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TS392821公園だ。
TS392822テント泊に適した広場
TS392823万葉の森公園
無事に危険な造成地を通り抜け、北へ走っている真新しい車道を歩いていると左手に大きな公園があった。
すでに日が傾きかけている。
立ち入り禁止の柵があるが、それを乗り越えて公園に入ってみた。
施工区域としては先ほどの工業団地と一帯の場所で、道路を挟んで西側を公共施設にしたように見える。
ここは、宮城県黒川郡大衡村の「昭和万葉の森」という。
中にはパターゴルフ場もある。
本物の「万葉の森」は、京都船岡山周辺にあるが、ここは「昭和万葉の森」である。
『昭和万葉の森は、昭和30年に第6回全国植樹祭会場となった黒川郡大衡村平林地内の松林(通称御成山)と、これに隣接する落葉広葉樹林とをあわせた総面積22.65ヘクタールの区域に、昭和天皇御在位60年を記念して、万葉植物を主体とする森林公園を造成し、平成元年に開園したものです。
訪れる人々には、健康増進のための森林浴や日本の歴史、文化、民族を偲ぶ場として、さらに自然科学などの学びの森として利用されています。
園内には、ひさかたの道、しろたえの道など万葉の歌に縁りのある名前の遊歩道が約5600mほど設けられています。
また、万葉の歌を刻んだ歌碑48基が万葉植物記念林−万葉の館、休憩展示棟の周辺−お手植の松へのルート沿いに配置されています。』(「昭和万葉の森」より)
http://www.pref.miyagi.jp/sizenhogo/sisetu/manyou.htm
昭和の時代が終わると共に開園した公園である。
広い芝生の広場があり、親子連れがまだ名残り惜しそうに数組残って遊んでいた。
夕方なのでほとんどの客は帰っていったようだ。
あの芝生でテント泊できれば最高である。
そばにトイレや水道も完備しているが、時間外は立ち入り禁止になるのかも知れない。
管理事務所は更に北のほうにあるようで、この付近にはない。
しばらく駐車場傍の芝生に寝転んで日が暮れるのを待つことにした。
運よく駐車場に缶ビールの販売機があった。
冷たい缶ビールを開けて飲む。
夕日が山際に落ちていく。
まもなく夕方の5時になるところだ。
駐車場に軽トラックが入ってきて私の近くに泊まった。
運転手のおじさんは公園の管理人のようである。
広場で遊ぶ数組の親子の去るのを待っているような様子である。
思ったよりも管理がしっかりしていると思われるので、こちらから聞きに行くことにした。
「すみません、あそこの広場でテントを張ろうと思っているのですが、よいですか。明朝早く出発するのですが。」
「ここはテントは禁止なんです。私に言われても無理なものは無理ですよ。」
「わかりました。では、他を探します。」
ここは素直に移動することに決めた。
無理をしてテントを張って、荷物を出してくつろいでいるのところで退去を命じられても面倒である。
あたり一面山野なのだから、どこか泊まれる場所があるだろうと判断した。
公園の中の遊歩道を歩いて北へ向かい、公園出口門を通って道路へ出た。
公園の外にも若干の芝生区域があるが、道路の傍なので車の通る音がうるさいだろうから敬遠する。
坂を下って、古い道へと向かった。
まだどこに奥州街道があるのかわからない。
地図によれば北西の方向へ行けば旧街道に合流できるはずだ。
道に迷ったときは、とくに日暮れ時はそうだだが、慌てないことである。
日は暮れるもの、暮れたらヘッドランプを点けて夜間歩行を続ければ済む。
そういう心境になるまでに、500kmくらい歩く必要があったと記憶している。
最初の東海道歩きでは、日暮れ時に道に迷い随分と慌てて大汗をかいたものだった。
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