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<いじめ自殺>「自分傷つけないで」カネミ油症被害少女訴え 「自殺するなら 健康な体 私にください」。長野県飯田市の自営業、塩沢正敏さん(83)が保存していた86年2月の毎日新聞の記事にはそんな見出しがつけられていた。 記事は、68年に西日本一帯で広く起きた「カネミ油症事件」の被害に苦しむ少女が、86年にも続発していたいじめ自殺を受けて、同世代の若者に「自殺を考え直して」と呼びかける内容だ。 塩沢さんは中学2年の孫とともに記事を読み、「この記事を再掲載してもらい、今こそ皆に読んでほしい」と訴える。【神崎修一】 記事は、長野県では同年2月28日付朝刊に掲載された(夕刊配布地区は同27日付夕刊)。長崎県内に住む高校2年の少女(17)は油症新生児、いわゆる「黒い赤ちゃん」として生まれた。 足のつめが黒く変形し、頭痛や腹痛に悩まされた。油症患者だと知られないように家に閉じこもり、検診にも行けない。少女は、次々自らの命を絶つ同世代を憂うとともに、複雑な気持ちを寄せた。 「世の中には、いじめよりも苦しい悩みに耐えて生きている人もいるのですよ。もう一度考えなおして下さい。もう少し勇気を出して下さい。それでもやっぱり死にたいと思うなら、そのあなたの健康な体を私のこの体と取り替えてから死んで下さい。 私がたとえいじめにあったとしても健康な体であるならばきっと耐えられると思います。 私は他に何もいりません。 ただ健康な体が欲しい」 少女がこの手記をつづった86年2月は、東京・中野富士見中の鹿川裕史君事件が起き、各地で子どもたちの自殺が続いていた。 塩沢さんは今月上旬、古いスクラップ帳の記事に目を留めた。「読んだ瞬間に心に響いた。子どもたちの考える材料になるのでは」と孫の悠(ゆう)君(14)=飯田市立鼎(かなえ)中学校2年=にコピーを渡した。悠君は「いじめはこんなに前からあったんだ」と驚き、「自分は五体満足な体で、不自由もなく毎日を過ごせる幸せ者だったんだな」と実感したという。 悠君は、全国で相次いでいるいじめ自殺を防止するヒントになるかもと考え、記事を先生や友達に見せた。「学校ではトラブルはないが、決して人ごとではない。自殺を考えている人もいるけど、自分を傷つけるのはやめて。親や友達など愛してくれる人は必ずいるはず」と訴える。 【ことば】カネミ油症事件 68年10月に発覚。カネミ倉庫(北九州市)が製造した米ぬか油を食べた約1万4000人が、吹き出物など皮膚症状を中心に全身の異常を訴えた。製造工程で混入したダイオキシン類ポリ塩化ジベンゾフランが主因とされる。色素沈着被害で「黒い赤ちゃん」で生まれたケースもあった。 言論の自由が取り戻されて、ようやく少し発言できる様になったのでしょうか? 依然として、警察が400人、文科省130人という、小中高生自殺のギャップは埋まりませんけどね。 いじめ自殺に至ってはご存じの様に7年間ゼロでした。 きっと、氷山の一角に過ぎないのかもしれません。 何のお咎めも、追求も無しに、笑いながら生きている人達が、妨害しているのかも知れませんがね。 文科省の数字は間違っているかも知れません。ログを見ればあると思います。
批判の対象になる事は承知していますが、こんな数字覚えたくないモンで済みません。 |
事件
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初めまして。名前も名乗らないで済みません。
今、私の学校ではカネミ油症のことについて調べています。
そして調べていたらここにたどり着きました。
文を読ませていただきました。女の子の「健康な体がほしい」という文面を見て言葉を失いました。
いきなりのことですいませんでした。
またきます。
2007/12/6(木) 午前 9:09 [ 匿名希望 ]
訪問有難う御座います。
カネミ油症被害者支援センター(YSC)
http://blogs.yahoo.co.jp/qzg07170/trackback/930124/43803688
を渡しは見つけました。 少し読み直して居ますけどね
少しショックかもしれませんが、美人に成りたいと同じかもしれません。
豊かな感受性からはこんな発言は不味いですけどね
法律上は美人で無くした企業の責任を問えない事でしょうか?
深く調べても得るモノは少ない気もしますがね
2007/12/9(日) 午後 2:05 [ 海山緑光 ]
お久しぶりです。
長野県丸子実業高校のいじめ自殺した高校生のお母さんは、バレーボール部担当の教師やバレーボール部員から損害賠償請求を逆提訴され裁判で負けました。
今度は、校長が遺族のお母さんを提訴しています。
お母さんまで本当にいじめ殺されそうです。
2009/7/5(日) 午前 6:20 [ 丸子実業高いじめ殺人判決は大誤審 ]
「回復への祈り‐カネミ40年記念誌‐」と言う本の
第2章 被害者の証言より
http://www.yusho.hosp.kyushu-u.ac.jp/about/pdf/20141119_data.pdf
この49ページに以下の記載があります。
『問題のカネミ油を買ったのは、昭和43年頃だった思います。安くて良い油があるときいて〇〇商店から一斗缶で購入(中略)
しかし、昭和43年8月頃、〇〇で米穀の販売業を経営していた叔父から、この油は悪い油らしいから食べてはいけないと注意を受け、びっくりして残った油を缶ごと一緒に屋外に捨ててしまいました。残った油は4升ぐらいで、家族で6升ものカネミ油を食べたことになります。
その原因で、私たちは全身的な障害を受け、(以下略)』
との記載があります。
昭和43年ごろに、油を捨てるとなると川や海、山ぐらいだろうと思います。もし、土壌や底質に含まれる当時のカネミ油を分析することができれば、ロットごとに異なるカネミ油の毒性組成が明らかになり、認定されない患者に対する新たな知見が分かるかも知れません。
2015/12/20(日) 午後 9:05 [ 世の中の傘 ]