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 ジョルジュ・ソレル『暴力論』岩波文庫版を上巻まで読み終ったところですが、何というか、“熱量”がハンパじゃないです。ベンヤミンやカール・シュミット等にも強い影響を与えた本らしいですが、岩波文庫の白帯でここまで“燃えたぎっている”本なんて、他には『共産党宣言』くらいしか知りません。理論書として読むより、むしろヘミングウェイの『老人と海』(または『海流の中の島々』の前半あたり)でカジキと対決する光景になぞらえるほうが、心情的には似つかわしいような感じ。

 でも、方向性で言えばむしろ平野耕太『ヘルシング』に出てくる「少佐」の演説に近いかも。

よろしい ならば戦争だ

我々は渾身の力をこめて今まさに振り降ろさんとする握り拳だ
だがこの暗い闇の底で半世紀もの間堪え続けてきた我々にただの戦争ではもはや足りない!!

大戦争を!!
一心不乱の大戦争を!!
 先週読んでいたトマス・アクィナス『君主の統治について ─ 謹んでキプロス王に捧げる』(柴田平三郎訳、岩波文庫、2009年)の中で、トマスは基本的な統治形態を6つの類型に分類しています。支配者の人数が「一人」「少数」「多数」のいずれであるかという頭数の違いと、統治の目的が共通善を目指す「正しい支配」であるか支配者自身の利益=私的善を追求する「不正な支配」であるかの違いの組み合わせによって、6通りの類型が出来上がります。トマスはこの各類型を論じながら、最善の形態は一人による正しい支配(王制)であり、以下、少数による正しい支配(貴族性)、多数による正しい支配(ポリティア=政体)、多数による不正な支配(民主制)、少数による不正な支配(寡頭制)と続き、一人による不正な支配(僭主制)が王制に対置される最悪の政体であると論じられます。
 本文と同じくらいの分量がある訳者解説ではこの部分について補足説明があり、主著『神学大全』においてトマスは、一人の手により支配が行われる君主制(王制)を基本的に称揚しつつも、単純な君主制より君主制・貴族制・民主制の長所を組み合わせた統治形態をよりよいものとして推奨しているのだそうです。

「(略)……或る国家もしくは王国において首長たちを秩序づけ・確定する最善の方式は、すべての者に優る一人が卓越さにもとづいて君臨し、そしてその下に、卓越さのゆえに支配するところの何らかの者たちがいるような種類のものである。しかも、かかる主権は、すべての者が首長として選ばれることができ、またすべての者によって選ばれるところから、すべての者に属するものである。けだし、かくのごときものが最善の国制(optima politia)であり、それは一人が君臨するかぎりにおいて王制、多くの者が卓越さにもとづいて統治するかぎりにおいて貴族制、そして首長たちが人民のなかから選ばれることができ・またかれらによって選ばれるかぎりにおいて民主制、つまり人民の権力であるというふうに、それらのものがうまく組み合わせられている(bene commixta)ものである」(S.T., II-I, q.105, a.1.)。
 見ての通り、ここでは明らかに混合政体 ── すなわち、一人の者の卓越性(君主制)、卓越した少数者による補佐(貴族制)、そして多数者人民による支配者の選出(民主制)── が最善の統治形態とされており(略)、このようなくだりを読む限り、トマスを単純に君主制論者と片付けるわけにはいかないように思われる。……

(『君主の統治について』訳者解説、p.224-225)

 中世の世俗君主というより、何となくアメリカの大統領制あたりの原理を見ているような気がするのは私だけ?

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 今日読んでいた福間良明『「戦争体験」の戦後史』(中公新書、2009年)は、第二次大戦の学徒兵の遺書を収録した古典的遺稿集『きけわだつみのこえ』の受容のされ方の変遷や、同書の編集主体となっている日本戦没学生記念会(わだつみ会)の軌跡、さらにはこれと対比する形で他の戦争体験の受容を取り上げながら、戦後半世紀以上に渡って戦争体験の伝承がどのような経路を辿ってきたかを跡付ける本です。
 ただし戦争体験といっても千差万別であり、本書ではあくまでも『きけわだつみのこえ』とその周辺に的が絞られています。そのために、収録された遺書の筆者が当時の日本社会の中では例外的な存在であった高学歴の学徒兵であったことから、本書では「教養」と戦争体験の「語り」の関係が大きくクローズアップされます。

 ……着目すべきは、「わだつみ」が戦没学徒を記念した特殊なものにすぎないということではなく、にもかかわらず、なぜ、一定の社会的支持を獲得し、「戦争体験の伝承」を訴えることができたのか、ということであろう。戦没学徒に象徴される「教養」は、戦後の戦争体験の語りを少なからず下支えし、あるいは左右してきたのではないか。「わだつみ」は、「教養にもかかわらず」というよりも、「教養のゆえに」、広く国民に支持された側面があったのではないか。

(p.7)

 本書で指摘されているのは、戦中派の学徒兵の遺書に見られる「教養」が、時代によりその価値的な意味を相対的に変化させていったということです。戦時中の教育・言論状況や日本主義的風潮に強く制約・影響された戦中派の学徒兵の「教養」は、自由主義やマルクス主義などの洗礼を受けた戦前派の教養人から見れば「無知」に近いものと受け止められがちで、最初の『わだつみ』発刊当初にはそのような評もあったそうです。『わだつみ』のロングセラー化が、岩波新書をライバル視し岩波系の「正統的な教養」とは一線を画した庶民的な教養を標榜する光文社カッパ・ブックスに収録されて以降のことであったという事情も、象徴的に紹介されています。
 一方で、戦後の反戦運動や学生運動の中では戦争体験はしばしば実際の政治的“行動”と直結すべきものとされ、『わだつみ』などの戦争体験自体が体制に対する迎合の証として批判の対象となったりしました。わだつみ会自体も共産党や全学連などにおける様々な運動や内紛の影響を直接的に受けて組織が崩壊し、何度も立て直しせざるを得なくなりました。
 時代が下ると、「教養」という観念自体が大学でも一般にも次第に疎んじられるようになり、むしろ戦争体験がそれ自体として「正統的な教養」の仲間入りをするようになっていきます。
 こうした流れの中で、戦争体験は単純に「伝承」されてきたのではなく、むしろ様々な理由でしばしば断絶してきたのだというのが著者の基本的な見方のようです。わだつみ会発足早々に戦後共産党の分裂・内紛が会を動揺させ遂には崩壊させてしまった経緯から、わだつみ会は時流に乗って政治的行動を打ち出すよりもむしろ愚直なまでに自己の戦争体験に拘るべきだという点が強調されるようになりましたが、今度はそれが後の世代による積極的なアクセスと利用を拒否するような、まるで戦前の教養人が体験者=戦中派の「無教養」を批判するのと同じような世代間の「象徴暴力」として戦後派には捉えられがちになってしまいます。

 ……なんとかアウトラインをまとめようとしましたが、論点が非常に多岐に渡っているので、この短い文章ではまともな要約すら出来ません。ただ、全般に論旨が整理されているので、ボリュームの割にはかなり読みやすい本ではないかと思います。
 また、本書の論の流れで見過ごせない点は、こうした無数の軋轢や論争を経る中で学徒兵に対する評価もまた次第に変化していき、単純な「悲劇的な被害者」でも「無知な若者」でもなく、その裏返しとしての単純な「加害者」としてでもなく、歴史の大きなうねりの中に放り込まれた個人の視点に定位しながらなおその中に宿る責任や倫理を追及するという方向性も出てきており、しかもそれは戦争責任論が前景化する80年代よりもかなり以前から「わだつみ」周りでは提起されていたという指摘です。

 ……かつて安田武は「『死』という事実のまえに、謙虚になること」を説いた。それは、戦没者の死を反戦イデオロギーに流用することを拒むと同時に、「殉国の至情」といった快い意味を付与しようとする後世の者の感傷をも断とうとするものであった。安田は、彼らの死が形容しがたい「無意味な死」「犬死」であったことを直視しようとした。そして、そうした「死」を生み出した状況への怒りをたぎらせたのであった。このような見方からすれば、遊蹴館特別展に見られた「戦争体験の継承」は、むしろ「断絶」にほかならない。
 また、死者に寄り添うことは、しばしば、死者を批判することでもあった。かつて学徒兵であった舟喜順一は、『はるかなる山河に』を評するなかで、学徒兵の戦争批判の不十分さや無力さを批判的に論じていたが、そこでは「然し戦没者自身生前此等の反省を自らの来し方に加えるに至つた者もあるではないか」と記していた。死者への批判は、死者との対話と何ら矛盾するものではなかったのである。
 さらに言えば、死者の「殉国の至情」にこだわることは、戦争責任追及や加害責任の自覚と遠いわけでもない。渡辺清は、自らの「殉国」の心情や天皇信仰を突き詰めた先に、自分や戦死した戦友を裏切った天皇の戦争責任を見出した。かつ、それは、自らを「騙された」として免責するのではなく、逆に「騙された」自らの責任を問うものでもあった。……
(略)
 かつて「継承」とは、死者を心地よく語ることを拒み、自らにも批判の矛先を向ける不快感を帯びたものであった。それは、ときに「断絶」を導くものですらあった。だが、そのような戦争の記憶は、少なくとも特別展「学徒出陣五十周年」をめぐる言説空間では忘却され、感動の涙で覆われた快い「継承」が前景化した。
 ……

(p.248-250)

ビオメハニカ

 今日読んでいた本よりメモ。

 ロシア十月革命後の1922年、モスクワで上演された『堂々たるコキュ』の舞台演出を手掛けた演出家メイエルホリドは、舞台上から書割やフットライト等といった大道具をことごとく取り払い、その代わりに剥き出しの木製構造物を設置した。役者はノーメイクで作業服を身にまとって舞台に立ち、演劇は剥き出しの構造が露出した舞台装置と人間の身体運動だけで構成された。

 リュボーフィ・ポポーワが担当した構成主義の舞台とともに、この上演で大きな意味をになったのは、ビオメハニカ(生体力学)の理論である。それは端的に言って、俳優演技の理論においてメイエルホリドが到達した「約束劇」の集約点だった。(略)「真に演劇的なもの」の実現をめざすプロセスで、メイエルホリドは、古代劇、中世神秘劇、歌舞伎、イタリア民衆演劇、キャボタン、サーカスとさまざまな演劇言語の発見につとめてきた。しかし、革命と同時に、それにかわって彼が自分に与えた課題とは、真に唯物論的な世界観に貫かれた演技システムの開発だった。(略)俳優は何よりもまず、演劇の素材たる身体のメカニズムに精通し、それを正しく使いこなす能力を身につけなければならない。(略)メイエルホリドはまず、人間の生産活動における労働(ないし疲労)と休息の問題にふれ、社会主義社会でのあるべき正しい姿を示す。

「労働は、容易に、快適に、かつ間断なく行われなければならず、芸術は、たんに娯楽としてではなく、労働プロセスに役立つなにか本質的に不可欠のものとして新しい階級に利用されなければならない。ということは、われわれの創造の形態のみならず方法をも変えざるを得ないということだ。」

 (略)……芸術の本質はつねに素材を組織することであるとの観点に立って、N=A1+A2の公式を呈示するのである。この図式において、俳優(N)は、構想をたて、指示を与えるもの(A1)と、素材としての身体であり構想者の指示を実行に移す者(A2)から成り立っている。俳優は、外部から与えられた課題に即座に応じられるよう、自分の身体(素材)を十分に鍛えあげなくてはならない。そしてその課題は、迅速かつ正確に行わなければならない。そのために彼が奨励するのが、テイラー・システムの導入である。それには次の二点が大前提となる。

一、休息は、労働プロセスのなかに組み込まれて休止という形をとる。
二、芸術は、生活に不可欠な一定の機能を果たすが、それはたんなる娯楽ではない。

 ここから、未来の俳優は、メーキャップにかける無駄な時間をはぶき、作業服がそのまま舞台衣装となるようなデザインの服を着て演じることになる。演劇のテイラー・システム化は、時間の節約に絶大な効果を生むことになるが、それが実現されるためには、一に、反射的な興奮性の才能をもつこと、二に、恵まれた身体、確かな目、平衡感覚、いかなる瞬間にも自分の重心を知覚できる能力が要求される。そうしてはじめて役者は観客にみずからの演技を感染させ、みずからもまた演技の核となる「感じやすい興奮性」の状態に達することができる。体操、アクロバット、舞踏、リトミック、ボクシング、フェンシングは、むろん、ビオメハニカ教程の前提でしかない。
 ……

(亀山郁夫『終末と革命のロシア・ルネサンス』岩波現代文庫、2009年、p.232-235 ※原文の字下げ引用部は鍵括弧にて代用)
 デアゴスティーニ・ジャパンあたりがよく出している分冊百科で、しばらく前から付録として組立キットのパーツがついてくるというものが刊行されるようになりました。(むしろ冊子が付録か?) 毎号少しずつパーツを組み立てていって、全号集まると大きな模型が出来上がるというものです。
 先日本屋に寄ったら、このキット付き分冊百科の新刊として『戦艦ビスマルク』なるものが置いてあって、こんなマイナーなものをよく出すなあ、とヘンなところで感心してしまいました。ビスマルク自体は軍艦としてはかなり有名どころだと思いますが、果たして「日本の」本屋に置いて売れるんでしょうか。もともとこの企画は日本オリジナルというわけではなく、アシェット社がイギリスで既に発売しているものの邦訳版(?)なのだそうで、イギリスなら対ビスマルク海戦の当事国ですしそれなりに売れ筋にも入ってくるんだろうとは思いますが、日本でビスマルクは……うーん。


 本つながりで。
 今週はトマス・ハウザー『モハメド・アリ ─ その生と時代(上・下)』(小林勇次訳、岩波文庫、2005年)を読んでいました。
 著者自身の言葉を極力最小限にとどめ、アリ自身を含めた無数の関係者のインタビューを組み合わせることによって、当時の人々自身の言葉によって「アリと共にあった日々」を再構成するという趣向の評伝です。人づきあいとボクシングをこよなく愛し、意志と信念は人一倍強固だけれど決して聖人ではなく、無数の失敗も犯してきた“普通の人間”が、ベトナム戦争と公民権運動に揺らいだ1960年代のアメリカ社会で時代そのものを自分自身に引き受けながら非凡な人生を歩んできた道のりを、本書は無数の人生経験の生の言葉で描き出しています。


 もうひとつ。
 ハヤカワ文庫から今月の新刊として出ているジョージ・オーウェル『1984年』の新訳版で(まさか『1Q84』便乗企画じゃないでしょうね)、巻末にトマス・ピンチョンの『1984年』評が収録されています。その中でピンチョンは、同書の巻末に配されている「ニュースピーク(新語法)」解説の意義について、文章が全編過去形になっており、しかも解説文自体は別にニュースピークで書かれているわけではないことから、これはニュースピーク(新語法)が既に過去のものとなった「1984年」以降の時代の視点で書かれたものであり、作中のオセアニア国のような全体主義体制は決して永続するものではないというオーウェルの希望を表しているのではないか、という見方を提示していました。もともと『1984年』はかなり以前から私の愛読書の一つでもあったのですが、こういう読み方には気付きませんでした。

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