ロボット三等兵(rb)のブログ

Never give up ! (ヘタレのロボット三等兵へ)

10年以上前のエッセイ集

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長文をばかすか入れたら、PCがもう動けないと泣きました。残りはこのXPを買い換えてからにします。
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「南京の悲劇」はある意味で沖縄戦の悲劇にも似ている。もちろん日本兵は軍服を脱ぎはしなかったが、今でも日本「陸軍」の戦い方は民間人を巻き添えにしたとの謗りを受けざるをえない。米兵達もヨーロッパの戦いは終わったというのに、太平洋では何故こんな「ファッキング・ウォー」を続けなければならないのかと相当苛立っていた。逃避移動中の民間人を軍人に看做して射的場の人形みたいに撃ち殺したり、洞穴に潜む者を降伏勧告無しに爆死させたり、焼き殺したりした。ドイツ降伏間近という時、日本は直ちに停戦交渉(降伏)に入るべきだったのである。沖縄への三千機の特攻(カミカゼ)も戦艦大和の海上特攻も必要なかったのである。日本人は大岡昇平氏の「レイテ戦記」を必ず読むべきであると思う。日本「陸軍」も「海軍」もレイテを天王山として敗れ、戦略上これ以降の戦争は全て無意味だったのである。又、「沖縄県民はかく戦えり、戦後特別のご配慮を」との決別電を打った太田提督(海軍根拠地隊司令官)の言葉は、広島、長崎以上の悲劇として、長崎人の私に残る。

もし南京やシンガポールの日本軍が、沖縄のアメリカ軍が、バクダッドを攻略していたらどうなっていただろうか?あるマスコミが伝えたように、米兵が補給が足りずに一日一食しか食べられないような状態で、本当に苛立っていたならどうなっていただろう?

ジャーナリズムとは、本当に怖いものである。軍人とジャーナリストとどちらが怖いか?
ベトナム戦争の時の現地軍最高司令官ウエストモーランド将軍に対する「敗戦」戦犯容疑。あの時はマスコミが怖かったのである。アメリカ人の大半は今でも彼を戦犯と考えている。大統領、国防長官、国務長官などより、スケープゴートとして、一現地司令官に罪を被せているのである。確かに彼がスーパーマン的な軍人であったなら戦争に勝てたかもしれないが、ベツナム戦争は政治的に過ぎた。結果的にはキッシンジャー国務長官がパリでの政治的合意を得たが、何のことはない、結局敗戦である。ウエストモーランド氏はその生涯を通じて名誉回復を図ろうと努力されたが、一武人の空しい努力であった。

今度のイラクの戦争では、責任ある司令官が(十分に戦って)整然と降伏するというケースがまれだった。バース党即イラク軍ではないが、この擬似ナチス党は戦争の作法さえ知らない。

何故アラブは弱い、と断言するか?

遠い昔(アラブの雄)エジプトとイスラエルが数次に亘り戦争ばかりしていた。今は(暗黙の内に)両国はもう戦争しないことにしているらしい。奇襲に成功していいところまで行ったりしたこともあったが、毎回エジプトの負け。第二次世界大戦を見てきた当時のジャーナリスト達の目は肥えていた。エジプト側の敗因として、アラブの兵士は、隣の兵士が、友軍が、逃げようと考えているのではないかと、本人自身も逃げようと考えながら戦っている。負傷した戦友の側にいてあげようとせず逃げる。軍規、戦友愛の希薄さ。この戦争では「六日間戦争」というのもあったが、それくらいイスラエルは強かった。アラブは弱かった。

今回の三週間戦争でイラク国軍、共和国防衛隊、フセインの息子達(二重の意味)、さらにサダム・フセイン自身が「敵前逃亡罪」である(死傷したり、捕虜になった一部の兵士を除いて)。フセインはブッシュの勧告通り四十八時間内に亡命すべきであったろう(勝てないと分かっていたから)。しかし戦って敗れたなら、降伏すべきである。だがしかし、戦いもせず逃げたのだから降伏を求めるのも無理か?第二次世界大戦では、ヒットラーが自殺、代わって、海軍提督デーニッツが降伏した。その三ヵ月後日本国天皇が降伏した。

最後にバクダッドの盗賊達。凄まじいばかりである。こんな大規模な略奪が自国の財産に対して、学校に対して、まして病院に対してまで行われるのか?博物館の人類最古のシュメール文明の展示物までも略奪された。果たして、ラムズフェルドの見積もりに欠けた地上兵力はMP(憲兵)部隊だったのだろうか?!

又々、アラブは、と言いたくなるが、もう止そう。卑怯者で、泥棒で、なんて直接相手には言えまい。こんな人々に限って表面的な自尊心だけは強いのだから。


                                                (May 3,2003)

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弱い!アラブはやっぱり弱かった。

事前の精密兵器による空爆、そして地上戦闘時の対地支援空襲が、柔なものではなかったにしても、イラク兵はほとんど戦わないのである。ただ逃げるだけ。米英の戦死者が二桁にしても、果たしてイラク兵の戦死は何名なのだろうか?その数は誤爆による民間人の死者より多いのだろうか?!

大規模な両軍の激闘を「会戦」という。そんなもの何処にもなかった。「共和国防衛」というエリート部隊からして、一般国軍の数十倍の給与を受けていたというが、全く蒸発した。さらなるエリート「フセインの息子達」のゲリラ戦も全くなかった。

日本の1.5倍の面積をもつイラクの国土。その戦争で、バスラ方面の英国軍に対抗した勢力くらいが、イラク側で唯一頑張ったといえるだろうか?しかしこれも弱かった。

この戦争のヒーローは終始米陸軍「第三歩兵機械化師団」であった。途中の大砂嵐もものとせず、世界のジャーナリスト達を同伴し(ここが味噌!)、毎時40〜50キロのスピードで進軍し続けた。米海兵隊「第一師団」を主体とする遠征隊は裏方に終始した。 実はこの海兵隊もバクダッドにジャストインタイムで到着しており、陸軍第三師団とのバクダッド挟撃に成功しているのである。そして、この海兵隊第一師団はティクリット攻略も担当した。しかし、陸軍第三師団がバクダッド陥落のヒーローとなってしまい、海兵隊第一師団は目立たなかったのである。師団規模の兵力でいえば、トルコからの侵攻ができなくなった米陸軍第四師団は紅海、ペルシャ湾を経由してクエートまで、そして待機。代わりに、米陸軍第百一師団がイラク北西部を押さえる。しかし、この師団も終始裏方。

バクダッド陥落まで三週間。その後は、市内の略奪に次ぐ略奪。世界中の人々(特にジャーナリズム)が最後の期待を繋いだ(?!)ティクリットでの組織だった抵抗(激戦)もなかった。だから、この戦争を「三週間戦争」と呼びたい。

これが戦争か?戦前、戦中のイラク国営テレビの放送で、パレードをしていた精鋭達の何人が戦って死んだのか?大量破壊兵器の在り処の解明とともに調査してもらいたいものである。平和主義者には残酷な話しかも知れないが、負けた戦争にも「見せ場」というものがあるのである。だから戦争ジャーナリズムが成り立つ。第二次世界大戦でのドイツ西部戦線の「バルジの戦い」など。

以上の様にバスラ方面の英国軍と米国特殊部隊を別とすれば、たった三個師団の戦闘力が相手なのに、イラクは地上戦でほとんど戦わずして逃げたのである。

この戦争ではラムズフェルド米国防長官一人が男を上げた。バクダッドへの遠征で、補給線が危ない、制服組の意見を入れず地上兵力を減らした長官のせいだと一時期ジャーナリズムからめちゃくちゃ言われた。又、国務省(パウエル長官)の対トルコ外交の不調でトルコからの地上兵力投入ができなくなった。それでも代替案があるとラムズフェルドは頑張った。それが第百一空挺師団の投入である。しかし、この師団は第二次世界大戦のヨーロッパ戦線からのヒーロー師団だが、空挺師団で重火器や戦闘車両を伴っていない、とジャーナリズムは危ぶみ、又長官を責めていた。しかし結果は、長官の想定した地上兵力で十分だった。

米軍三個師団プラス英国軍とクエートで待機中(移動中)の米一個師団。その内、イラク国内に入った地上戦闘兵力は五・六万人ということになる。旧日本軍の編成単位でいうと一個「軍」に過ぎない。第二次世界大戦の太平洋戦争の硫黄島戦を見よ。日本軍は玉砕までして、米海兵隊二個師団、米陸軍一個師団の計三個師団に甚大な被害を与えている(死傷者の数で守備側を上回る被害)。イラク一国と鳥も通わぬちっぽけな硫黄島。全くもって比較にならない。我が栗林兵団の強さは、今でもアメリカでの語り草である。

男を下げたのはイラクのサハフ情報相である。バクダッド空港(旧サダム・フセイン空港)を米第三師団が制圧したというのに「アメリカは嘘吐きだ、アメリカの戦車がやって来たら焼いてやる」と世界のジャーナリズムに格好をつけたが、翌日には逃亡した。

まあ、それ以上に男を下げたのはサダム・フセイン最高司令官自身と、彼が国土を四分割して指名したという四軍管区の司令官達。日中戦争時の南京攻城戦と同じである。死守、玉砕を部下達に命じて司令官は逃げている。兵士も皆軍服を脱ぎ捨てて「便衣」(普段着)となり逃げた。

「南京虐殺」は降伏・開城の勧告を拒否し自分だけ逃げた司令官と、中途半端に戦って便衣となり城中の民衆の中に逃げ込んだ中国兵達への日本兵の怒りが狂気となって引き起こされた。中国軍は整然と開城して降伏するか、その前に得意の撤退(退却)作戦(当時の「国府軍」の戦術・戦略の一つであった)を行えばよかったのである。私見だが、「南京虐殺もそうだが、シンガポール陥落後の「華僑義勇軍」の処刑(虐殺)も痛ましいと思う。彼ら義勇軍は兵士に准じるものとして遇するべきだったと思う。当時の日本軍にそのような武士道を期待するのが無理なのか?

                                                            ・・・・(2/2)へ

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毛並みは黒と白の普通の猫だったミーだが「アカ」を生んだ。子供たちが未だ幼くて我が家の二階は全く使ってなく、床に畳が裏返して積んであった。ミーはいつもその畳の上でお産をし、私は何度か立ち会った。何日かしてミーがいないとき母が上がって来て、子猫たちの襟首を掴み一匹ずつ点検する。襟首を掴れてダラーとしている子猫は駄目、毛並みの悪いのも駄目、そのようにして「アカ」だけが生存を許された。

さて、スパーキャットの娘のアカ、これが何と行動的でない。争いを好まぬ性格は良いとしても、四六時中人間にべったりで、とても甘えん坊である。食事からお八つまで、いつも人間の側にいてねだって食べる。ネズミを捕まえないこともなくはなかったと思うが、悪戯もしない。まず興味の関心は人間(家族)である。だから、完全に昼型で夜も家族の側にいて布団の上で寝ている。母の言う襟首を掴まれて云々はあてにならないなと思った。とにかく野性味が全く感じられない家猫であった。しかしアカも毎春出産した。

ミーの子猫、さらにはアカの子猫を、波止場から海に捨てに行くのはいつも男の子の一番上の私の役目であった。次姉が監察としてついてきた。子猫たちを入れた段ボールの箱が流れて沈んで行く。飲んでいた乳が海面に白く浮かぶこともある。可哀想だが「眼の明かない内は残酷でもなんでもないんだよ」との変な倫理観を母に叩き込まれていた。しかし、子供心にも母猫がもういない子猫たちをさがす姿は本当に可哀想だった。

話は私の小学五年生の頃に進む。長崎市に引っ越した。坂の町長崎、ということは、石段も多いが石垣も多いのである。我が借家も石垣の上にあった。「猫が子供を産んでいるよ、三毛がいるよ三毛が」そう言うと運動神経のいい次姉は石垣を降りていった。石垣の途中の隙間に野良猫(これも三毛だが、人に全くなれない)が子猫を生んでいたのである。次姉が連れてきた蚤だらけの子猫が「ポピー」である。私が名付けた。子猫の時からとにかく可愛かった。成猫となると、何とかぐや姫!とにかく美しい。

ポピーの性格はご主人達には従順であるが、決してへつらうことはない。そこに座っているだけで絵になるというか、置物にしていいくらいの「美猫」である。美しい打掛けを着た御殿女中が座っているような感じである。人生五十数年生きてきてポピーほど美しい猫を見たことがない。

そのポピーが生んだ子が「ジュピー」、誰が名付けたか覚えてない。なぜジュピーが間引かれなかったかは、その毛並み故であった。同じ三毛でもその一色づつが母親よりははっきりしていた。そしてビロードみたいな毛艶に成長した。ところが、可愛いのだが少し間が抜けている。そして運動神経ゼロ(と言っては失礼か)。窓枠で昼寝をしていたのだが、たたきの床に落ちて頬を腫らしている。氷で冷やしてやった。それでも成猫になると出産はした。

ずっとポピーとジュピーの子猫の始末も私の役割だった。残酷になるので具体的な話はしない。本当かどうか疑っているが、春に一度だけお産をする猫がいい猫で、秋にも出産する猫は駄目だとか。だから春に生まれた猫しか飼ってはいけないとの母の言だった。

母猫のポピーは子猫の内はジュピーを可愛がっていた。しかしジュピーが成猫になると冷たく突き放すようになった。しかしジュピーは少し抜けていて、叩かれても母猫の側にいたがり、ポピーの方が逃げ出していた。しかし、そんなポピーにも成猫になってからも直らない癖があった。毛布の毛玉を母猫の乳首代わりにして吸い付き、両手で交互に毛布を押すのである。母猫のオッパイを十分吸えなかった生い立ちによる。だが娘猫の乳首を吸うようなことはなかった。

小学生や中学生の私や弟は、この二匹の猫を「生きた襟巻き」にして遊んだ。猫たちは別に恐れもせず逃げもしなかった。「従順」という美徳も猫にもあるのである。その頃「リカ」という名の雌犬も飼っていたが、猫と犬は雌同士でも別段喧嘩することもなかった。スーパーキャットのミーなら必ず「けじめ」を付けずにはいなかったろうが・・・・。

幼い頃、何で雄猫を飼わないのかと母に尋ねたことがある。母が言う「三毛の雄なら別、大切に飼う。しかし三毛の雄は一万分の一の確率でしか生まれない。だから船乗りさんが高いお金で買っていくの」又、「雄猫は仔猫のときは雌猫より可愛いが、大人になったら家に居つかない、喧嘩ばかりで全く家の役にはたたない」との由。

子供は、特に男の子はライオンやトラへの憧れを雄猫に託すものだ。雄猫の子供は確かに可愛い。顔が丸くて、四肢が太い。好奇心が旺盛で活動的だ。捕まえて構うとき、まるで「虎の子」を手中にしたような喜びを感じる。

同じネコ科の動物で、社会学的に(?)にいうと、猫は虎たちのグループに入るのではかと思う。ライオンだけがファミリーを維持する。しかし、何千年前の古代エジプトの頃から家猫として育てられてきて、特に雌猫は家畜的性格が強まったのであろう。実にファミリー的な猫も多い。「猫っかぶり」とか自由奔放が猫の本質といわれるが、本当に忠義で従順な猫もいる。やっぱり「家猫」なのだろう。

以上の四匹の雌猫の個性が別々であるように、雄猫にも母が一言で片付けたような単一ではない色々な個性があるはずだと考える。その後の人生での見聞で本当にそう思う。

私は面倒なのと、別れが辛いのと、その他の理由で動物を飼わない。しかし、他人の犬や猫には必ず声をかける。構ってしまう。時々可愛くてたまらないときは、飼い主に隠れて捕まえて、いいように可愛がってやる。犬は裏返してお腹を、猫は喉を掻いてやる。

お産を別にすれば雌猫が一番手がかからない。ネコババというように下の世話も子猫のときのちょっとした躾ですむ。大体が家に居て、悪戯も、喧嘩もあまりしない。雄猫は、その逆の場合が多く、家を出たかと思うと何日も帰ってこない鉄砲玉もいる。犬の場合、昔と違って、放し飼いはできないので散歩が大変である。

具体的には、スーパーキャット、甘えん坊猫、天下の美猫、毛並みは美しいが鈍臭い猫、以上の雌猫四匹の話しかできなかったが、雄猫や犬たちを含めて話したいことはまだまだある。車の販売でよく外回りをした。よそんちの犬や猫の話だが、私みたいな犬猫好きは見境がないのだ。

ただし、昨今のペット犬はその気があんまりしない。鮒から金魚を作ったみたいな奇妙奇天烈なあの顔つきの何処がいいのだろうか?金魚でも出目金やらんちゅうを好きで飼う人もいるのだから何ともいえないが、ただ敬遠!私は散歩させているところに出会っても、変なペット犬は褒めて上げたりも、見る気もしない。

犬はお外で庭かけ回る、猫は炬燵で丸くなる・・・・は、もうただの郷愁か?あの何処にでもいた「日本犬ポチ」と「日本猫タマ」の時代は、再び帰ってこない。

                                                          (May 5,2003)

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家猫という言葉は聞くが、家犬とはあまり聞かない。犬を飼ってみるのもよいが、猫を飼うと、その生態
は犬以上に面白い。犬の美徳は「忠義」なのかもしれないが、猫にも「仁義」という美徳があったりする。

私の幼児期には、猫は全てといっていいくらい「日本猫タマ」であった。ペルシャやシャムなどは都会の一部では飼われていたかもしれないが、そこいら中が日本猫であった。ただし、私の生まれ育った九州では、その頃ほとんど全ての猫が、尻尾が曲がって短い「九州猫」であった。世界的には、ジャパニーズボブテールと呼ぶそうな。

旧満州国(現中国東北地方)の女学校から九州の女学校に転校して来た母の最大の疑問は「九州猫」の曲がって短い尻尾だったらしい。その後東京の花嫁学校へ進んで、日本の猫も真っ直ぐで長い尻尾をしているのがいるとのことで、少し安心するとともに、益々「九州猫」が不思議でならなかったとのことである。

遺伝学的にいうと「突然変異の固定」ということであろうか?違う!ジャパニーズボブテールは「劣勢」遺伝とのこと。九州では(少なくとも私の生まれ育った地方では)尻尾の真っ直ぐで長い子猫は忌み嫌われ、毛並みでの選択とともに「間引き」の対象になっていたのである、と今考えている。

同様に私の幼児期には、犬も全てといっていいくらい「日本犬ポチ」であった。一部の好事家(お金持ち)が秋田犬を飼い、警察犬のブリーダーがシェパード、ハンターがポインターを飼っていた。しかし、そこいら中の犬はみんな「日本犬ポチ」である。あの「裏の畑で鳴いた」ポチ、あの「鬼が島遠征隊に参加した」ポチである。耳が立って、尻尾がきりっと巻いた、何ともいえない素敵なあの「日本風の顔つき」の日本犬であった。

世の趨勢とは恐ろしい。ここ数十年にして「日本犬ポチ」はすっかり見かけなくなった。まず、アメリカのテレビ番組「ラッシー」のブームでのコリーの飼い主たちは大体がお金持ちで、管理が良かったのか「日本犬ポチ」に余り影響を与えなかった(交配をさせなかった)。しかし、その前後に起きたスピッツブームがいけなかった。スピッツブームは文字通り爆発的で、交配の管理もへったくれもなかった。あっという間に「日本犬ポチ」はスピッツとの雑種になってしまった。ポチの顔つき(なんとなく日本風の顔つき)で毛並みがスピッツの「日本犬」になってしまった。顔つきと毛並みが各々「優勢」遺伝だったらしい。逆だったらどうなったことか。

尚、高度成長も成熟期に向かう頃、愛犬家の管理状態が徹底して、様々な犬種が純粋培養(交配)されて、「一般的な雑種」の「日本犬ポチ」も「スピッツ系日本犬」もほとんどいなくなった。寂しいかぎりである。

猫ではなく、犬の話をもう少し続けたい。童話の絵本の「花咲か爺」や「桃太郎」の「日本犬ポチ」の絵はもう少しの間は大丈夫だろう。「桃太郎」の雉の絵がよく問題になる。日本雉でなく、高麗(コーリア)雉が描かれた絵本が多いという。これからも「桃太郎」なら世界中で一番喧嘩が強いともいわれている「紀州犬」がモデルでもいいかもしれない。

しかし「花咲か爺」のここ掘れワンワンは紀州犬でも「秋田犬」でも「柴犬」でも様にならない。やはり「日本犬ポチ」でなくてはならない。

十数年も前のことであるが、長崎に帰郷していてダイヤランドのスーパーの前で中学生くらいの女の子が変な日本犬を連れていた。黒っぽい斑(ぶち)の犬である。「その犬何?」と私。「飼い犬(と私には聞こえた)」と女の子。「畜生め、大人を馬鹿にして」そう怒ってやろうかと思って、はっと気が付いた。「山梨県の甲斐の国かい?」と私。「うん、そう」と誇らしげに女の子。「甲斐犬」とは初めて聞く、見る犬であったが、その毛並みからしてあまり格好いい犬とは思わなかった。しかし、知らないとは怖いことである。女の子を怒らなくて本当に良かったと思う。

我が国では、野良犬は許されないが、野良猫は管理されていない。また外国種の猫「ペルシャ」や「シャム」などの飼い主が、厳格に「屋内」管理をしてくれたためか、「日本猫タマ」という種(斯界では「日本猫三毛」というらしい)を大体において存続させてきてくれた。しかし、例外的に飼い猫や野良猫に雑種を見かける。「日本猫タマ」も今まさに危機なのだ。今アメリカンショートヘヤーやロシアンブルーが人気だ。

私の生家は九州の有明海に面した島原半島の海沿いの集落である。国道251号線なんてものは未だなかった。狭い県道が一本だけ海沿いにあるだけだった。有馬氏を攻めようとした佐賀の龍道寺隆信の軍も、原城攻めの幕府軍もこの道を通った。私の幼い頃は馬車が運搬手段の主流でもあった。農家がアルバイトで運送業を行っていたのである。「馬車曳きさん」と呼んでいた。

我が家の雌猫の「ミー」は本当にスーパーキャットであった。犬はもちろん、四足とあれば県道を通るお馬さんさえ許さない。新手のお馬さんが通ると必ず一発かますのである。ぱぱっと走っていってジャンプ、確かに右手であったと思うが、お馬さんの横っ面を張る。馬車曳きさん達もこれには恐れ入っていた。

又、燕が飛び交う時期になると、当時の電柱は木製であったこともあるが、電柱を駆け上って一閃!飛んでいる燕をキャッチしてみせるのである。私も驚いたが、一緒に見ていた、馬車曳きをしていた母の従弟の「叔父さん」が「佐々木小次郎も顔負けだ」と言った。
叔父さんのお馬さんは、もうミーに恭順していた(?)ので叩かれることはなかったのであるが・・・・。

そんなスーパーキャットのミーであったが、実に「仁義」の猫でもあった。特にご飯をくれる母に仁義を尽くす。当時の猫もペットではあったかもしれないが、同時に益獣でもなければならなかった。猫の仕事はネズミを捕ることである。ミーは毎日のようにネズミを捕って必ず母に見せに来る。「偉いミー、もう分かった、捨てておいで」と母が言うと捨てに行く。「一宿一飯の仁義を切っているつもりだ」と母は言っていた。ミーはその義務を果たして、ご主人の母にそれを認めさせているつもりだというのである。

今のドックやキャッツはその「ペットフード」を本当に美味しいと思って食べているのだろうか?実は「家犬」や家猫は、実はご主人たちが食べているものと同じものを本当は食べたいのではないかと私は思っている。狼や山猫たちの肉食ではなくて、人間と同じく雑食になったのである。「ペットフード」業界の方々には悪いが、ペットたちは本来の仲間もいない可哀想な存在であり、ご主人たち(家族)と分け隔てなく同じものを食べさせてもらいたいと思っているのではなかろうかと考えている。彼らは飼い犬や飼い猫になったそのときから今日まで、己を家族の一員と考え(錯覚し)続けてきたのであろうから。

ミーは、捕まえたネズミを捨てに行って帰って来ると「偉そうな?」顔をして母に食事を要求していたし、燕も蛇も殺しても食べない。ニワトリやウサギを殺したときは私にこっぴどく叱られ、叩かれたが、これは、もう「狩猟本能」を満足させているだけなのである。

いくらミーに実力があったとしても成犬やお馬さんをかみ殺すことは無理である。なのに前述のように一発かます。スパーキャットのミーは雌猫ながら、そのすばらしい運動神経と攻撃的性格を持て余していたのだと思う。我が家の愛犬「ポチ」は完全にミーの家来同然だった。ミーが側を通ると食事も中断してひれ伏していた。


                                                           ・・・・(2/2)へ

日産の購買には「主購担」という制度がありました。諸悪の根源です。担当課が部品メーカーの死活を制するというものでした(ほとんど活だけ、死はない)。例えば、「山川工業」というすばらしいプレスメーカーがあります。日産の「追浜工場」が教えを請うというほどの実力でした。尚、日産車のラジエーターコアサポートというアッセンブリー部品もほぼこの会社の独占です。この会社が樹脂プレスの技術をものにしましたし、他の商品、技術分野にも野望を抱いていました。しかし、この会社が「主購担」以外に手を広げて行くには大変な障害があるのです。別の担当課の領分を侵すことになるからです。問題は部品メーカーの技術力、コスト力なのですが、「競合」この一言を阻むものが「主購担」なのです。「がんたれ御用達部品メーカー」に威張り散らして、高い部品を買っているお馬鹿な日産の購買部門。江戸時代のお馬鹿なお役人様に似ていませんか。
 
ゴーン氏の「ルネッサンス」にも、少し日産の「購買の甘さ」(米国ミシュラン社での話)が出てきますが、その後、日産の購買部門がどのように改善、技術革新されたのかは知りません。ついでに、ゴーン氏は、日産自動車本体の営業利益を黒字にされました。まずは見上げたものです。私なら宇宙航空部門、繊維機械部門、産業機械部門、その他「がんたれ事業所」等々の売却で営業利益も一気に黒字にできるではと考えておりました、居抜きで転社する社員の方々の就労条件の擦り合せやリストラ人員の特別退職金の手当てなど大変なことは多いと思います。が、要は私の考えも、ゴーン氏も、その昔にアイヤコッカー氏がクライスラー社の再生でまずやられたこと(戦車部門の売却)と同じです。
 
昔「会社60年説」という本がありました。私は「続編」まで読みました。栄枯盛衰は人の世の常です。私は「西武デパートグループ」への債権放棄を行った「みずほ銀行」他が許せません。旧三行がお上から注入していただいた資金を全て完済していたなら、株主や預金者の承認を得て「借金棒引き」というのもあるでしょうが、誠に不思議でたまりません。確かに民法には「債務免除」というのもありますが、元本まで放棄すると云うのは商人たる「金貸し根性」の欠如としかいいようがありません。
 
完全に兄弟関係が切れたとかいわれるにしても、「西武鉄道グループ」に尻拭いをさせるくらいの実力(腕力?!)など、この銀行にはないのですか。そもそも何千億円の借金棒引きなどというものが世の中にあってもいいのですか。さっさと西武デパートを倒産させ、池袋のターミナルビルに「西武鉄道は責任を取れ!」の赤紙をべたべた貼って、ぺんぺん草を飾ってやればよいのです。堤家の弟さんの方は世界的な大金持ちではないですか。世の中にデパートやスーパーは捨てるほどあります。西武デパートグループが潰れたっていいのではないですか。(東武デパートも池袋にあるし)六十年近くもったのだから。
 
みずほ銀行他の保身なのです。前述のごとく彼らには、いままでの銀行家たちには、貸し付ける実力も回収する実力もないのです。実力のない「宦官」みたいな育ち方をしてきたただけの「日本一の高級取り」(石原都知事)なのです。
 
さて、あえてハードランディング。結論となりますが、世の中にソフトランディングなんぞありません。激動、激動、また激動なのです(そのように覚悟していた方がよい)。潰れなければならないものは潰さなければいけません。草莽の中に台頭してくるものが必ず出てくるのです。責任感のある経営者は潰すときと自らが考え、従業員の特別退職金を最初にまず考えてあげるべきでしょう(最低の良心)。テクニック的には徐々に潰すのです!(路頭に迷わせない)。正しく「撤退作戦」というひとつの経営戦略なのです。
 
時代が変わったのです。経営トップは自分に実力(腕力?!)がないと悟ったとき、はばかることなく後進に道を譲って、自分の実力相応の仕事を(新しいトップの秘書の補佐とか、運転手とか?!)選ぶようなご仁は出てこないかな?何故そんなことをいうのでしょう。古い西洋映画にあるように欧米のレストランやクラブのドアボーイは威風堂々たる中高年と決まっているではないですか。「宦官」みたいな社内教育を受けてきた「一流」の時代は終わったのです。娘さんを嫁にやるなら「みずほマン」より「武富士マン」にやった方が先々正解かも?現代の「宦官教育」については実例を後述します。
 
今般「りそな銀行」への「再度」のお上からの公的資金の注入が決まりました。金融庁によれば、りそな銀行は中小企業向け融資が多いから救済するとのことですが、経済産業省は中小企業向け融資の対策を進めているとのこと。セイフティーガードを同時並行して実施するといったことは、「縦割り行政」が宿アとなっているこの国の行政なのでしょうね。
 
それでも「りそな」銀行は潰すべきです。名門「北海道拓殖銀行」その他は潰したでないですか。二兆円はいち早く公的資金を返還した「東京三菱銀行」にでも貸し付けて「りそな銀行」の取引先の中小企業の全ての面倒をみさせればいいではないですか。「東京三菱銀行」なら、国からの貸付けも要りませんよ、取引先と繋がっている「りそな銀行」の行員さんの一部の面倒もみますよ、というかもしれません。
 
私は小泉首相を支持していますが、彼は各論の遅れに難があります(行政改革の掛け声だけが長すぎる)。官僚主導だけでは絶対駄目です。政治家としての蛮勇が必要です。政策ごとの細かい整合性などはあとからついてくればいいのです。そんなもの各省の官僚同士を喧嘩させ、叱りとばして、死ぬまで徹夜ででもやらせて、作文させればいいのです。何しろ各論を、ハードランディングを一日でも早く実施することなのです。
 
「みずほ銀行」が合併してからもう一年以上、長崎の町には支店がまだ二店舗のままです。
観光通りの昔の「宝くじ屋」の方が何時閉店するのか長崎人の皆が待っています。しかし、前述の如く「宦官」育ちの銀行さんのトップたちは実行力がないのです。旧「富士」「勧銀」
「興銀」の三行のトップが、全行員の見ている前(テレビ会議)で「バトル・ロワイアル」で決めればいいじゃないですか。
 
最後に、日本の金融に本当に希望が持てないなら、外資の積極的な導入も必要です。政府が公的資金の注入の代わりに、海外の優良銀行を日本に呼び込むのです。もちろんその分は経営権も外国人のものになるでしょう。アメリカのバンカーなど歴史的に銀行ギャングやマフィヤと渡り合ってきた「腕力」を伴う腹の据わった連中です。日本の「宦官教育」育ちとは大違いです。今は預金金利(原価)が実質ゼロなのですから、電算化によって人件費というコストも小さくなっているはずですから、銀行業は本当は「成長産業」といえるのです。ともにかくにも銀行法の早期、抜本的改正が必要です。金融業界に一日も早く立ち直ってもらい、黒字を出して巨額の法人税を国庫に納めていただけるような状態、適切な預金金利を国民に支払えるような状態になって欲しいというのが、国民の一人としての私の願いです。
 
自嘲、自虐というものは怖いものです。駄目会社になっていった、私のいた日産自動車は「第二通産省」とか「東京銀座霞ヶ関」とか、まさに「お役所」会社になっていき、従業員自らが自嘲、自虐の中で満足していくのです。その中で行われるのは達成できない事業計画づくりとその「いじくり」ばかり(マスターベーションだけ)、ということになります。
 
「部分最適、全体不適合」部門間の担当間の責任のなすりつけ合い、ということになります。そして自嘲、自虐が組織を蝕み、見事に上から下まで「宦官社会」が出来上がります。ゴーン氏以前に何度「再生計画」があったでしょう。駄目会社、駄目役所では、その水面下で行われるのは「宦官教育」なのです。上申書や稟議書(金額で区分)の整合性ばかりで社員は疲れ、幹部や役員は「老人の安心」を求めるだけです。そのような組織には「志し」や「情熱」は不要となります。G社長の時でした。入社式での社長講話で「チャレンジ精神」を鼓舞する内容でなく「私はこうやって社長になった」とのまさに「宦官教育」、私は「社会的常識」を考えるとともに絶望感を抱いたのをおぼえています。
                                   
                                               (May 20,2003)
 
                 
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