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天然生活

 なるべく自然に近い生活を、と、やりなれない暮らしを目指すべく、たとえば漬物(ぬかづけ)を漬けてみるとか、頂いた柑橘類でジャムを作ってみるとか、または季節の梅漬け、梅酒、らっきょう漬け。やり慣れている人にとっては年中行事の日常の他愛ない事でしょうが、最近始めた私としては、いろんなことが新鮮、そして、実験。あれれ、という間に、ぬかづけは古漬けとなり、「お茶漬けにはいいけどね」なんて言われてしまう始末。そういえば、子供の時から「即、本番」の性格。何でもやってみたくて、本を片手にやってみるけど、練習を飛び越えて、すぐに本番のデビュー。きっと、試食してくれた人々は、皆、首をかしげながら、私の誠意と情熱にだまされていたのかな。元来、いろんなことに好奇心旺盛でやってみたくなるのですが、どうもうまくいかない事が続きます。しかし、それでも懲りずにトライは、私の良いところかもしれません。人間、いつでも自分のいいところを探して、頑張っていこうと思う今日このごろです。なかなか難しいけど頑張ろう。ね、みんな。では、今日はこれにて終了です。おやすみなさい。また明日もガンバ。
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梅雨の晴れ間

週間天気予報とにらめっこしながら、この週末は雨の可能性が高いと判断していた。しかし、予報は外れ、土曜日は結構いい日和になった。かねてより、改修した我が家のベランダ完成お祝いパーティバーべキューをやろうと、二ヶ月ほどまえから話が上がり、我が家に人が集まる生活は私の理想の姿の一つだったので、「やろう、やろう」と乗り気だった。しかし、平日の仕事のストレスから、なかなか準備ははかどらず、思いはあっても行動が伴わず、結局、「週間天気予報」を理由に、屋根のない我が家のベランダではなく、ご近所の陶芸家のアトリエに場所を変えて行うことになった。参加したみんなは、「佐藤さんちのベランダの完成お祝い」「まだ見てないけどね・・」と良いつつ、結局のところ、楽しく旨いさかなをつつき、気分よく集えることを楽しみに、久しぶりに夜がふけるまで話に花が咲いた。思えば、当地真鶴に越してきてから、陶芸家の先生と親交を温めるようになり、真鶴の暮らしもずいぶん地元の根ざしたものになったものだ。人と人のつながりは、本当に大事なものであると思う。しかしながら私の中のもう一人の私は、人に疲れ、人とのかかわりに少なからずストレスを感じる、社会からの孤立的心境に陥りやすい一面ももっている。自分のありように正直に生きていきたいものだと感じつつ、社会から離れては人は暮らしていけないし、生活を楽しむこともできないこともわかっている。そんなことを考えながら、梅雨の晴れない週末は、私の気持ちもどこか晴れず、やらなければと焦りながらも何も仕事ははかどらず動きだせない休日が過ぎようとしている。こんな時、ほとんどグータラな私をあまり責めることなく、いっしょにグータラしてくれる我が夫の存在には、やっぱり感謝の気持ちでいっぱいだ。心から「ありがとう」と言いたい。
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ねこのきもち

という月刊雑誌があり、年間購読していましたが、更新手続きの振込み用紙がきました。我が家にも、かわゆいねこが一匹おります。さて、このねこ、めめたんと言います。正式名称は、五月に我が家にやってきた(旦那がかわいそうに思って勝手に拾ってきた)ので、メイと名づけましたが、いつもは、めめた、とか、めめたん、と呼んでます。めめたんは、目下ダンボール箱の中を居場所としています。というのも、以前からこういう習性はありましたが、最近、職場の同僚の実家から、美味しい夏みかんを共同購入し(我が家も、夏みかんの産地近くに居住しているのですが、ま、そこは何とか、世間のお付き合いということで)そのダンボール箱が、うちの猫にはピッタリの大きさ。捨てようかなと脇に置いていた箱を、我が居場所として、何だか喜んで使用しているみたいです。箱に入っては自分で毛づくろいし、くつろいでいる姿を見ると、ちょっと笑ってしまいます。やっぱり、居心地がよいところを見つけるのが天才、めめたんですね。そんな感じで毎日、めめたんを相手に抱っこしたり、頬擦りしたりが、日々の生活の癒しになっている、今日このごろなのです。はい、一番の癒し系でーす。我が家の自慢。
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祭り囃子

 もうすぐ夏祭りの季節なのだろうか。トントコスットンと、今年もまた祭り囃子の練習が聞こえ始めてきた。いつも夜の九時ごろまで、近くの集会所でお囃子の練習をしているようだ。夏祭りに秋祭り、そして正月、どんど焼きと、結構な回数にお披露目をしているせいか、ある時期にはいつも練習の音が聞こえてくる。こんな風情も、ここ真鶴ならではのどかな風物詩である。先日、以前習っていたお習字の先生が亡くなって、十年目の節目に「遺作展」ならぬ「遺墨展」が開催され、見に行ってきた。久しぶりに遺影を拝見し、また、先生の書に触れることができた。私は亡くなられる前の、ごくわずかな期間に習うことができたので、ほとんど先生の書をきちんと拝見することも、交流を深める機会もないまま、晩年、病気で苦しみながらも最後までお稽古を続けてくださった姿しか思い出にはない。亡くなられる一月前、最後にお見舞いに伺った際、握りしめた手の冷たいぬくもりと、繊細な仮名書が生み出された、たおやかな指先の動きが、今でもしっかりと目に焼きついている。人は、亡くなっても、生きている人の記憶の中にいつまでも生き続けているというけれども、やはり、亡くなった人からは、もう二度とその声を聞くことも、ことばに触れることも、書に触れることも、かなわない。やはり生きているからこそ、生の声に触れ温かみを感じ、交流を深めることができる。と、しばし思ってしまう今日この頃である。
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は〜あ、疲れた

 というのも、週明けから妙ですが、何だか、元気が出ない今日この頃。私が苦手とする、低気圧接近の気象状況によるものともいえます。こどもの頃から、低気圧が近づくと、天気予報より体の反応の方が早かったといいます。ま昔は、気象予報技術も今より劣っていた訳ですから。今だに気温や寒暖の急激な変化、特に、低気圧に伴う湿った空気は、体調・気分共にダメージとなって襲ってくるのです。さて、我が家の改修工事もどうにか終盤を迎えています。旦那が発病してから、かれこれ二年。当初はあまり乗り気でなかったことにも、昨年頃より前向きになり、自分から手すり等の取り付けもしたいと言い出したのですが、その先が私の能力のところで、すっかり頓挫してしまい、ようやく着手したのが年明けからでした。いろいろあり、なんとか竣工までこぎつけました。−−で、この続きはまた後日に。
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