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日本人斯く戦えり

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海外での日本人・日本企業などの活躍や評価などをご紹介致します。
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ナポリのピザ職人コンテスト、日本の大西さんが再び栄冠

14日のANSA通信によると、イタリア・ナポリでこのほど開かれたピザ職人のコンテストで、日本から参加した大西誠さんが最優秀賞を受賞した。

大西さんは2003年に外国人として初めて最優秀賞に輝いており、再び栄冠を手にした。

コンテストには20人以上のピザ職人が出場、ほとんどはナポリの職人だった。

同通信によると、大西さんは02年にイタリアに料理留学した経験があり、受賞後「最初にナポリ駅に着いて出会った人に、ピザを勉強するなら『(ナポリ近くの)イスキア島に行け』と言われたのが始まり」などと振り返った。(共同)

(産経新聞、2006年9月15日)

大したものですね。

やはり、何事も本場で勉強し、修業して来ないとこうは行かないのでしょう。

医学を勉強するなら、かつてはドイツですが、近年はアメリカ合衆国が研究などの環境が優れています。

鍼灸や漢方薬などの東洋医学(中医学)を学ぶならやはり元祖の中国がよいでしょう。

カイロプラクティックは発祥の地であるアメリカ合衆国、アイオワ州ダベンポートに行くとよいようです。

このニュースでは、ピザのコンテストで、かつての留学生であった日本人が、地元ナポリの職人の中で最優秀賞に選ばれたとのことですが、ナポリの審査員の公平性に敬意を表したいと思います。

そして、日本人の優秀性に誇りを覚えます。

大西さん、おめでとう御座います。

陸上のワールド・アスレチック・ファイナルは最終日の10日、独・シュツットガルトのゴットリーブ・ダイムラー・スタジアムで行われ、男子ハンマー投げの室伏広治(ミズノ)が81メートル42で優勝した。

室伏は、この大会の前身にあたる2002年GPファイナルに続いて2度目のファイナル優勝。2位はイワン・チホン(ベラルーシ)で81メートル12だった。室伏は、全4投で行われた試技で1投目に81メートル42をマーク、2投目は79メートル45、3投目はファウル、4投目は79メートル49だった。室伏は今季出場6試合全勝。

(読売新聞、2006年9月10日)

日本の男子ハンマー投げのホープ室伏広治選手が優勝した喜ばしいニュースです。

今季は出場した6試合全勝ということで絶好調のようです。

このまま調子を上げて、北京でも金を獲得してくれるといいですね。

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大学ゴルフ:日本、団体と個人で優勝 世界選手権

2年に1度開かれるゴルフの世界大学選手権は9日、イタリアのトリノのトリノGC(パー72)で最終の第4ラウンドを行い、男子で日本学生選手権2連覇の池田勇太(東北福祉大)が通算15アンダーの273で優勝した。団体も日本が2位の米国に6打差をつけて2大会ぶりに勝った。

女子は1年生で日本女子学生選手権を制した原江里菜(東北福祉大)が通算3オーバーの291で3位、佐伯三貴(東北福祉大)が4位になった。団体の日本は米国に2打及ばず、準優勝だった。(共同)

(毎日新聞、2006年9月10日)

最近は何かにつけて日本人女性の活躍が著しいが、今回は久し振りに日本男子の活躍が報じられている。

イタリアのトリノで行われたゴルフの世界大学選手権において、日本は男子個人で池田勇太選手が優勝した。

また、男子団体でも日本がアメリカを抑えて優勝した。

女子の団体では日本は2位、個人では3位、4位という成績を収めた。

選手の皆さん、おめでとうございます。

そして、お疲れ様でした。

エアギター:日本人タレントが優勝 世界選手権

9日の英ITVテレビ(電子版)によると、フィンランドで開かれていたエアギターの世界選手権で、吉本興業に所属するお笑いコンビ「ダイノジ」のおおちさん(34)=本名・大地洋介=が優勝した。

エアギターは、音楽に合わせて、演奏しているかのように弾きまねをするパフォーマンス。

世界選手権は1996年に初めてフィンランドで開催され、今回が11回目。ドイツやイタリアなど11カ国から「エアギタリスト」が参加した。(共同)

(毎日新聞、2006年9月10日)

エアギターって以前何かのテレビ番組でやっていたのを見た記憶があります。

何をして優劣を決めるのか私には分かりませんが、とにかく優勝は素晴らしい。

御目出とう御座います。

自動車F1シリーズ第13戦、ハンガリー・グランプリ(GP)は6日、モジョロードで70周(1周4.381キロ)の決勝を行い、ジェンソン・バトン(英国)が1時間52分20秒941で初優勝し、ホンダ勢が1992年オーストラリアGP以来、14年ぶりの通算72勝目を挙げた。ホンダ単独チームとしては67年イタリアGP以来。

60年代初頭、四輪の市販車開発を始める前にF1参戦を決めたホンダ。ホンダ単独チームとしては実に39年ぶりの優勝だ。初参戦から通算301戦目。

<ホンダ・福井威夫社長の話> 君が代が流れたときは感動した。これを機に本当の実力をつけ、コンストラクターズ部門で優勝争いできるチームになりたい。

(朝日新聞、2006年08月07日)

かつては日本車は「安かろう悪かろう」の代表程度の評価しか海外では与えられていなかった。

それを先ずオートバイで書き換えたのが本田宗一郎氏とホンダであった。

その後もF1に参戦し、実力と評価を高めて「ホンダ神話」さえ創ったのだ。

1988年の英国グランプリでホンダは4台出走し、なんと1・2・3・4フィニッシュを成し遂げたこともあった。

しかし、その後も勝ち続ける日本のホンダに対し、白人社会である欧米での不満は高まり、様々な「ホンダ潰し」が画策されたようだ。

そのような情勢に、日本のバブル崩壊なども重なり、ホンダはF1から撤退した。

数年後ようやくF1復活を果たしたホンダは勝てず、今日まで苦渋に満ちた日々を送ってきたことだろう。だが、ホンダとそのスタッフは今日の日を信じて努力を傾注し継続して来たようだ。

さすが、である。

私もかつて日本ではホンダ車に乗っていた。「F1直系」というホンダ・エンジンの広告でのフレーズに酔い痴れていたものだ・・・。

とても嬉しいニュースだ。

ホンダの関係者の皆さんに心からお祝いを申し上げたいと思います。


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