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席に着いてしばらく黙って不味いコーヒーを啜っていると、 「ジェイも呼んだんだけど”家”の用事があるんだって。オンナだよ。俺たちの年で友達の誘いを家の用事なんかで断らないからね」 ジョーカーのいつもの冷静端的な声のトーンが、高い経験を積んできた高級レストランの給仕が前菜の空いた皿をさげる時の自然な微笑みたいに、心のざわめきをすっとどこかへ運んで行ってくれた。 昨晩23時前、ジョーカーから電話があったことを、持ちはじめたばかりの携帯電話の画面で知った。 1週間というキリがいい期間の間、ジョーカーは何を考えていたのだろう。 1年間想いを持って続けてきたバンドが、今晩、終わりを迎えるのだろうか・・・ (そのことは当時のボクにとっては、「あなたの体には腫瘍ができています」と宣告されるくらい重大なことだった) 着信履歴からジョーカーへ電話をかけた。 4コール目で電話に出たジョーカーは、 「明日の17時にいつものところで集まろう」 と用件だけを言って電話を切った。まったくジョーカーらしい電話の切り方だった。 ボクは次のライブで発表する予定のバンド初めてのオリジナル曲を練習しようとギターを手にしたが、 ぜんぜん集中できないのであきらめて缶ビールを飲むことにした。 なにか音楽をかけようと積み重ねられたCDのタイトルを目で追った。 すべてのCDタイトルを3回追っても、今の気分に合う曲を脳は検出できなかった。 音楽なしで壁に寄りかかりながら3本ビールを飲んだ。 絶えず隣の部屋からTVの笑い声が微かに聞こえていた。 ボクは全然酔わない脳ミソで、明日ジョーカーと会った時のこと、2ヶ月前に3人でオリジナル曲を完成させた時のこと、1年前にバンドを組んで初めてスタジオでセックスピストルズの『アナーキー・イン・ザ・UK』を3人で演奏した時のこと、そしてこれから先の未来のことを考えていた。
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