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大人のおもちゃ(笑)

 なんという“オトナ帝国”向けアイテム。

初回特典は“大気圏突入後の司令船“:「大人の超合金」アポロ11号のこだわり(2009/10/20)

 バンダイは10月20日、「大人の超合金」シリーズの第1弾「アポロ11号&サターンV(ファイブ)型ロケット」を発表した。7月の「東京おもちゃショー2009」に参考展示され、そのサイズと緻密(ちみつ)な造形で注目を集めたリアル志向の超合金(→全高76センチ、月面着陸を再現できる「大人の超合金」)。2010年3月に5万2290円で発売する。
(略)
 大人の超合金シリーズは、塗装済みの完成モデルとして販売されるが、その作りはまさに「こだわりのホビーアイテム」だ。3段の液体燃料ロケットや司令船などはすべて切り離し可能。実際のロケットと同様に9つのパーツに分かれ、打ち上げから月着陸、帰還までの全シークエンスを再現(手動)できるという。月着陸船の脚部は、ロケットに収納するための“脚を畳んだ状態”と月着陸時の“脚を開いた状態”の2つを用意しており、付け替えることで月面着陸にいたるシチュエーションを再現できる。
(略)
 ……なお、初回生産分には特典として「大気圏突入後の司令船」が付属するという。これは、地球に帰還する際、大気との摩擦によってダメージを受けた司令船のミニチュアモデル。サイズは同じく1/144スケールで、専用のディスプレイスタンドも付属する。
 「当時、テレビ中継を見守っていた40代後半から60代の男性がメインターゲットになりますが、スケールモデルファンや天文ファンなど、若い世代にも手にとってほしいです」(同社)。

http://plusd.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/0910/20/news112.html

「初回特典」がまた面白いことになってますなー。さすがに外壁の吹っ飛んだ13号機械船にはしなかったか(笑)。
 やはりこの時代の象徴としてある程度誰もが知っているところと言えば、アポロとか万博とかになるんでしょうね。たまにはルノホートバイキング1号のことも思い出してやってください……。

TO-Yの「歌」

 NONAJUNさんのところで紹介されている宇多丸氏の『20世紀少年』評を聴きながら、ちょっと思い出したこと。


 その昔、上條淳士の『TO-Y(トーイ)』という漫画があったのですが、主人公である自由奔放なバンド少年・藤井冬威(トーイ)の天賦の音楽的才能を漫画という媒体の上で見せるための方法として、作者は音楽や歌を絵として直接示すような記号表現を、逆に画面からいっさい排除していました。

ロックを題材にした漫画はTO-Y以前にも多数存在したが、漫画という音の出ない媒体でロックを表現するという矛盾を孕んだ課題に、従来の作品群は歌詞を書き込む、擬音で楽器音を表すなどといった手法を採っていた。が、上條はそれまでの方法論を一切否定し、歌唱・演奏シーンには文字を書き入れず、キャラクターの表情や動き、画面効果のみで表現し、詳細は読者のイマジネーションに任せるといった方法を用いた。……
(略)
1987年に小学館及びCBS・ソニー製作(アニメーションの製作は、スタジオぎゃろっぷ)でOVA化されている。キャラクターの設定は原作と同じだが、ストーリーは若干は違っている。
当時ソニー所属のアーティスト達の曲が収録されたサントラが発売されているが、トーイ達が実際に歌うシーンでは使われず、そのシーンではボーカルなしの曲が使用されている(OVA化の際、「トーイ達に歌をうたわせない」事が作者の条件だった為)。

Wikipedia「TO-Y」の項

 OVA化に際しても、「トーイに実際に歌わせること」は徹底的に否定されていたわけです。
 実際に「トーイ」や「哀川陽司」の歌が聴こえないからこそ、読者はそれぞれに自分の想像力を働かせて、自分にとって「もっともすごいボーカル」のイメージを自由にトーイ達に投影することが出来るという仕掛けなのでしょう。

 現在「Yahoo!コミック」内で『TO-Y』本編のほんの一部が「立ち読み」できます。公開されている部分のうち、ちょうど7巻の冒頭部に『TO-Y』の典型的なライブシーンの描写がありますので、興味のある方はちょっと覗いてみてはいかがでしょうか。

テレビちゃうやろw


テレビじゃない♪(テレビじゃない)
テレビじゃない♪(テレビじゃない)
ゲームのこーとさー♪

などと某ZZの歌を歌ってもしょうがないか。

文脈を欠いた言葉

 もう旧聞に属する話題なんだろうけど。

 昨年、秋葉原通り魔事件が起きた当時に見られた意見の中で、容疑者のK君が掲示板サイトに入り浸っていたという話の中の、ある部分にとりわけ着目している人がいた。どこに着目していたかというと、K君が事件前に頻繁に利用していた掲示板サイトが、PC閲覧を前提としたサイト(VIP)からケータイ用サイトへと移行していったという部分だ。

 この事件よりもちょっと前に、ケータイ小説をどう評価すべきかという話題が一部で盛り上がったことがあった。その中でしばしば指摘されていたのは、ケータイ小説の特徴的な文体がディスプレイの小ささという技術的条件に由来するのではないかということだった。

 短文。
 体言止め。
 箇条書き。
 擬音。
 余韻や含みを切り詰めた断定的表現。
 個別表現における文脈依存度の極端な低さ。
 その裏返しとしての、現時点における読者の共有認識への依存度の極端な高さ。

 ケータイ用ブラウザで2ちゃんねるのどこかのスレッドを見た時に「ちょっと長い文章だな」という印象を受けたレスが、後でPCブラウザ上で見ると先の印象に比べて驚くほど短い文章だったことに気づくということもある。また、前の複数のレスを受けて行われるレスを読む時には、ケータイ用ブラウザで前の“文脈”を辿るのはPCブラウザに比べて遥かに面倒だ。
 読むだけでなく、まとまった分量の文章を書いてブログなり掲示板なりに投稿する場合にも、この制約はついて回る。キータッチの速度については慣れの問題もあるだろうから置いておくとしても、書いている最中に画面をスクロールして自分の文章を読み返す作業が、ケータイの狭い画面だと非常に煩雑になる。ある程度まとまった文脈を持った文章を書こうとしたら、書いている途中でそこまでの途中経過を見返し、文章の趣旨が通っているかどうか、当初の予定から論旨や焦点がずれていないかどうかを随時確認する必要が生じる。別に書いているうちに論旨が予定を外れても構わないのだが、せめて「最初から見て現在はどのようにずれているのか」くらいは確認しておきたい。
 でも、PCの画面上であればスクロール一回か、あるいはスクロールなしで一画面表示できる分量のテキストを見るために、ケータイでは何度もスクロールを繰り返すことになり、異なった個所の相互参照によって論旨や文脈の推移を確認することが非常に難しくなる。このような条件の下で快適に文章を組み立てようとするならば、文章作成のパターン(=コミュニケーションのスタイル)をこの技術的要件に適応させるのが、もっとも効果的であるということになる。そのため、前の文章を読み返さなくても済むように、前後の文脈とは切り離して独立しても意味が通るような、短文言い切り型やアイロニー欠如型の文章がもっとも適したスタイルとして定着することになる。
 コミュニケーションツールとしてのケータイ用ブラウザは、円滑で快適なコミュニケーション遂行のために、情報量と文脈参照度の極端な縮小を要求する技術手段なのだ。

 このことは、K君の話において何を意味するか。
 もしかしたらそれほど大きな関係は無いのかもしれない。ただ、日常的なコミュニケーション空間において日常的に使用される常用語が、文脈を欠いた短文言い切り型の言葉や、説明をいっさい省略しても他人に通じることを当て込んだ定型的なステレオタイプの言い回しに特化していくと、それは知見を深めて思考の網の目を細かくしていくよりも、むしろ単純で断片的な定型句の羅列によって表現できる範囲の言語行為に、自らの思考を最適化させていくことに通じるのではないかということだ。
 背景的文脈を欠いた断片的な言葉は、文脈によって読み方が方向付けられないため、無条件的・断定的な“強い”言葉に聞こえがちである。また、気分によっていくらでもニュアンスを変化させる余地がある。
 そういった言葉に思考が慣れていくと、恐らくは長い文脈を自分で読解していくことが苦痛になり、手っ取り早く“結論”を求めるようになる。また、他人の(これまたしばしば断片的な)言葉をあるニュアンスにおいて解釈した時に、その解釈を後から補正するだけの文脈的材料が提供されていなかったり、また提供されていても自分の側にそれを読み解く習慣がないので、表面的な言葉からもっぱら自分の(文脈を欠いた)解釈のみで導出した“意味”を相手の言葉に読み取り、もっぱらその“意味”においてのみ相手を理解することになる。
 このような条件下でのコミュニケーション行為は、自分の視野・思索を他者に向けて広げていく方向に寄与するとは必ずしも言えない。それどころか、自分自身の既知の解釈を再帰的に強化し続けていく方向にしか働かない可能性がある。

 K君が主なネット利用の手段をPCブラウザからケータイブラウザに移行したことは、コミュニケーション空間に他者の視点・他者の解釈が入り込む可能性を自ら閉ざし、結果的に自分で自分を更なる閉塞感へと追いやっていったのではないだろうか。しかも、恐らく本人はまったく自覚なしに。

 ……恐らくこの話は、秋葉原事件に限ったことでも、ケータイに限ったことでもない。

大阪タワー

「だるま落とし」で大阪タワー解体(2009/9/7)

 竹中工務店は7日、電波塔として42年間使われ、特撮テレビ番組「ウルトラマン」にも登場した「大阪タワー」(大阪市北区)の本格的な解体作業に着手した。上部から解体する通常の方法ではなく、だるま落としのように鉄塔を下部から解体する国内初の工法を採用。作業は5メートルずつ14回に分けて行われ、年末までに姿を消す。
 大阪タワーは高さ158メートル。朝日放送の電波塔として、昭和41年7月に完成。地上102メートルに設置された展望台は、通天閣(同市天王寺区)の展望台より9メートル高かったこともあり、ピーク時には1日に4千人の観光客が訪れるなど人気を集めた。
 42年1月に放送のウルトラマンでは、輸送中に逃げ出した怪獣ゴモラを監視する対策本部として登場したほか、朝の情報番組「おはよう朝日です」のスタジオとしても親しまれた。
 一方で、周辺に高層ビルが増えるにつれて展望台の入場者が減少し、平成9年に閉鎖された。20年6月の朝日放送の社屋移転に伴い、電波塔としての役割も終えていた。
 この工法は「竹中グリップダウン工法」と呼ばれ、タワー下部に設けた鉄骨の枠で全体を支えたうえで、土台部分や展望台を除く70メートル分の柱を5メートル間隔で切りつめる。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090907-00000591-san-soci

 以前大阪に住んでいた時、私も通勤の途上でこの近くをよく通ることがあったのですが、すみません、こんなものがあったなんて全然知りませんでした。上記の記事タイトルの「大阪タワー」を見た時にも、最初は「えっ、通天閣が取り壊し?」って思ってしまいました。
 あの近辺(梅田周辺)だったら他にも空中庭園とHEP FIVE屋上の観覧車とか、眺望を売りにする施設が他にたくさんあるので、どうしても影が薄くなってしまったんでしょうね。ABC自体の立地も梅田の繁華街中心部から微妙にずれていますし。

 梅田の開発の歴史についてはよく知らないのですが、1966年に建てられた当時は、恐らく南(ミナミ……とはちょっとずれてるけど)の通天閣に対抗した北(これまたキタの近く)のランドマークになることを目指していたのではないかと思います。
 実は大阪では明治時代にも、展望台を持った高い建物をランドマークとして売り出す発想が、市の北側と南側とで対抗関係にあったのだそうです。

 ……明治20年代になると、ちょうど富士山型展望台のブームと歩調を合わすかのように、庭園内の楼閣、まちなかの料理屋の建物もいっそう高層化する傾向をみせる。
 その先駆けは大阪であった。明治21年の夏、市街地の南のはずれ、大阪から堺に通じる街道沿いに巨大な遊園が誕生している。その名を有宝地という。(略)なかでも注目を集めたのは、園内の池畔に高くそびえ立つ五層楼眺望閣である。八角形のプランをもつこの異形の望楼は、まもなく「南の五階」という愛称で親しまれることになる。
「その面積一五三坪余りにその高さ一七間と一尺の五階の上に登りなば、浪華の街は眼下に津の国、河内、和泉路や淡路島から播磨方、この五ヶ国の風景を一眼の内に見渡せり、この景色のみならず新鮮空気呼吸せば、身の健康を補えり」
 眺望の良さを第一にあげる新聞広告が、庶民の好奇心をひきつける。……
(略)
 おそらく「南の五階」の人気に便乗しようとしたのであろう。翌明治22年、堂島浜通りの壇重三という人物によって、北野村車茶屋に「北の九階」と通称される九層楼凌雲閣が建設された。その広告文には「頂上に登れば四方眼界を遮るものなく大阪全市は双眸の中に集まり快濶云うべからず」とあり、やはり見晴らしのよさが第一にうたわれている。
(略)
 かくして浅草の富士山縦覧所にはじまる高楼建築のブームは大阪に飛火し、いっその過熱をみる。「天下の台所」とうたわれた商都には、わずか二年のあいだに眺望閣、浪花富士山、凌雲閣という営利目的の「世俗の高塔」が、あいついで建設されたのである。

(橋爪紳也『増補 明治の迷宮都市 ─ 東京・大阪の遊楽空間』ちくま学芸文庫、2008年、p.95-100)

 こうした過去の試みに比べた場合の大阪タワーには、テレビ放送の電波塔という実用的な目的を兼ねていたという特色があります。
 戦後のテレビ放送開始と民間放送の飛躍的な拡大に伴い、大都市ではテレビのVHF波をより広範囲に届かせるための電波塔が建てられるようになり、1954年開業の名古屋テレビ塔や1957年のさっぽろテレビ塔、そして1958年開業の東京タワーが都市のランドマークとして定着していきました。後に日本テレビは、自局のみの電波状況を改善する目的で、新宿に東京タワーの2倍の高さを持つ電波塔を建てることを計画していたこともあります(通称「正力タワー」、結局計画倒れ)。
 大阪タワーは基本的にABCの自局用放送塔ですが、他にタクシーや新聞社の電波の中継業務など、梅田を中心とした大阪市北部の電波関連業務一般も手掛けていたそうです。これは、高い位置から市街地を俯瞰して広範囲に通信情報を送る大阪タワーの構想が、高周波の電波の伝播特性が要求する技術的なスペックに基づいていることに由来しますが、一方で都市の高層電波塔が次々に建てられていったという事態そのものが、一つの極から社会全体に向けて満遍なく同じ情報が行き渡ることを理想としたマスメディア隆盛の高度成長時代を象徴しているようにも思えます。

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