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永遠の抵抗


ふだんあまり日本語の歌詞のある歌を聞かないけれど、忌野清志郎&矢野顕子の「ひとつだけ」に涙してしまった。彼の最強の反骨の生涯がまぶしい。私も彼の残した永遠の抵抗を忘れずにいようと思う。


コスモポリス


イメージ 1
マンハッタンはいつ来てもそしていくつになっても、騒がしくそして温かく迎えてくれます。

初めて来た26年前と変わらないあのふつふつと沸き起こるたとえようのない高揚。
その倍くらいを歳を重ねた今でも、NYを訪れると不思議なほど内側から特別なエネルギーがどんどんわいてくるそんな魔力を持った街だと思います。

この街の人の渦に紛れながら、この街で暮らしてこの街でぱっと人生を終えられたらと来るたびにその思いは募ります。

確かにニューヨークと比べると東京は清潔で安全で超現代的ですが、自由という意味でニューヨークの持つ大きな包容力は世界のどこを探してもない、そんな魅力がある都市です。

もちろん世界情勢や政治によって、じょじょに悪い方へ変貌してしまう未来もあるかもしれませんが、そんな風にならないよう願ってやみません。

流行りのUBERではなくて、あえてイエローキャブに乗り、ドライバーと話す機会があった時の私の定番の質問を今回もやってみました。
テレビ番組でも同じような企画を何度も何度もしていますが、イエローキャブドライバーはその時々のニューヨークを映し出している人たちだと思います。

Do you like New York City?

ただそれだけの質問なのですが、だいたいのドライバーと話しが続きます。
みんな様々な事情で故郷を後にニューヨークへ来たそうですが、多くのドライバーが共通して言うのは、ここもいろいろ問題があるけど、ここは居場所があって(I feel like I am accepted.)ここでがんばって生きていくというようなこと。
こればかりは何年たっても大統領がリベラルだろうとコンサバだろうとドライバーの出身地がどこであろうと変わらない会話。
そして今回初めて思ったのは、もしかしたら私も外国人だからこんな会話になるのかということ。

外国人という生き方は大変なことも沢山ありますが、私は好きです。
特にニューヨークのような真のコスモポリスだと、より外国人としての居場所があって生活が楽しいような気がします。
初めてニューヨークに来た大学生の頃、ちょうど日本の大学の講義で「予言の自己成就」ということを耳にする機会がありました。
それは自分が予言するとしないとでは結果が違って、予言する方がより予言に近い結果になるという概念だったと思います。
その時、自己成就したいと思った私の予言は確かニューヨークに住むということだったのをしばらくぶりに思い出して、改めて26年ぶりにまた予言にしたいと思います。





雨の情景

親子や家族というのは五感が自然と似てくるものなのでしょうか。

高校生の息子は高校生男子らしく、話す語彙が著しく少なく、喜怒哀楽の感情表現も「ちょう」とか「まじ」とかが無駄につく以外は極めて単調ですが、先日こんなことがありました。

それは150年近い歴史のある大学のキャンパスを歩いていた時のことです。潤沢な資金があるのでしょう、旧校舎の雰囲気をそこなわず、それでいて現代的なデザインが細部にまである新設の校舎を建設していました。

5月の雨の朝でした。
校舎正面の石造りの階段を上っていく途中で、息子が立ち止まり「お〜なんかこれ懐かしい、なんかわからないけどまじかっこいい」と石壁の装飾を見上げて言います。
装飾と言ってもさび色のタイル状の御影石が規則的に並んでいて、あるラインは磨かれて光沢のある表面、あるラインは粗削りのというようなシンプルなもの。
私も立ち止まって眺めてみてどこか気になるものがありました。
雨にぬれている御影石と曇り空の情景
なるほどなあと思いました。
きっと息子は日本のことを思い出していたのだと思いました。
それは幼い頃日本で見た雨の日の情景であって、通学途中のオフィスビルや神社やお寺や公園の情景だったのかもしれません。
ふと私も似たようなことがあったことを思い出しました。
まだ若い頃に訪れた倉敷の大原美術館で、屋外に設置されたイサムノグチの石の作品を観た時のことでした。
夏の雨の日でした。
おそらく御影石だったような記憶があるのですが、雨が漆黒の石の表面に反射しているのを眺めながらなんとも言えない安堵感につつまれたことを思い出しました。

ただそれだけの出来事ですが、一番接点がない息子とこういう見えないあいまいな感覚を共有できたことがとても嬉しかったということを忘れないうちにここに書き留めておこうと思いました。
同じものを観て美しいと共感できるのはいいものだなぁと思います。

追慕


その人の訃報は実家への新年の挨拶の電話で知らされました。
最後に施設に会いにった時にすでにその予兆がありましたが、この数年で記憶をどんどん無くしてしまったそうです。
私にとっては育ての母のような人でした。
生まれてから、大学入学で上京するまでずっとお世話になった人でした。

猛烈に忙しい両親に代わって、自営のまかないと家事の一斉と私たち兄弟の世話をしてくれました。
病の後遺症をもろともせず朝から晩まで子気味よく魔法のように仕事を片付けるその姿は、今思い出しても爽快です。

兄弟の中で一番年少だった私は人恋しさもあり邪魔にならないようによくそばで遊んだり、買い物についていったりしました。そして自分の視界にその人がいなかったり、その人の働く”音”が聞こえないととても不安になりました。
その人の”気配”というものを言葉には表現できませんが、今でも安らかで温かな記憶としてはっきりと覚えています。
そういう感情は一般的には子供が母に対して抱くのだというのを、自分が子供を持って初めて知ることとなりました。
母親としての今の自分は、きっと半分以上この人のおかげでなんとか成り立っているのだろうと思います。

その人が人生の一番輝いている時に、時代と病とに翻弄されて数々の不条理をくぐり抜けてきたことを知ったのは私が小学生になってからのことでした。
姉とほとんど同じ年の子供と生き別れてすぐにうちで働いてくれるようになったそうです。
「実は、お姉ちゃん(私の)と同い年の娘がいるのよ、今は会えないけれどいつか会いたいなぁ。」
と話してくれた時のことを今でも繰り返し思い出しますが、特に自分が母になってからはその人がどんな気持ちで私たちの世話をしてくれたのかと思うと切なくなります。

老後になってからですが、その娘さんと再会を果たし交流が始まったことを嬉しそうに教えてくれました。
「とっても不思議な感じなのよ、あの子がどんなふうに育ったのか全然知らないんだけどすごく私と似ているところがあってね」と、本当に嬉しそうでした。
その人はいつも時に過酷で、時に多忙で、そして時に孤独でまた単調な人生のすべてをありのままに受け入れて小さな幸せに感謝する生き方をした人でした。
結局、その人は私の前で一度も怒ったり、苛立ったりした姿を見せることなく、その人らしく徐々に存在感を薄くしながら旅立ってしまいました。
自分の人生が長いのか短いのかわかりませんが、これまでもいつまでも生き方のお手本にしていきたい人です。
ここは日本からは遠すぎて、その人のことを思い出して感謝するという形でしか喪に服せませんが、追悼の言葉にかえて。



歳を重ねるにつれてよくぼんやりとこのことについて考えるようになりました。

先日のことですが、高校生の娘にこう言われました。
私がかつて彼女が幼い頃に口癖のように言っていた「騙されたと思って一回やってごらん(もしくは行ってみよう)」というフレーズが、今になって彼女の中の一番のお気に入りのフレーズなのだそうです。
もうすぐ巣立つ娘に、意外なフレーズを言われ、あれ私はもう少し大事なことを言ってきたと思っていたのですが、ちょっと拍子抜けしてしまいました。

少し語弊があるかもしれませんが、私は「嘘」について肯定的な気持ちが半分とまではいきませんがかなりあります。
そう思える象徴的出来事がもう一つありました。

それは夏休みに日本へ一時帰国した時、郷里から東京へ向かう新幹線の中でした。
お盆休み明けでまだまだ混み合う自由席の車内で、たまたま隣に座った70代くらいの女性の荷物を棚にあげるのを手伝ったことから会話が始まりました。
これだけは壊れ物なのでと大事にひざ上に抱えていたのは、昨年亡くなられたご主人の遺影の入った風呂敷包みでした。
長年、私の郷里の大学で教えていたそうで、毎年お盆の時期に教え子達が主催するOB会に行くのを楽しみにしていましたが、今年は叶わず、代わりに初めて妻であるその女性が参加したそうです。
そのご主人が思いのほか教え子達から慕われていたこと、みな30代40代でそれぞれ家族を持ったり社会で頑張っていることを知ることができて良かったと、そして同時にものすごく申し訳ない気持ちにもなったそうです。
大学生という人生さまざまに悩む時期に就職のことやはたまた結婚のことなどよく相談にのってくれたこと、そして自らの経験をもとに親身にアドバイスをくれて、なんとか道を間違えずここまでこれたと何人もの教え子の方にいたく感謝されたとのことです。
そこまではいいのですが、教え子の話しを聞いているうちにに亡きご主人がアドバイスしていた自分の体験に基づくエピソードがことごとく「嘘」だったということに気づいたそうです。
もちろんその本人の方々を前に口が裂けても言えなかったそうですが、それまでしんみりしていた気持ちが申し訳ないのと同時におかしさがこみあげてきて大変だったそうです。
聞けばその女性の生まれも育ちもまったく違う設定になっていたそうです。
ひとしきり私も一緒に笑ってしまったのですが、その女性が「もう本当に演劇好きで想像力豊かな主人らしくてね、、、あなたは過去にそんなことあってあとで真実を知ったらどお?」と聞かれて、「いやいややさしい嘘ですからね、いいお話しですね」とその時ははっきり答えられませんでした。
東京駅でお別れしたその女性は、やっぱり「墓場までもっていかなきゃね」とにっこり笑ってお別れしましたが、しばらく私は「人間ていうのはいいなぁ」とめずらしく素直にそう思いました。

勿論いままで生きてきた中で、他人と同様私もさまざなな嘘をつき、また逆に嘘をつかれてきました。
嘘にも色々あって、悪意に満ちたものから善意からくるものまで、若い頃は虚栄心や妬み、また自信がないのに自分を鼓舞するための嘘といったものに多く接したりついたり、中年になってからは波風をたてないように、またこれは私の悪い癖なのですが他人がそう言ってほしいと思っていることをまったくそう思っていなくても言ってしまうような嘘もつくようになりました。
そんな時は少し後味が悪いのですが、善意のうそのうちでなるべくその人にとって「嘘のやさしさ」で接しないよう、新幹線で会った女性の亡きご主人のように「やさしい嘘」を心がけようと思います。


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