日産の購買には「主購担」という制度がありました。諸悪の根源です。担当課が部品メーカーの死活を制するというものでした(ほとんど活だけ、死はない)。例えば、「山川工業」というすばらしいプレスメーカーがあります。日産の「追浜工場」が教えを請うというほどの実力でした。尚、日産車のラジエーターコアサポートというアッセンブリー部品もほぼこの会社の独占です。この会社が樹脂プレスの技術をものにしましたし、他の商品、技術分野にも野望を抱いていました。しかし、この会社が「主購担」以外に手を広げて行くには大変な障害があるのです。別の担当課の領分を侵すことになるからです。問題は部品メーカーの技術力、コスト力なのですが、「競合」この一言を阻むものが「主購担」なのです。「がんたれ御用達部品メーカー」に威張り散らして、高い部品を買っているお馬鹿な日産の購買部門。江戸時代のお馬鹿なお役人様に似ていませんか。
ゴーン氏の「ルネッサンス」にも、少し日産の「購買の甘さ」(米国ミシュラン社での話)が出てきますが、その後、日産の購買部門がどのように改善、技術革新されたのかは知りません。ついでに、ゴーン氏は、日産自動車本体の営業利益を黒字にされました。まずは見上げたものです。私なら宇宙航空部門、繊維機械部門、産業機械部門、その他「がんたれ事業所」等々の売却で営業利益も一気に黒字にできるではと考えておりました、居抜きで転社する社員の方々の就労条件の擦り合せやリストラ人員の特別退職金の手当てなど大変なことは多いと思います。が、要は私の考えも、ゴーン氏も、その昔にアイヤコッカー氏がクライスラー社の再生でまずやられたこと(戦車部門の売却)と同じです。
昔「会社60年説」という本がありました。私は「続編」まで読みました。栄枯盛衰は人の世の常です。私は「西武デパートグループ」への債権放棄を行った「みずほ銀行」他が許せません。旧三行がお上から注入していただいた資金を全て完済していたなら、株主や預金者の承認を得て「借金棒引き」というのもあるでしょうが、誠に不思議でたまりません。確かに民法には「債務免除」というのもありますが、元本まで放棄すると云うのは商人たる「金貸し根性」の欠如としかいいようがありません。
完全に兄弟関係が切れたとかいわれるにしても、「西武鉄道グループ」に尻拭いをさせるくらいの実力(腕力?!)など、この銀行にはないのですか。そもそも何千億円の借金棒引きなどというものが世の中にあってもいいのですか。さっさと西武デパートを倒産させ、池袋のターミナルビルに「西武鉄道は責任を取れ!」の赤紙をべたべた貼って、ぺんぺん草を飾ってやればよいのです。堤家の弟さんの方は世界的な大金持ちではないですか。世の中にデパートやスーパーは捨てるほどあります。西武デパートグループが潰れたっていいのではないですか。(東武デパートも池袋にあるし)六十年近くもったのだから。
みずほ銀行他の保身なのです。前述のごとく彼らには、いままでの銀行家たちには、貸し付ける実力も回収する実力もないのです。実力のない「宦官」みたいな育ち方をしてきたただけの「日本一の高級取り」(石原都知事)なのです。
さて、あえてハードランディング。結論となりますが、世の中にソフトランディングなんぞありません。激動、激動、また激動なのです(そのように覚悟していた方がよい)。潰れなければならないものは潰さなければいけません。草莽の中に台頭してくるものが必ず出てくるのです。責任感のある経営者は潰すときと自らが考え、従業員の特別退職金を最初にまず考えてあげるべきでしょう(最低の良心)。テクニック的には徐々に潰すのです!(路頭に迷わせない)。正しく「撤退作戦」というひとつの経営戦略なのです。
時代が変わったのです。経営トップは自分に実力(腕力?!)がないと悟ったとき、はばかることなく後進に道を譲って、自分の実力相応の仕事を(新しいトップの秘書の補佐とか、運転手とか?!)選ぶようなご仁は出てこないかな?何故そんなことをいうのでしょう。古い西洋映画にあるように欧米のレストランやクラブのドアボーイは威風堂々たる中高年と決まっているではないですか。「宦官」みたいな社内教育を受けてきた「一流」の時代は終わったのです。娘さんを嫁にやるなら「みずほマン」より「武富士マン」にやった方が先々正解かも?現代の「宦官教育」については実例を後述します。
今般「りそな銀行」への「再度」のお上からの公的資金の注入が決まりました。金融庁によれば、りそな銀行は中小企業向け融資が多いから救済するとのことですが、経済産業省は中小企業向け融資の対策を進めているとのこと。セイフティーガードを同時並行して実施するといったことは、「縦割り行政」が宿アとなっているこの国の行政なのでしょうね。
それでも「りそな」銀行は潰すべきです。名門「北海道拓殖銀行」その他は潰したでないですか。二兆円はいち早く公的資金を返還した「東京三菱銀行」にでも貸し付けて「りそな銀行」の取引先の中小企業の全ての面倒をみさせればいいではないですか。「東京三菱銀行」なら、国からの貸付けも要りませんよ、取引先と繋がっている「りそな銀行」の行員さんの一部の面倒もみますよ、というかもしれません。
私は小泉首相を支持していますが、彼は各論の遅れに難があります(行政改革の掛け声だけが長すぎる)。官僚主導だけでは絶対駄目です。政治家としての蛮勇が必要です。政策ごとの細かい整合性などはあとからついてくればいいのです。そんなもの各省の官僚同士を喧嘩させ、叱りとばして、死ぬまで徹夜ででもやらせて、作文させればいいのです。何しろ各論を、ハードランディングを一日でも早く実施することなのです。
「みずほ銀行」が合併してからもう一年以上、長崎の町には支店がまだ二店舗のままです。
観光通りの昔の「宝くじ屋」の方が何時閉店するのか長崎人の皆が待っています。しかし、前述の如く「宦官」育ちの銀行さんのトップたちは実行力がないのです。旧「富士」「勧銀」
「興銀」の三行のトップが、全行員の見ている前(テレビ会議)で「バトル・ロワイアル」で決めればいいじゃないですか。
最後に、日本の金融に本当に希望が持てないなら、外資の積極的な導入も必要です。政府が公的資金の注入の代わりに、海外の優良銀行を日本に呼び込むのです。もちろんその分は経営権も外国人のものになるでしょう。アメリカのバンカーなど歴史的に銀行ギャングやマフィヤと渡り合ってきた「腕力」を伴う腹の据わった連中です。日本の「宦官教育」育ちとは大違いです。今は預金金利(原価)が実質ゼロなのですから、電算化によって人件費というコストも小さくなっているはずですから、銀行業は本当は「成長産業」といえるのです。ともにかくにも銀行法の早期、抜本的改正が必要です。金融業界に一日も早く立ち直ってもらい、黒字を出して巨額の法人税を国庫に納めていただけるような状態、適切な預金金利を国民に支払えるような状態になって欲しいというのが、国民の一人としての私の願いです。
自嘲、自虐というものは怖いものです。駄目会社になっていった、私のいた日産自動車は「第二通産省」とか「東京銀座霞ヶ関」とか、まさに「お役所」会社になっていき、従業員自らが自嘲、自虐の中で満足していくのです。その中で行われるのは達成できない事業計画づくりとその「いじくり」ばかり(マスターベーションだけ)、ということになります。
「部分最適、全体不適合」部門間の担当間の責任のなすりつけ合い、ということになります。そして自嘲、自虐が組織を蝕み、見事に上から下まで「宦官社会」が出来上がります。ゴーン氏以前に何度「再生計画」があったでしょう。駄目会社、駄目役所では、その水面下で行われるのは「宦官教育」なのです。上申書や稟議書(金額で区分)の整合性ばかりで社員は疲れ、幹部や役員は「老人の安心」を求めるだけです。そのような組織には「志し」や「情熱」は不要となります。G社長の時でした。入社式での社長講話で「チャレンジ精神」を鼓舞する内容でなく「私はこうやって社長になった」とのまさに「宦官教育」、私は「社会的常識」を考えるとともに絶望感を抱いたのをおぼえています。