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子どもたちの心の闇―
十代の少年少女たちによるショッキングな犯罪が起こるたびに、この言葉が持ち出される。
心の闇とは何なのか。いったいそれはどこから、どのようにして生まれるのか。
なぜ、子どもたちは人を傷つけたのか。
アメリカ・ニューヨーク州にあるグリーン・チムニーズは、1947年に開設されて以来、
自然や動物たちとのかかわりを、心に傷を負った子どもたちの癒しに積極的に取り入れてきたことで
世界的に知られる治療施設だ。さまざまなむずかしさを抱えた六人の子どもたちの物語を軸に、
グリーン・チムニーズの取り組みを紹介したい。

Amazonより



虐待やネグレクトを受けた子供たち、親の愛情を全く知らずに育った子供たち、
その多くは、自分に対するセルフ・エスティーム(自分を愛し尊ぶ心)に欠けているのだそうです。
そして他人の存在を尊重することも出来ない・・そうでしょうね、そんな余裕ないと思います。

一般の学校に馴染めず、このグリーン・チムニーズにやって来た子供たち。
最初は動物になど興味のなかった子供たちが、動物の世話や彼らとの関わり合いによって、
自分、そして他人を慈しむ心を育てていく。

この本には、多くの子供たちの写真が掲載されています。
動物を見つめるその表情は温かさに溢れ、彼らが経験してきた過酷な日々を思うと、
胸にこみ上げてくるものがあります。

私も小さい頃から、犬や猫と一緒に過ごしてきました。
小、中、高校、大学、社会人・・・と、思春期やらちょっとした反抗期やら、
そんな過程の中で、当然ながら涙したことも多かったです。
友達や親にも相談できないような時、犬や猫に慰められました。
特にいつも一緒に寝ていた猫にはね。
別に、何か言ってくれるわけでも、こちらをじっと見つめるわけではなく、
まぁ、猫はいつも通り寝てるだけなんですけど・・!
それがいいんでしょうね。アドバイスや慰めの言葉が欲しくない時とか、
明らかに自分が悪くて、慰められるに値しない、どうしようもない時とか、
ただじっと隣にいる猫の存在が温かくて。
そんな時、偶然猫が指なんかペロペロなめてくれると、感動しちゃうんですけど!

この本に出てくる子供たちは、私には想像できないほどの苦しみを、
小さな体や心で受けてきたわけです。
彼らが動物から感じたこと・・私にも少しは分かるつもりです。


以下、本文からです。


動物たちは、子供たちの
いちばん優しい部分を引き出してくれる。
表向きはどんな問題児の
レッテルを貼られた子であっても。
慈しむ心− それは、
誰もが内に持っている宝物なのだ。


「ヤギたちに囲まれていると、ああ、自分は受け入れられているんだ、
無条件で愛されているんだって思えた。

動物たちがいなかったら、この6年間、やってこられたかどうか分からない。

悲しくなると、先生に頼んで農場に連れてきて貰った。
動物たちは人の気持ちが分かるもの。
動物たちのそばにいると、いつでも心が穏やかになったわ。」

(こう話すケイラは、もう長いこと不安を和らげるための精神安定剤を飲んでいる。
 薬を飲み忘れると、夜眠ることが出来ない。朝まで眠れず、
 次の日は一日ぐったりしてしまうのだという。
 薬を飲むのは、自分の生活の一部なの、と屈託なく笑う。)


  

ノアの子

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ジョゼフは7歳、ベルギーに住むユダヤ人だ。
1942年、ナチスに追われ両親と離れ離れになったジョゼフは、
キリスト教神父にかくまわれた。多感な少年時代を過ごした教会は、
まさしく洪水に見舞われたユダヤ教を救うために神父が作ったノアの箱舟だった。
宗教とは何か?愛とは何か?
そして、ジョゼフが神父の箱舟の中で学んだ人間の正しい姿とは...。

Google Booksより


ノアの箱船・・・ノアは、大洪水に備え、箱船を造り、すべての動物のつがいを乗せた・・。

神父は、ユダヤ人の子供たちを守っていました。
礼拝堂の地下には、小さな秘密のシナゴーグ(ユダヤ教の会堂)を設けており、
ユダヤ教にまつわる物を大事に保管していたのです。

ナチスによるユダヤ人迫害を、「洪水」に例え、自ら見いだした「箱船」に、
大切な物を乗せていたわけです。

以下、印象に残った言葉の抜粋です。




「ジョセフ、おまえはユダヤ教とキリスト教のどちらがほんとうか知りたがるけれど、
答えはどちらでもないんだよ。宗教にはほんとうもうそもない。
宗教というのは人間に生き方を提案してくれるものなんだ。」

「ほんとうじゃないものをどうして信じられるの?」

「ほんとうのことしか信じないとしたら、信じられるものなんていくらもないさ。二+二=四、
それだけじゃないのか。あとは不確かなものだらけだ。感情とか規範とか価値とか好みとか、
当てにならないものばかりだろう。そこには数字のような正確さなんか、かけらもないし。
『尊敬』の対象になるのはね、『証明されたもの』じゃなくて『提案されたもの』なんだよ」




「ユダヤ教でもキリスト教でも、まじめに信じている人には悪いことが起こらないんじゃないかな」

「そんなろくでもない考え、どこで仕入れたんだ?」

「教理問答の時間に、ボニファス神父がね・・・」

「やめなさい!ばかばかしいにもほどがある!人間は傷つけあうことがあるけれど、
神がそれに口出ししたりするものか。神は『自由な』人間を創造したんだよ。
だから私たちが味わう喜びや苦しみは、本来授かっている長所や欠点とは関係がないんだ。
おまえは神さまにいったいどんなご利益を要求するつもりだ。
ナチスに捕まらなかった人が神に愛されていて、捕まった人は神に嫌われているなんて、
とても思えやしないだろう。神は人間のすることに干渉しないんだよ」

「じゃあ、何が起ころうと神さまは知らん顔ってことなの?」

「私が言いたいのはね、何が起ころうと、神の仕事が終わっていることに変わりはないと
いうことだよ。今度は人間の番なんだ。人間のことは人間がしなくちゃいけないんだよ」





「ユダヤ教徒もキリスト教徒も信じる神は同じ、モーゼに十戒を授けた神だ。
そして、神は人間世界に救い主を送り込む約束をされたことになっている。
でもユダヤ教はイエスがこの救世主だとは認めない。イエスは賢いけど、
自分たちが待ち望んだ神の使いじゃなくて、ふつうのユダヤ人だって考えるんだ。
でもキリスト教じゃ、イエスは救世主で神の子だ。
イエスが人の姿をした神さまだと信じ、彼は一度死んだあとによみがえったのだと考える人が、
キリスト教徒ってことになるんだよ」

「じゃあ、キリスト教徒にとっては『もう終わって』いて、
ユダヤ教徒にとっては『そのうち起こる』ってことなんだね」

「そのとおりだ、ジョゼフ。キリスト教徒は『思い出に生きる人』で、
ユダヤ教徒は『まだ待っている人』なんだ」

「だとすると、キリスト教徒は待つのをやめたユダヤ教徒なのかなあ」

「そうだよ。ユダヤ教徒はイエス以前のキリスト教徒と言ってもいい」



  

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心に残った言葉

  

新聞の本の紹介コーナーで、印象的な言葉を見つけました。

シルビア・アールさんという、海洋探検家・生物学者の方が書いた本に、
載っている言葉です。
彼女は、水深1000mに単独で潜水した世界記録をもつ方です。

以下、抜粋です。


1000mに到達し、潜水艇の中の光を消してみると、真っ暗になった海の中で、
おびただしい数の小さな生物が青緑色の光を放っていました。
ほとんどが人間の知らない生き物です。

孤独感はまったくありませんでした。
だって、周りにはあらゆる生物がいるのだから。
それが、生命のあふれるこの惑星にいることの素晴らしさです。
どこへ行こうとも、1人になることはありません。


以上でした。


水深1000mの世界なんて、想像出来ませんよね。
・・というより、恐怖を感じてしまいます。
しかも1人ですよ!!

でも・・真っ暗ではないんですね。
暗闇の中で、たくさんの生物が光を放つ。
なかなかその状況に自分がいることを想像出来ませんが、
彼女の「孤独感は全くなかった」という言葉は印象的です。

隣に「人間」がいなくても、
名も知らぬ生き物に囲まれ、孤独など感じずにいられる。
むしろ、あふれる生命を実感することができる、
何て素晴らしいことだと思います。

そうですね、そう言われてみると、この地球は生命にあふれているんですね。
私達人間は、生きていく中で、孤独を感じることがありますよね。
私ももちろん、そんな経験がありますが・・
そういう時に、私はよく、野生動物(特に単独で行動するような)のことを思います。
たくましいなと感じます。野良猫のことも考えます。
彼らの力強さを見習いたい気になるのです。

人間社会で生きている以上、孤独を感じることはありますし、避けられないことでしょう。
でも、彼女のような見方は、私達の視野を広げてくれるような気がします。



  


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自分の中に毒を持て

  

GWに実家にいた時、岡本太郎さんの本「自分の中に毒を持て」を発見。
何年か前に読んで、なんというか衝撃を受けました。

しかし・・

私は本当に、驚くほど本の内容をポンポン忘れていく人なのです。
映画もそう。あれ?どんな内容だったっけ?と、すぐ忘れてしまう。

自分にとってつまらない作品ならともかく、もう一度見てみたらとても楽しくて、
何でこんなに楽しいものを忘れてしまったんだろう、という感じです。

で、この本も、すごい内容だったよな・・と、なんとなく、「すごい」という記憶はあるのに、
具体的な言葉が思い出せない!

って事で、また読んでみました。
力強い言葉の数々。その中で、私がとても感銘を受けたのが、

「エゴ人間の幸せ感覚」という章。ちょっとだけ書きます。



 ぼくは“幸福反対論者”だ。幸福というのは、自分につらいことや心配なことが何もなくて、
ぬくぬくと、安全な状態をいうんだ。
 だが、人類全体のことを考えてみてほしい。
 たとえ、自分がうまくいって幸福だと思っていても、世の中にはひどい苦労をしている人がいっぱいいる。
この地球上には辛いことばかりじゃないか。
難民問題にしてもそうだし、飢えや、差別や、また自分がこれこそ正しいと思うことを認められない苦しみ、
その他、言い出したらキリがない。深く考えたら、人類全体の痛みをちょっとでも感じとる想像力があったら、
幸福ということはありえない。
 だから、自分は幸福だなんてヤニさがっているのはとてもいやしいことなんだ。
 たとえ、自分自身の家が仕事がうまくいって、家族全員が健康に恵まれて、
とてもしあわせだと思っていても、一軒置いた隣の家では血を流すような苦しみを味わっているかもしれない。
そういうことにはいっさい目をつぶって問題にしないで、自分のところだけ波風が立たなければそれでいい、
そんなエゴイストにならなければ、いわゆる“しあわせ”ではあり得ない。
(中略)
 ニブイ人間だけが「しあわせ」なんだ。ぼくは幸福という言葉は大嫌いだ。
ぼくはその代わりに“歓喜”という言葉を使う。



以上でした。

私は、10年ほど前に、動物の様々な現状を知った時、なんというか、
世界が真っ暗に思えたほどの衝撃を覚えました。
あの時の感覚は、今でもはっきりと覚えています。
なんだか恐くてたまらなくなって、私は多くの人が賑わう、大型スーパーに行ったのです。
今思えばよく分からないのですが、あの時は、ひとりだとその暗闇に押しつぶされそうな、
とてつもない恐怖を感じてしまったのです。
そして、明るくて軽快な音楽が流れ、そして人が多くいる、そんな賑やかな中にいたかったのです。
その、訳の分からない暗いもの、怖いものを消したくなったのです。

それほどの強い衝撃を受けたのは、さすがにその日一日だけだったのですが、
それ以降、そして今もずっと、一日に少なくとも一度、多いと何度か、動物のことを考えると、
なんというか、深いため息をついてうつむいてしまうことがあります。
畜産、毛皮、実験などのために、毎日、特に畜産動物に関しては、どの瞬間でも、
動物は私たち人間のために殺されているわけです。
そして、全国の殺処分施設では、人間に不要の刻印を押された犬猫たちが、
やはり毎日毎日殺されている。
他にも、ペットショップの狭い檻の中にいる子犬や子猫、ほかの生き物とか、
いろんな事が頭を巡り、辛くてたまらない気持ちになります。

動物だけではない。人間だって、毎日毎日たくさんの人たちが命を落としている。
特に、小さな子供たちのことを思うと辛いです。
病気や栄養失調で死んでしまう子供、生きていても、過酷な労働を強いられていたり、
戦争の渦中にいたり、身売りされて性奴隷となっているような子供たちもいる。

笑うことを知らない子供がいるという話を聞いたことがあります。
昔、旧ユーゴ紛争の時のことです。

確かに遠い国のことかも知れない。
でも、“人類全体のことを考えてほしい”という言葉に、私はなんというか、感動するのです。
自分だけじゃない、ということ。

実は今、五木寛之さんの本を夢中で読んでいます。
この内容に通ずるような、印象的な言葉があります。

「たまたまなにかの偶然で、この時代、同じ国、同じ街、同じ地域に、人の体をもって存在し、
 また何十年後にはこの舞台から消えてゆく人間が、お互いに相手を受け入れ、
 共感する気持ちで生きてゆくことが、その〈体〉と〈心〉を豊かにし、いきいきした人生を
 歩むことになるのではないか・・」

これを、住んでいる場所や、人に限定しない形で読むと、今この地球上に、本当に偶然に、
一緒に存在している世界中の一人一人と動物やその他生物たちについても、
何か深く感じるものがあります。

別の本で、「運命の共同体」という書き方もされていますが、
この様にして考えると、ほんとうに・・なんというか、自分の家族=幸せ、つまり幸せ、
なんてとても考えられなくなってくるのです。

もちろん、幸せだなぁと思う「瞬間」はありますけどね。
特に息子が産まれてからは、そういう瞬間はたくさんあります。

私の場合、とにかく、なぜか動物のことが頭から離れないです。
夜、さぁ寝ようと思うと、今まで見てきた動物の写真や映像が思い出されることがよくあります。
ひどい時は、目をつぶっても目に焼き付いて離れなくて、電気を付けて一息つくこともあります。

以前、動物ブログで頂いたメールがあります。
その方は、動物の現状を知ってから、苦しくてたまらないけれど、
知ることができて幸せだ・・と言うようなことをおっしゃっていました。
私も同じ感覚です
知らない方が、悩まず明るく過ごせるかも知れないけれど、
やはり知ることができた今となっては、知らないでいることの方が辛いと感じるのです。



さて、とりとめもなく、思うままに書きました。

これから、忘れっぽい自分自身のためにも、読んだ本と、その印象に残った文章、
そして自分の感想などを、こちらに書いていきたいと思います。

今、読みたい本がありすぎて困っています。
もっと前からたくさん読んでおけばよかったなぁ・・と思ってもどうしようもないので、
これから読めるだけ読んでいきたいと思っています!


  


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