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それぞれの

『サッカーは体力づくり。僕は3年生になったら野球部に入るから。』

当時7歳の渓允(ケイン=赤白的には29期キャプテン・現秋田商業高校3年生)は、ことあるごとにそう話していた。

よく高橋由伸(ジャイアンツの外野手)のレプリカシャツを着ていたし、投球フォームもサマになっていた。

そんなケイン少年は盟友である悠汰(29期)とともに『2015 君が創る 近畿総体』に秋田県代表として出場することとなり、サッカー競技が行われる兵庫県へと向かうらしい。

まぁ想像通りである。





『お互い頑張って、そしていつか全国で会おう!』

そう話して別々のチームに進んだ32期(現中学3年生)の連中。



マサ(32期キャプテン)は中学校進学のタイミングで、ご家族の転勤に伴い本来の地元、岩手県はOGASAフットボールクラブへと進んだ。

その期の多くは地元のクラブ、FCあきた へと進み

琳さんは夢を追い、関東へと旅立っていた。




行われた東北大会。

夢斗(33期キャプテン)たちの年代が多く所属するブラウブリッツU15はベガルタ仙台との決勝戦へと駒を進め、東北で3つある出場枠の1つをすでに手にしていた。

準決勝で敗れた2つのチームは、残る1枠を懸け3位決定戦に臨む。

1つは岩手県代表OGASA、もう1つは秋田県代表FCあきた。

恵まれた年代である。



最後のチケットはFCあきたが、その手に掴んだ。




北海道は帯広で開催された 第30回 日本クラブユースサッカー選手権U15


秋田県代表の2つは決勝トーナメントへ届かなかった。

32期、残る1人は関東代表の1つ、柏レイソルの10番 琳さん(=大場琳平・赤白の10)

トーナメントの途中で関西代表のガンバ大阪に敗れ、32期の夏は幕を閉じた。




マサは東北大会の最後、FCあきたとブラウブリッツはグループリーグ、琳さんは準々決勝で

皆、全国制覇には届かなかったが、遠く離れても互いに目指していられた・・・。




別れの日に何気なく交わした約束



『お互い頑張って、そしていつか全国で会おう!』



筆者を含め、当時赤白だった少年たちに関わった多くの方々は、彼らのつながりの深さや濃さみたいなものを、きっと感じたと思う。

サッカーの神様も粋なはからいをしてくれたと思う・・・。





いまの赤白たち(35期)は明日、出立する。


あの兄たちの涙は忘れていない・・・


夢へと向かい

ほんとうの自分を知る

あの日の兄を超えるため。



スタンドで見守ることしか叶わなかった憧れの舞台、今度は自分のその足で・・・



支えてくれた すべての人に

感謝を込めて、魂込めて・・・

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