丸氏と木村愛二氏が論争で仲たがいしていたとき、間に入ったのが、舎人学校の亀さんだったとのこと

 カナン人はヘブライ語のquna「商業を営む」「商人」によるという説と、「紫色」(または「緋色」)という意味のギリシア語を語源とする説も存在する。 

フェニキアの語源については、アッカド語で染料を意味するキナッフに由来するという説と、「赤い(または赤紫)衣を着た商人」フェニケスからきているという説があります。
 職業と色彩がキーワードということが分かります。

 赤と言えばベネチアングラスの赤につながります。ルネサンス期のベネチア絵画は特別の色彩の輝きが特徴で、特に赤を基調としたあふれるような色彩です。

 ベネチア人がフェニキア人の末裔なら、当然サンマルコ寺院に代表される中世の美しいモザイク画や、ルネサンス期ベネチア絵画の巨匠たち、ジョルジョーネ、ティチアーノ、ティントレットたちも、アシュケナージ系ユダヤ人という結論を導きます。

 民族の色彩感覚は連綿と受け継がれていきます。アフリカとアラビア半島の間の紅海も「赤(い人)」chumurという語からきているそうです。
 赤(赤紫)は高貴な色彩として古代の王に尊ばれ、キリスト像は赤い衣を身にまといます。
 (食の文化もそうです。九州の豚骨ラーメン。すでに縄文時代に土器で豚骨スープを取ったことが分かっています)。

 ソロモンによる神殿建設で有名なレバノン杉とアッキガイ科の貝からとれる、赤い染料の産地として、それを重要な特産品として、カナンからフェニキア、そしてカルタゴからベネチアへ、交易の民、商人として現代に歴史を繋いでいるのでしょう(染料の原料については異論もありますが)。

「しかし紀元前9世紀から紀元前8世紀に、内陸で勃興してきたアッシリアの攻撃を受けて服属を余儀なくされ、フェニキア地方(現在のレバノン)の諸都市は政治的な独立を失っていった。アッシリアの滅亡後は新バビロニア、次いでアケメネス朝ペルシア帝国)に服属するが、海上交易では繁栄を続けた。しかし、アケメネス朝を滅ぼしたアレクサンドロス大王によってティルスが征服されると、マケドニア系の勢力に取り込まれてヘレニズム世界の一部となった。
一方、紀元前9世紀に北アフリカに建設された植民都市カルタゴは、フェニキア本土の衰退をよそに繁栄を続けていたが、3度にわたるポエニ戦争の結果、共和政ローマに併合されて滅んだ。」
ウイキペディアより

 古代ローマ帝国は版図は広かったですが、ギリシャ文化の模倣のみで、その内なる精髄には終に触れることのなかった民です。彫刻を見ただけでも解ります。膨大な量のローマ彫刻は、ギリシャ彫刻の完全な模倣に終始しています。
 ローマの都市の初めは、移住したエトルリア人(今のトルコの地中海側にあった都市)によって、築かれたものですが、ラテン系のローマ人は文化という点では粗野でした。

 ギリシャの黄金時代にも、覇を競ったカルタゴは独自の文化を有しながら、ギリシャの文化の精髄をも知ることのできる、民でもあったのではないかと私は考えています。
 それが学問、芸術の天才として近・現代に開花しているのかもしれません。

 有能な職人、商人という一面と、フェニキア人について、旧約聖書や古代の文献そして、考古学が裏付ける重要な側面があります。
 旧約聖書で執拗に書かれている、カナンの偶像バール神と神事での乱交。モーセの十戒の場面が有名。
 売春と大規模に行われた子供を生贄とする宗教儀式です。これは悪魔崇拝となって、今現在もディープステートの儀式で行われており、摘発されています。
 フェニキア、カルタゴに蔓延した悪魔崇拝

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 一方、やはりアラビア半島は内陸部に発する本来のユダヤ人(スファラディ系)は、今のイスラエルでは無力な少数派の反シオニスト。
 厳格なユダヤ教徒。アブラハムの時代から変わらぬ信仰です。
 信仰は内向きだけど、外に向かって真の博愛主義者は、現代ではキリスト教徒ではなく、彼らスファラディです。

 ネット世界ではディープ・ステート憎しで、アシュケナージというと悪の権化のようになっていますが、「罪を憎んで人を憎まず」 せめて金融覇権を憎んでアシュケナージを憎まずでいきましょう。
 憎しみは憎しみの連鎖を生みます。それがワンワールドに凝り固まった集団を生み出したのですから。

 私たちがなすべきは、非資本主義社会の在り方を模索し、実現していくことです。
 その目的のために延々とブログ記事を書き続けています












「東方経済フォーラム・釈然としない露中報道」


 今回の東方経済フォーラム前後の中露の対日報道が釈然としない。
 安倍の会議場での場違いで、傲慢な振る舞いに、海外の一記者が怒りの記事を書いていて、こちらまでその場にいて恥をかいているような、なさけない話なのだが。
DEEPLY JYAPANさんのサイト↓
https://blog.goo.ne.jp/deeplyjapan/e/2d160aeafc7d860e2b4c72e05855c484



 9月11日〜13日  第4回東方経済フォーラム

 12日 日本は地震を偽装した核実験をやめよ(军情高地ほか)

 13日〜15日 日本人教授 極東2019年軍事演習に参加を希望、中露日軍事同盟は可能(cyina.com他) 
最初に中国の記事を見たとき「厚かましい」と書いてたと思うけれど、見間違いだったのか。
https://military.china.com/important/11132797/20180913/33885992.html
https://www.recordchina.co.jp/b644099-s0-c10-d0052.html


 15日 ロシア連邦国有通信社のRIAノーボスチは、10日にウラジオストクで行われた日露首脳会談を受け、ロシア問題の著名な専門家、筑波大学の中村逸郎教授にインタビューを行った際、同教授が=安倍晋三安倍晋三首相とプーチンプーチン大統領の会談で、日本はロシアと中国と共に2019年の『ボストーク』連合軍事演習への参加を希望した」と明らかにした上で、「日露中の三国で軍事同盟を結ぶであろう」と予測したと伝えた(SPUTNIK)
https://jp.sputniknews.com/opinion/201809155341596/


 「地震を偽装した核実験」報道と「合同軍事演習に参加希望と露中日軍事同盟」の報道は、どこかでリンクしていると思わせる。

 しかし私人である中村逸郎がどうして「日本はロシアと中国と共に2019年の『ボストーク』連合軍事演習への参加を希望した」と断じた上で、「日露中の三国で軍事同盟を結ぶであろう」こんな重大というか、とんでもないことを断言できるのか。

 また、どこで行われたインタビューなのか。会議場にいたのか、日本でのインタビューなのか。
 政府筋ではなく、ワンクッション置いて中村へのインタビューという形にしたのは、話が重大すぎるからか。
 しかも先に中国で報道して追認の形で10日のインタビューとして、15日にSPUTNIKで報道。

 話は出てしまったのだから事実であろう。するとアメリカの了解を事前に取っていたという結論を導くけれど、ほんとにそんなことがあり得るのだろうか。はなはだ疑問だ。
 
 もしアメリカが黙認したとするなら、これは駐留米軍の撤退とか、予算削減の問題ではなく、もうどうにもならない福島第一原発とフォーラム直前の9月6日北海道地震による柏原発一次電源喪失。個人的にはこれしか考えつかない。

 もし原発と放射能の問題が日本人の被害だけであれば、アメリカは取るものは取りつくして、日本の滅亡を待つだけであろうが、太平洋を越えて流れていくから、そうも言ってられない。
 トリチウム水タンクからの海への放水は待ったなしの状況。

 もしなんとかできる可能性があればロシアに委ねる。軍事同盟でもなんでもいいから、協力を取り付けろ。もうこういうシナリオでしかありえない話に思える。
 ネオコンに取り巻かれているトランプ一人の思いだけで決定できるような内容ではない。
 もう一つ考えられるのは、そのケがあった中村逸郎の頭がとうとうあれしたか。

しばらく様子見。



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