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東洋医学といえば、その中心となるのが中国医学(中医学)であろう。 その中国医学の歴史については、文献によって4千年の歴史があるとし、また他の文献では約2千5百年以上といった表現になっている。 本当のところはどうなのであろうか。 諸説を紹介したい。
中国での医学は、殷の時代(紀元前16〜11世紀頃)に始まった形跡があり、最初の医学に関する碑文が獣骨や亀甲に見られる。 その後、戦国時代(紀元前475年〜221年頃)には、中国最古の医学書「黄帝内経」が当時の皇帝であった黄帝によって書かれた。
漢方薬(湯液・中国薬)は、口伝によると紀元前3494年にまで遡り、記録として見られるのは紀元前1500年頃の殷の時代である。 紀元前3世紀頃には、250種を超える植物や鉱物などが「医薬」として記述されている。
鍼灸は約3千年前に始まり、2千年以上前に書かれた本に当時の医学器具であった石の鍼などの記述がある。 9種類の金や銀製の鍼灸用の鍼は紀元前113年頃にはあったとされている。 その後、1026年に「銅人輸穴鍼灸図書」が記され、翌年「経穴銅人」が作られた。 1220年「針灸資生経」、1341年「十四経発揮」、1601年「鍼灸体制」などが編集され臨床経験を加えながら発展。
中国では清朝の頃から国が荒れて中国医学は廃れていたが、第二次世界大戦後に再び重要視され、徐々に研究や教育が復活した。 現在では、西洋医学と同等の社会的地位を持つ中医学として確率されている。 その教育も大学5年間で医師と同じである。 身分も中医師(中国医学医師)となる。
日本には、飛鳥時代の552年頃に中国医学書の中の「明堂図」「鍼灸甲乙経」などが輸入された。 奈良時代の700年に大宝律令が公布され、鍼灸や湯液などの中国医学が日本の国家の医療の中心となる。 平安時代の984年に、わが国最古の医書「医心方」が書かれた。 新しい書物を輸入しながら日本独自に発展させ、江戸時代には杉山和一が鍼管を発明し鍼管法を用いた杉山流鍼灸を考案した。
日本では、明治維新による西洋文明至上主義の政策によって、鍼灸は国家の医療の中心から民間療法に格下げされ、代わって西洋医学が国家の医療になった。 第二次世界大戦後にGHQの政策から存続の危機を迎えたが、辛うじて乗り切り、現在は医療類似行為として専門学校3年間、鍼灸短大3年間、鍼灸大学4年間(鍼灸学士)などの教育を経て、国家試験に合格すれば「はり師、きゅう師」の厚生労働大臣免許が取得でき、鍼灸師として臨床することが出来る。この根拠となる法律は、「按摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師に関する法律」である。
(参考文献)
1.H.C. Dung, Ph.D., Anatomical Acupuncture: Antarctic Press, San Antonio, Texas. 1997.
2.http://www1.ocn.ne.jp/~seizan/seizan/china/p1.htm
3.http://www.acupuncturewashington.org/history.htm
4.http://ourworld.cs.com/edgeacup/ancient.html
5.http://www.ijdc.org/dcseitai.htm
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はじめまして 履歴から着ました。 東洋医学というと 鍼灸そして湯薬があるので 湯薬の日本での歴史も 書いてほしかったなー GHQ以降も いまだに 厚生労働省に弾圧されて安い生薬に値段を均一化しようとしているせいか 上質の生薬を取り扱う生薬の問屋もつぶれそうとのうわさを聞いていますよ。
2006/8/23(水) 午後 9:33 [ - ]