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7年前までの私にとってはめちゃくちゃ気合が入るイベントでしたhttp://img.mixi.jp/img/emoji/62.gif
S○TYの売り場で働いていた頃、 私の担当は最終的にはパジャマと婦人インナーでしたが、 入社当初からずっと関わっていたのはパジャマです。 パジャマが一番売れるのは『母の日』と言っても過言ではありません。 そんな『母の日』に向けて売場を作っていくのが、とても楽しかったhttp://img.mixi.jp/img/emoji/72.gif 結果を出せば翌年にはもっといい売場をもらえるのです! そういう積み重ねでS○TYでの7年間、毎年『母の日』の売上を伸ばしていくことに闘志を燃やしていましたhttp://img.mixi.jp/img/emoji/77.gif もちろん『父の日』『敬老の日』も気合を入れていました。 でも『母の日』はやっぱり特別。 女性向きの商品、そして季節は春ということもあって、売り場が花柄であふれて華やかになるのですhttp://img.mixi.jp/img/emoji/230.gif そんな私が商品部に異動になって、MDとして3度の『母の日』を経験しました。 私の担当は婦人パジャマです。 その当時会社では『女性が身につけるものは女性が仕入れを担当するべきだ』という考えのもと、それまで商品部にいたベテランのオジサンに代わり、全国から30歳前後の女性を起用するという大きな動きがあったのです。 小さなお店に7年も居続けた私が最初に経験した転勤がその大抜擢http://img.mixi.jp/img/emoji/240.gif 前任者は10日後には退職してしまうので、引継ぎもそこそこに終わってしまい、とっても不安でした。 最初の『母の日』は前任者が仕入れた商品がわんさかあったので、それを全国のお店に入れていくので精一杯http://img.mixi.jp/img/emoji/78.gif 2度目の『母の日』を迎える前には、とんでもないことが起きてしまいました。 2001年9月会社が破綻してしまったのですhttp://img.mixi.jp/img/emoji/246.gif 11月に支援企業のもと会社更生法で立て直していくと決まるまで、仕入れがストップしてしまいましたhttp://img.mixi.jp/img/emoji/57.gif もちろん前向きな商談もできませんhttp://img.mixi.jp/img/emoji/56.gif 11月から急展開で『母の日』に向けてギリギリの商品調達の開始です。 『母の日』ギフトの主軸になっていたシルクパジャマ。 それまでは某有名パジャマメーカーにお願いしていたのです。 そこの営業さんはしっかりしていて、彼にまかせておけばとりあえず安心。 だけど、そのメーカーさんはどちらかというと紳士パジャマが得意。 会社の破綻で一度離れてしまったのを機会に、シルクパジャマを違うメーカーさんと作っていこうと思ったのです。 そのメーカーは婦人向けのシルクインナーをメインにやっているところです。 女性らしい優しい雰囲気を求めていたので、ぴったりだと思いました。 パジャマを大々的にやるのは初めてだということで、不慣れな面も多々ありましたが、私個人としては、ギリギリの状態ですすめた『母の日』シルクパジャマは前年のよりもいい感じで仕上がったと思っていました。 その当時の部長も私が初めて手がけたシルクパジャマを見て言ってくださいました。 「なかなかええのができたなぁ。『母の日』はこれをがんばって売っていこうな。」 実際は花柄がちょっとくっきりはっきりしすぎて、 特に東日本では思ったほど売れませんでした。 その年いちばん売れたのは、W社のパジャマ。 ブランドのチカラは大きいです。 雑誌にまで広告を掲載して、その年のパジャマ業界での『母の日』商戦はW社のひとり勝ち。 私は上司や部長と話し合い、事前にW社担当にS○TY向けのパジャマの枚数確保をお願いし、約束していたのですが… 母の日直前のGWに欠品、遅納が相次ぎ、契約数量を確保してもらえなかったのです。 悔しくて悔しくて眠れないほど、寝てもW社のパジャマの夢を見るほどでしたhttp://img.mixi.jp/img/emoji/56.gif 新しく住生活部から来た部長にはケチョンケチョンにけなされました。 「あんな失敗作のシルクパジャマを大量にお店に入れて、不稼動在庫の処理はどうするつもりや?あんなできそこないの死筋商品、見るだけでムカついてけっとばしたくなるやろ?」 MDをやっていて、数々のできそこない商品を誕生させてしまいましたが、ムカついて蹴飛ばすなんてことありえません。 会社にとっては貴重な商品なんです。 商品は売上のもととなるのです。 その部長とは、根本的な部分で合わないと、その当時同じ部にいた誰もが思っていました。 W社よりも売れるS○TYオリジナルのシルクパジャマを作ったらええんやhttp://img.mixi.jp/img/emoji/62.gif W社をあてにしていては『母の日』で競合他社にも、店内競合(婦人服や服飾)にも勝てないhttp://img.mixi.jp/img/emoji/76.gif シルクメーカーと『02母の日』の反省をしっかりとして、 『03母の日』に勝つための戦略を早い時期から始めました。 一方で新部長は破綻前にシルクパジャマをやっていたメーカーと接触、そちらでまたやればいいのでは、と私に圧力をかけてきた。 その圧力をさらに私はシルクメーカーに厳しくかけていきました。 それに対してひとつずつ確実に答えを出していってくれたメーカーさん。 ①ふんわりとやわらかい花柄のパジャマ。 ②洗濯機で洗っても型崩れしない。(競合他社ではどこも開発できていません) ①に関してはいろんな花柄を探し回って、最終的に私が決めました。 ②に関しては、自社ブランドで売り出すための厳しい基準をなかなかクリアできなくて、工場を動かす直前ギリギリまで何度も試行錯誤を繰り返しました。 研究所から届く検査結果の用紙がこんなに気になることはそれまでなかったです。 「合格」のハンコが押してある検査報告書を見たときは、むちゃくちゃうれしくてすぐにメーカーに電話http://img.mixi.jp/img/emoji/135.gif 担当者さんはその日のうちに名古屋から大阪に駆けつけてくれましたhttp://img.mixi.jp/img/emoji/80.gif 私がお店で働いていたときからの願望 「パジャマなんだからシルクでも洗濯機で洗えたらいいのに」 手洗いするのが面倒だから、という理由で、売場に立っていてもなかなか販売しにくかったのです。 それを自分がMDとなって世に送り出すことができる喜びhttp://img.mixi.jp/img/emoji/47.gif あの日の興奮は今でも忘れられませんhttp://img.mixi.jp/img/emoji/61.gif その後、順調にパジャマは仕上がっていきました。 3月の展示会では『母の日』の売場展開の模範となるものを作り、 全国の店長、売場担当者にプレゼンしました。 それまでの展示会では、私は大勢の人の前でしゃべることに慣れていないこともあって、言うべきことをうまく伝えきれずに、質問があっても「後日あらためてお答えします」しか言えなくて、持ち時間よりも早くプレゼンを終わらせる人だったんです。 でも、このときは違いました。 何ヶ月もかけて自分が思い描いたとおりにできた商品は、これが初めてだったのですが、台本などなくても、勝手にスラスラ口が動きます。 どんな質問を受けても、その場でハッキリと答えられます。 持ち時間をオーバーしても店長さんからの質問が相次いで、次のプレゼン担当者から「まだ終わらないのか?」と何度も催促されるほど。 その後、いろんなお店の店長さんが個人的にまた私の売場を訪れ、自分のお店で今年の母の日の売場を作るにあたっての相談をしにきてくださったのですhttp://img.mixi.jp/img/emoji/62.gif 売場のロケーション的には恵まれないパジャマ売場を、お店の店長に訴えて、『母の日』期間だけでも一等地に設営してもらうための最大のチャンスを私は活かすことができましたhttp://img.mixi.jp/img/emoji/87.gif その後4月末からGWにかけて、いろんなお店を巡回しました。 直接見に行けない関東のお店からはデジカメで売場の様子を見せていただきました。 展示会でやったとおりの売場がどのS○TYでも展開されていましたhttp://img.mixi.jp/img/emoji/50.gif その年の5月初の衣料服飾部の全体朝礼で、 偉大な統括部長に名指しでほめてもらえたのです。 「各店の『母の日』の売場見て回ってきたけど、店舗によってやってることがバラバラや。何を売りたいのかが見えてこん!もう『母の日』まで日がないのに、一体どうするつもりだ?競合他社に負けてしまうぞ!!唯一しっかり見えてきたのがナイトの売場や。N君(私の上司)レイ君の政策が各店舗に徹底できていて、小型店から大型店まですばらしい売場ができている。婦人服グループ、服飾グループ、すぐに見習いなさい!!」 その年から私の上司になったNチーフ。 それまでの上司だったHチーフは部長との衝突をできるだけ避けようとして、言いなりになってしまうタイプ。 私の意見などとりあげてももらえず、「いいから口答えなどせずに、部長の言うとおりにしろ!」と言われたのです。(それを聞いて退職を決意) 一方Nチーフはまず私の意見・考えを徹底的に聞きだしてきます。 うっとうしいぐらいにしつこく聞いてきます。 ときにはお互いの意見がぶつかってケンカになることもありました。 だけど、その結果私から聞き出したことについては、部長と対立してでも全面的にバックアップしてくれる人でした。 自分のこともそうですが、全体朝礼でNチーフと一緒に褒めてもらえたのが、すっごくうれしくて…こっそり泣きましたhttp://img.mixi.jp/img/emoji/55.gif 私がどの会議に出ても、ずっと言っていた母の日の政策を、Nチーフは一緒になって、私の矢面に立って、言い続けてくれたのです。 『03母の日』では、W社のパジャマよりも、形態安定シルクパジャマが圧倒的に売れました。 各店舗からの問い合わせも、前年とは違って、 「もっとシルクパジャマを置きたいのですが、まだ在庫はありますか?」です。 誰もW社のパジャマの在庫を聞いてきません。 その年にもうひとつオリジナルで作った真珠パジャマ(真珠を粉末にして生地に練りこむことによって、保湿性を高めることができる綿100%パジャマ)もよく売れて、『03母の日』は大成功http://img.mixi.jp/img/emoji/76.gif それが私の最後の大仕事と決めていました。 7月には結婚退職。 もしももっと早くにNチーフと一緒に仕事ができていたら、 私の結婚はもうちょっと先になっていたかもしれません。 私の送別会でのチーフの一言。 「ホンマいい女やった。もっと一緒に仕事したかった。残念や。」 そう言ってもらえたのがすっごくうれしかったhttp://img.mixi.jp/img/emoji/56.gif そして、私が配属後すぐに退職してしまった偉大な元MDからも電話http://img.mixi.jp/img/emoji/152.gif 「辞めると聞いたけど、なんでや?悔いはないのか?」 「はい、『母の日』をやりきって達成感でいっぱいです。」 「そうか。たいしたアドバイスはしてあげられへんかったけど、オマエの商品を売場でずっと見ていたよ。今年の『母の日』はホンマにようがんばったな!お疲れさん!」 見放されたと思っていた人でしたが、ずっと気にして見守っていてくださったのです。 帰りの地下鉄のホームで電話をもらって、それから家に着くまでの1時間半、ずっと感極まって涙がとまりませんでしたhttp://img.mixi.jp/img/emoji/55.gif 辛いことの方が多かった仕事だけど、 毎年『母の日』が来るとあのときの興奮を思い出すのです。 退職後もいろんな量販店や百貨店の『母の日』ギフトの売場を見に行くのが私の趣味となっています。 上海には私をドキドキワクワクさせるパジャマ売場がないのが最大の不満です!! |

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