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お盆に実家へ帰省した時に、何げなく外を眺めていてはっと思い当たったことがありました。
長年の間、最低限の手入れしかされていなかった慣れ親しんだその庭がわずかではあるのですが少し賑わいで見えたので聞いてみると、春に兄が植木屋さんに頼んで少し手入れをしてもらったとのこと。
久しぶりに無造作に伸びた枝や葉を剪定したり、いつの間にか勢いをました雑草や、こぼれ種であちこちに育ち始めた小さな樹木を整理したようです。
私の生れる前に他界した祖父が庭いじりが好きで、いろいろと手を入れていたその庭は祖母がそのままに毎年植木やさんに頼んではいたものの、祖母が亡くなってからは掃除程度でここのところは半野生に近い状態にまでなってしまっておりました。
庭に出てみてますます納得しました。
今まで伸びた枝に隠れて見えなかった赤味がかった大きな石は、庭全体が見渡せる位置にあり腰をおろすのに最適です。
春は燃えるような色の椿やつつじ、夏は朝露に光る紫陽花、秋は金木犀の甘美な香りや色ずくもみじを生涯を通して多忙だった祖父はほんの短い間でも庭に出て楽しんだそうです。
私も蝉しぐれの晩夏の夕刻、その石に腰かけてみました。
今までどこかにいってしまっていた庭についての遠い日の記憶を次々と思い出しました。
その石のすぐ隣の木に目をやると、サルスベリがあって、その名前にいたく興味を示した幼い私が実験とばかり本当に滑るか上った時に、恰好よく伸びていた枝を折ってしまいひどく怒られたことなどを思い出しました。その枝のあった場所は、輪の形で少し濃い茶色になりながら今では幹と一体になっているのをみつけました。
庭というのはいいものだなぁとつくづく思いました。
あっという間に野生化してしまうように見えても、いつまでも関わった人の名残はどこかしらにずっとあり、庭は自然と人間が融合する特別な場所だと改めて思いました。
そんな風に庭のことを考えていたら、ある庭のはなしを30年以上ぶりに読んでみたくなりました。
名作の秘密の花園(原題はThe Secret Garden)です。
インドで両親と死別し唯一の親戚であるイギリスの荒野に邸宅を構える叔父にひきとられることになった少女と、その邸宅に住むいとこの少年、そして使用人の弟である少年との交流の物語です。
少女は社交に忙しかった両親から本当の愛情はなにかを知らずに育ち、また少年も出生時に母が亡くなったために悲しみにくれる失意の父の元で使用人に囲まれ、自分が病気だと信じて引きこもり
、そして使用人の弟であり愛情豊かな母を持つ動物と植物のことを知り尽くした少年と、偶然発見した封印された秘密の庭を舞台として、脆弱な二人がいきいきと再生をしていく物語です。
私が小学生の頃に読んだ時とは全く違う感想でした。
あの時は、大人の知らない子供だけの秘密や、よみがえっていく庭や元気になっていく子供達にわくわくしたのだと思います。
私は両親が忙しく一人で庭で遊ぶことが多かったので、ちょっぴり共感を覚えていたのかもしれません。
この年になって読んでみると、作者が子供達に伝えたいであろう自然の素晴らしい力への畏怖や感謝などの強い思いを感じます。
物語の終盤でひ弱な少年が、もう一人の少年(使用人の弟)の愛情深い母に初めて庭を見せるときの会話です。
この庭の魔法で自分が変わったという少年が「魔法を信じますか?」と問うと少年の母はこう言います。
「信じますよ、坊や。そういう名まえは知らなかったけどね。でもなまえなんぞはどうでもいいこった。フランスだの、ドイツだのじゃ、みんなそれぞれちがう名まえでよんでるんだからね。花の種をふくらませるのも、太陽を輝かすのも、坊やをふとらせるのも、みんな同じ、『いいもの』なんですよ。人間はけちな考えしかないもんだから、違う名まえでよばれるのをいやがるけど、その『大きくて、いいもの』は気にしやしない。わたしたちが住んでるような世界を何百万回と作り続けなさる。だからその『大きくて、いいもの』を信じ続けなくちゃいけませんよ。この世界にはそれがあふれてるんだからね ー それをなんとよぼうとかまうこっちゃない。好きなようによべばいいんだから ・・・・
この言葉の中にすべてが集約されている気がしました。
少年の亡き母が愛した庭、その母を愛した父が避けていた庭、その庭の中に魔法であり、『大きくて、いいもの』をみつけだした子供達、私も機会があったら子供達に実家の庭とそれにまつわる話をしてみたくなりました。
ある庭のすてきなおはなしです。
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長い間、自分たちの記憶や痕跡が、存在し続けている場所って、いいですね。
私にとって、祖父母の庭はもうありませんが、いまだに記憶の中に、ありありと思い出すことができます。
「大きくて、いいもの」は、私にもわかります。
命にあふれた、この世界の隅々にまで、その見えない音と光が、満ちているのを。
日常にとりまぎれて、つい忘れてしまいそうになるから、ちょっと立ちどまって、耳を澄ませて。
庭って、そんな瞬間を、呼び覚ますものなのかもしれませんね。
2016/1/19(火) 午後 3:52
「大きくて、いいもの」は広い庭の動植物から、そして一鉢の小さな観葉植物にいたるまで本当にすみずみまで存在していますよね。そんなものに触れるたび自分の中にも静かでささやかな幸福感と感動がうまれます。
2016/1/20(水) 午前 4:41
素敵な記事ですね。とても共感できます…。不思議なことに、香り、空気、手触り、すべて鮮明に思い出せるから…。「自然と人間が融合する特別な場所」だと私も思います。
2016/1/23(土) 午後 10:10 [ Rose ]
身近にあった当たり前の庭なのですが、家族や自分がそこにいた足跡があって、そんな風に思ってみることもなかったのですが、長い時間が経過したせいでしょうか、とても懐かしく、愛着を覚えてしまいました。
2016/1/25(月) 午前 2:49