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復讐に成功し、元の平穏な生活を取り戻した。しかしどこか虚しさが残ったのも事実。本当にこれで良かったのか。薄い壁を挟んだ隣室同士、素直に声を掛け合えば良かったのかもしれない。僕も他人との交流が少なくなった現代に取り込まれた一員だと自覚し、嫌気がさした。
気になる事はまだあった。隣人があんなにも恐怖に震える毎日を送ったというのに、まだ普通に暮らせている事だ。本来ならこんな曰く付き物件、1秒たりとも住みたくないはずだ。しかし隣人はAVの音すら立てないものの、ごく普通に生活をしているようだった。何故だ。 復讐完了から数日が経ったある日の事。たまたま仕事が休みで、HDに録り貯められた番組を消すためだけに消化していた。無駄な休日だなと自嘲しながらも気が付くと夕方になっていた。僕は何となくコンビニにでも行こうと外に出た時、すぐ横に人の気配を感じギクリとした。 無造作ヘアーに作業帽子を被り、丸メガネを掛けて鼻の下に白髪混じりの口髭を生やした作業着姿の男がダンボールを抱えていた。男は陽気な声で『こんにちは』と声を掛けてきた。僕も安心し『どうも』と返答した。男は更に『いやぁ、ご迷惑をお掛けしています』と言った。 僕は心の中で『何が迷惑なんだ?』と考えを巡らせた。そして妙に空いた間を嫌ううちに、ある事にピンときた。『お隣、引っ越しか何かですか?お気になさらずに』と答えた。男は依然笑顔のままだった。やはり隣人は引っ越すんだな。隣人よ、いい闘いだったぜ。さようなら。 そして立ち去ろうとした僕に笑顔の男は言った。『やはりあなたでしたか』。僕は動けなかった。明らかな狼狽をもう隠しきれなかった。胃が痛い、胸が痛い。体がいち早くこの後の展開を案じていた。男のカウンターパンチが炸裂した。景色が揺らぎ、僕はマットを舐めていた。 『どうして引っ越しだとお思いになりましたか?』『どうして隣だとお思いなりましたか?』試合はまだ続いていた。『この箱の中身は何だと思いますか?』そう言いながら、男は作業帽子とカツラ、偽の口髭を取り、真の姿を現した。それはいつか見た、あの“隣人”だった。 『もちろん最初は怖かったんですよ』依然として隣人は笑顔だった。しかしパンチを緩める事はなかった。『でも玄関とベランダにしか髪の毛がないというのも可笑しな話ですよね。家の中に居れば全く変な事は起きないんですよ。だから、人為的な現象なのは明らかでした』 入念に考えた計画。しかしそのガードは隙だらけだった。矢継ぎ早に飛んでくるパンチはダウンする事すら許さなかった。『問題は誰が犯人かという事だけでした』まともに隣人の顔を見れなかった。無意味に平静を装いながら、目線を一瞬だけ隣人に向け、すぐに反らした。 隣人から表情が消えていた。『怖くて大きな声を出していたのを覚えていますか?でも人為的な現象だと分かった後も同じように大きな声を出してみたんです。それでも怪奇現象は止まりませんでした。そこで犯人はこちらの姿が見えずとも音は判断出来る人間。この一点に絞られました』 つづく これは2013/12/25〜2016/6/7のtwitterに投稿された『隣人』51話〜60話に加筆修正したものです。 |

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