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親子や家族というのは五感が自然と似てくるものなのでしょうか。
高校生の息子は高校生男子らしく、話す語彙が著しく少なく、喜怒哀楽の感情表現も「ちょう」とか「まじ」とかが無駄につく以外は極めて単調ですが、先日こんなことがありました。
それは150年近い歴史のある大学のキャンパスを歩いていた時のことです。潤沢な資金があるのでしょう、旧校舎の雰囲気をそこなわず、それでいて現代的なデザインが細部にまである新設の校舎を建設していました。
5月の雨の朝でした。
校舎正面の石造りの階段を上っていく途中で、息子が立ち止まり「お〜なんかこれ懐かしい、なんかわからないけどまじかっこいい」と石壁の装飾を見上げて言います。
装飾と言ってもさび色のタイル状の御影石が規則的に並んでいて、あるラインは磨かれて光沢のある表面、あるラインは粗削りのというようなシンプルなもの。
私も立ち止まって眺めてみてどこか気になるものがありました。
雨にぬれている御影石と曇り空の情景
なるほどなあと思いました。
きっと息子は日本のことを思い出していたのだと思いました。
それは幼い頃日本で見た雨の日の情景であって、通学途中のオフィスビルや神社やお寺や公園の情景だったのかもしれません。
ふと私も似たようなことがあったことを思い出しました。
まだ若い頃に訪れた倉敷の大原美術館で、屋外に設置されたイサムノグチの石の作品を観た時のことでした。
夏の雨の日でした。
おそらく御影石だったような記憶があるのですが、雨が漆黒の石の表面に反射しているのを眺めながらなんとも言えない安堵感につつまれたことを思い出しました。
ただそれだけの出来事ですが、一番接点がない息子とこういう見えないあいまいな感覚を共有できたことがとても嬉しかったということを忘れないうちにここに書き留めておこうと思いました。
同じものを観て美しいと共感できるのはいいものだなぁと思います。
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