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Yahoo!ブログに変わりました。 不定期なのは変わりませんが・・・

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大変ご無沙汰をしておりました。

いつものことですのでご容赦下さい。まぁそれにしても随分とサボりましたが・・・。

前回の記事から2か月以上もの期間が空いてしまいましたので、ご報告などを。





まずは、彼らに様々をもたらしてくれた  あの夏、大きな舞台。

多方面の皆さまより、ご支援やご声援をいただきました。

ありがとうございました。



色合いや空気感がとても似ていて、スタッフ同士は勿論、子供たちも互いにたちまち溶け込んだ愛知県代表 FCブリンカールさん

ポルトガル語で “遊び” の意を持つそのチームは、その由来通り創造性としなやかさ、そして遊び心を輝かせ、全国に覇を成した。

監督さん子供たち、チーム関係者の皆さん、大変遅ればせながら、おめでとうございました。





随分と遠い記憶のように感じられる、あの秋の空

自然豊かな、その名の通り美しい町 “美郷町” での初開催となった伝統と由諸ある『第35回魁星旗争奪少年サッカー大会』

最良の結末は、彼らのやわらかな笑顔をも映し出してくれた。



3日間で8試合とタフでタイトなスケジュール。

彼らの背中を押してくれたのは、大切な仲間と、愛してくれる皆さんでした。



あたたかな眼差しを

ありがとうございました。





彼ら(35期・現6年生)の弟たちも動き始めました。

まだおぼつかない足取りではありますが、兄たちの背中を追い、一歩ずつ一歩ずつ。





こちらもまた、遠い日のように感じている冬の全国大会秋田県予選。

彼らの目指したその道は、嘘のようにあっさりと、その幕を閉じた。

かの夏の大きな舞台と同じ、チームを率いる者としての無能さを、ただ

嘆くばかりである・・・。





変わっては、巣立っていった “かつての彼ら” のことを、少しだけ。



32期(中学3年生)は “柏の琳さん” その狭き門をくぐりぬけ、柏レイソルユースへと昇格したらしい。

同じく32期キャプテンであった “マサ” 当時小学3年生、ジュニア年代から縁のあった鹿島アントラーズユースへと進むことになったようだ。

彼らは二人でプロとなって海外へと羽ばたいた後、仁井田小学校グラウンドを全面人工芝にしてくれるらしいので、是非そうなってくれることを願っている。





夢であったプロサッカー選手となって15年。赤白的には13期 MF熊林親吾が引退を発表した。

J1〜J3含め415試合出場。当時J1王者であった黄金期、高校1年生当時から彼を追ってくれていたジュビロ磐田への入団がはじまりだった。

叶ったことも、そうでなかったことも様々あったと思う。

次へのビジョンも明確にあるようだ。戦友の第2のスタートへ、心からのエールを送りたい。





まとまりも脈絡もなにもない、いつもの乱文でしたが、とりあえず。



この更新を待っている方はいないかと思いますが、

現役たちもOBたちも、

赤白たちのこれからを

ずっと変わらず、愛してあげて下さい。





では、また。

今年中には更新したい、とは思ってますので・・・あまり期待せず、お待ちください。

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