REDなひとりごと

日に日に賑やかに・・・^^;

振り返ってひとりごと

[ リスト | 詳細 ]

過去の事を少し振り返ってみました
記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

7年前・・・

7年前の6月8日・・・・。

まだ、結婚する前の我が家での話です。

我が家は、父・母・弟・祖母・僕の5人で住んでおりました。
(妹もいてるんですが、この当時、職場の寮に入っておりました。)




僕は疲れが出ると、時々めまいを起こす事があり、かかりつけの病院から薬貰っております。(今はよくなっているんで、貰ってませんが・・・。)

その日は、薬が切れており、仕事中に若干のめまいを感じてたんで、帰宅してすぐかかりつけの病院に行けるように、祖母に診察の予約の電話を入れてもらってたんですが、診察券を持ってないことに気づき、一旦、取りに戻りました。

その時は、祖母は晩ご飯の最中で、大好物である「大阪名物の蓬莱の豚まん」を食べておりました。

そんな祖母が「診察券なくてもかまへんのに・・・・」と・・・。

診察後、肩こりもひどくなってきてるんで、マッサージにも行こうかと思ったんですが、何か感じたんで、家に帰る事にしました。


家の前に着くと、何か感じた事が何か分かりました。

近所の人が「おばあちゃん何かあったみたいよ」

慌てて家に入ると、祖母がほぼ軽く息をしてる程度で倒れており、母は受話器を握りしめて、「○○(僕の名前)!どしたらえ〜の!」

「とりあえず救急車!」と僕。

老人介護の仕事をしてる僕は、先輩や知り合いに看護師から教わった事を全て試み、祖母の蘇生に力を注ぎました。

そうしてる間に、救急車は到着し救急隊員が
「非常に危ない状態です。すぐに搬送します。」

祖母が救急に搬送してもらってる間、仕事に出ていた父に連絡を入れました。
祖母は父の母ですから・・・。

その後、祖母は救急病院に搬送してもらい処置室に入ってる時に父は到着。

暫くして、処置室からドクターが・・・。

「全ての蘇生術を試みましたが・・・。死亡を確認しました。」

病院に行く前は、ご飯を食べて元気な姿を見せてたのに、ほんの30分程の間に、人間って急変する事を目の当たりにした瞬間でした。それと同時に、仕事でもしてるかのように冷静な僕がいるのも知りました。

あれから7年。

新聞では、「大阪教育大付属小学校殺傷事件から7年」という文字がありました。

6月8日は、ホンマに忘れられない日です。

事件で、亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。

下手な文章ですが、最後まで読んでもらっておおきにです。
続きです。


    第1回   ↓
http://blogs.yahoo.co.jp/redstarv3/26555752.html



    第2回   ↓
http://blogs.yahoo.co.jp/redstarv3/26586716.html








22時30分

嫁が分娩室に入った後、母と義母と僕の3人は、分娩室横の待合室へ・・・。

僕は、立会いも考えてたんですが、はやり神秘的なものとして考えたかったんで、

結局は立ち会わない事にしました。

待ってる間の時間は、ものすごく長く感じました。

殆ど、5分毎に時計を見てる僕。

そして、分娩室に入って30分後の23時ちょうど・・・。

かすかに泣き声が・・・。

     僕:「今、聞こえたよな〜。」

    母・義母:「聞こえたか?」

     僕:「多分・・・。違うんかな〜。」

今度は確かに・・・。

ウンギャ〜〜


     

     三人:「産まれた!」

暫くして、

     看:「まず、ご主人さんどうぞ」

看護師さんに、促され分娩室に入る僕。

入ってすぐ目に入ったのは、真っ赤な顔をして泣いてる赤ちゃん。
イメージ 1

産まれてすぐ、先生が撮ってくれた写真です
イメージ 2


嫁のそばに立ち、

     僕:「ありがとう。ご苦労さん」

     嫁:「うん・・・。」

2度の流産を経験し、ようやく僕達の前に産まれてきてくれた赤ちゃん。

そう考えると、自然と涙が・・・。

横を見ると嫁も・・・。同じ思いやったのかも知れないです。

     僕:「どっちや?」

     嫁:「女の子^^」

     僕:「そうか^^元気な声や!」

暫くして、新しくばぁばになった2人が入ってきました。涙ぐんでる2人が・・・。

あれほど、「誰がばぁばや!」と言うてた2人が「おばあちゃんやで」と・・・^^


          2006年12月15日(金)
          午後11時00分

          体重:3904g
          身長:50.3cm
          胸囲:34.5cm
          頭囲:34.0cm
              
イメージ 3



産まれてくるまで、色々とありましたが、ようやく授かった子。

ようやく、神様が僕達を親として認めてくれた瞬間でした。


長々となりましたが、読んでいただいてありがとうございました。

次回からは、娘が産まれてから誕生日を迎えるまでの事を、

記事にしていきたいと思います。
また、続きです。

    第1回   ↓
http://blogs.yahoo.co.jp/redstarv3/26555752.html



    第2回   ↓
http://blogs.yahoo.co.jp/redstarv3/26586716.html


    第3回   ↓
http://blogs.yahoo.co.jp/redstarv3/26623516.html



母子手帳を貰ったくらいから、次なる試練が・・・。


「つわり」です。

ある日、天ぷらを揚げてる時から、「気分が悪いわ〜」と言ってましたが、

嫁は、てっきり油物を揚げてるからやと、思ってたらしく・・・。

嫁のつわりは、まったく食べれないのではなく、

逆に何かを食べてないといけないようで、常に、「チーズ」「バナナ」「CCレモン」を

冷蔵庫には常備しておりました。

多分、つわりを経験された方は、そうだと思うのですが、ご飯の炊ける匂いがダメで、

それ以外は、柔軟剤・畳の匂いも・・・。

当時、住んでた家の寝室は「和室」やったんですが、「畳の匂いがアカン」と

リビングで寝る日々も・・・。

つわりの辛さはありましたが、安定期に入り、ホッとしたりもしてました。

検診に行く度に、大きくなる赤ちゃん。予定日は12月13日。

性別もはっきり分かるようになり、僕は産まれるまで聞きたくなかったんですが、

嫁はどうしても聞きたかったようで・・・。

で、聞いた結果「女の子」と・・・。

2回も流産してたんで、言葉はおかしいですが、正直どっちでもよく、

元気に産まれてくれればOKやったんです。

で、つわりも治まりかけてた12月10日には実家へ・・・。

予定日の13日。

まったく産まれてくる気配はなし。

翌14日も同じく。

15日の朝、4時頃、お義母さんから電話。「おしるしが来たから、今から来て」と。

車で15分くらいの距離ですが、急いで向かいました。

9時になり病院へ。

    先:「子宮口が開きかけてるんで、このまま入院しよか。」

時間が経つにつれ、陣痛の痛みが増していくのを、間近で見てましたが、

男では耐えれないような痛み。まさに女性は強しです。

絶える事、13時間半後の22時30分。

    先:「よくここまで頑張ったね。分娩室に行こか。」

いよいよ、我が子と対面です。
 


ごめんなさい。また続きます。
前回の続きです。

    第1回   ↓
http://blogs.yahoo.co.jp/redstarv3/26555752.html

    第2回   ↓
http://blogs.yahoo.co.jp/redstarv3/26586716.html



今回は、胎児も出てしまってたので、手術することなく、家へ帰ってきました。

でも、暫く安静の日が続きました・・・。


先生に「流産です」と言われた時は、毅然としてましたが、さすがに家に帰ってくると、

寂しさが一気に溢れてきたのか、ポロポロと・・・。

「ごめんね・・・ごめんね・・・」と繰り返すばかり・・・。

元気に産んであげれなかった赤ちゃんに対して、申し訳ないかのように・・・。


      嫁:「私は、赤ちゃん産んだらアカンねんやろか?」

      僕:「そんな事ないやろ。多分、神様が俺らが親になるのは、
  
         早すぎるって言うてはるんちゃうか?」

僕の精一杯の言葉でした。

僕も正直、「もう赤ちゃんは諦めなアカンかな?」と思ってたんです。

ある日、こんな事を僕は言ってました。

      僕:「お前も、こう続くと辛いやろ?

         赤ちゃんは諦めよか?」

      嫁:「嫌や!今度は元気な赤ちゃんを絶対産む!」

僕より嫁は、ちゃんと前向きに考えてたんですね。

こう言われた時は、「諦める」という言葉を出した僕が情けなくて・・・。

それからは、「諦める」なんて考えず、「いつか神様が認めてくれるやろ」と・・・。

年は明け、2007年、桜の花がちらほら咲き始めた、春のある日。

嫁から3度目の妊娠を告げられました。

今回は、産婦人科の先生も、「今度は元気な赤ちゃんを産もな」と励ましていただき、

2度流産してるので、流れにくくする漢方薬もいただきました。

嫁も、なるべくゆっくり過ごし、少しでもおかしい事があれば、安静にする

生活を続けてました。


そして、お腹も少し目立ち始めた日、念願の「母子手帳」を手にする事ができました^^

その時、嫁の少しホッとした笑顔を、見たような気がしました。



何回も続いてごめんなさい。

続きは次の記事で・・・。
前回の続きです

     前回は ↓
http://blogs.yahoo.co.jp/redstarv3/26555752.html


胎児の一部が、まだお腹の中に残ってると言う事で、簡単な手術をするとの事。


手術後は、すぐに自宅へ帰りましたが、僕も仕事があるので、

その間、一人に出来ないし、安静にもせなアカンので、嫁の実家へ連れて帰りました。

嫁は、かなりのショックで、

「もう、赤ちゃんいてないのに、なんでまだおっぱい張ってるの・・・」と

泣く日が数日続きましたが、10日程して、仕事を終えて帰ると、

    嫁:「いつまでも、クヨクヨしてたらアカンよね^^」と笑顔。

嫁は仕事にも復活し、今までのような生活が戻りましたが、2人とも、気分的にまだまだ

流産をひきずっておりました。

が、二人共、子供が好きやし、年も年だけに、早く子供を・・・。

で、月日は流れ、11月のある日

    嫁:「どうやら妊娠したみたい」

2度目の妊娠です。

でも、前回の事があるので、仕事はすぐに辞めました。

家でも、あまり無理せず、ゆっくり生活する事を心がけてました。

が、また突然その日はやってきました。

娘の誕生日になる、12月15日の夕方。

仕事をしてる僕の携帯が鳴り、嫁が・・・。

    嫁:「また薄い血みたいなのが出てる」

    僕:「またか?」

    嫁:「今度はお腹がいたくないから、違うかも・・・」

    僕:「一応、病院に行き〜」

    嫁:「分かった」

僕は、仕事を早退し、病院に駆けつけました。

    嫁:「安静にして、様子見ててって」

    僕:「今度は大丈夫かな?」

翌日の16日になっても、薄い出血は治まらず・・・。

17日の夜

    嫁:「なんかお腹が痛くなってきた・・・」
  
    僕:「病院行こ!」

    嫁:「先にトイレに行っておく」

暫くして・・・。

    嫁:「今、ドロっとした血が出た・・・。でも、さっきよりお腹が・・・」

そのまま、痛みでうずくまり立ち上がること出来ず・・・。

即、救急車を要請し、病院へ・・・。

前回同様、先に嫁が診察室へ・・・。

5分後。
 
    看:「ご主人さんも中へ・・・」

    先:「今、エコーで確認したら、赤ちゃんの形が無くなってます。
   
       残念ですが、流産です。トイレでドロっとしたのが出た時に、

       一緒に流れてしまったのかも知れないね。」

今回の嫁は強かったです。涙いっぱい溜めてましたが、まっすぐ先生を見つめてました。

2度目の流産です。

今回はここで・・・。また、続きを記事にします。

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.
レッドスター
レッドスター
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

ブログバナー

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事