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短期にせよ長期にせよ、異国の地にいてその土地土地の流儀や習慣になじもうといろいろとやってみていると、
だんだん自分のくくりが”日本人”から遠ざかり、”アジア人”というくくりがしっくりくるようになってきます。
俳優の渡辺謙もこの間似たようなコメントをしていて「そうそう」とうなずくことがありました。
食べ物の趣向や対人関係や親しみやすさ等等、いろいろな意味で楽な面が多いのです。
アジア以外の国に住んでいれば、「日本人」ではなく見られる目もやはり”アジア人”です。
私は外見がどうも”一般的アジア人”のようで、中国人、韓国人、そして華僑人口の多い国でシンガポール人、
フィリピン人、タイ人、インドネシア人と昔から旅行する先々で現地人だと思われることがよくあります。
これはとても気に入っています。
喧騒としたアジアの街角に溶け込めるのは心地がいいのです。
そんな理由で大都市や港街もいろいろな人が行き交っていて心地がいいです。
先日もう在留邦人歴が40年以上という方と話をしていて、こんな話題になりました。
「アジアと言っても、日本はアジアじゃないからね」
「なんにもアジアに関心のない人や、あなたや私と違って一緒のくくりにされたくない日本人もたくさんいるしね」
しばらく考えさせられました。
このアジアに対する「無関心」と「変な優越感」は若い頃に初めて日本を出た時のことを思い出すと、思い当たる
ふしがあり、しばらく考えさせられました。
それはたとえば、ある日とても仲良くなった韓国人とふとしたことで戦争の話になった時。
たとえばお酒の席で同席したカンボジア人が酔いがまわってきて、その勢いで祖父から聞いた「恐ろしい日本
軍」の話をしはじめた時。
フィリピン人の友人が実は日本人の血が何代か前に入っているんだと教えてくれた時。
あげればきりがありませんが、いかに自分が日本の教育でアジアについて学んでこなかったか、アジアで日本
がどのように見られているかということに対してどれほど無知なのかを自覚することがありました。
勿論、それぞれの歴史認識が違うのは百も承知としても、認識以前に起こったことすら知らなかったのは
ショックでした。
そして救われたのは「ほんとになにも知らないの?でもほかにもそういう日本人あったことある。国が悪いんだ
ね。。。。」と韓国人の友人の言葉。
それからはつとめて”アジアの近代史”を知ろうとする努力をしました。
私が育った時代は、昨日の記事のようにまだまだ戦争が「忘れたい辛く、暗い記憶」だったからしょうがなかった
のかもしれませんが、あれからグローバル化がものすごい勢いですすんでいるはずなのに「無関心」と「変な優
越感」が、国としての「日本」の顔に未だに見え隠れしていて、かえってひどくなってきているのは残念でしかたあ
りません。
「最近、日本はどうなってんのいったい?」と聞かれることも心なしか増えてきました。
個人レベルでは分かり合えることが多いだけに、残念でしかたがありません。
でも在留中国人こちらも25年の友人が同じ趣旨のことを自国に対して言っていたのは少し希望が持てます。
草の根ですが、日本人であると同時にアジア人の中の日本人であることを自覚してがんばっていこうと思いま
す。
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