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突然ですが、これを見てください。 あの3月11日にこんなことをした人間がいるんです。 考えられないですよね。 このような行いは世界中に広めるべきです。 転載可能ですので、ご協力お願いします。
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こんにちは、ゲストさん
東北・関東大地震
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突然ですが、これを見てください。 あの3月11日にこんなことをした人間がいるんです。 考えられないですよね。 このような行いは世界中に広めるべきです。 転載可能ですので、ご協力お願いします。
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あの大震災からまる一年
当時私は何をしていたか振り返ってみました。 3/11 (朝) この日は特別な行事、人生の中でも大切なものといえる大事な日でした。それは、義務教育期間最後の登校日。そう。中学校の卒業式だったのです。 私の中学校時代の学年は何かしら行事があるといろいろと問題が発生するものでした。 例えば入学式…大雨と強風でした。必死の思いで中学校に向かい、やっと着いたと思ったら正門の前がおおきな水たまり。会場前(体育館)についたらみんなびしょ濡れ。とにかく悲惨だったのです。式でも屋根の上(体育館の屋根金属製ですからね)から雨の当たる音といい…それはもう大変でした。 2年生キャンプ…自然を満喫しようということで富士山のほうにキャンプに行きました。(富士五湖のうちの"西湖"というところでした) この日も雨。とにかく学校からバスに向かうまでで非常に苦労しました。何泊かするキャンプですから。みんな大きな荷物を持っているわけです。荷物係り(というか、全体のまとめ的な役割)をしていた私は困った。とは言ってもこれといった対策もないので、できるだけ早い作業でバスの床下(荷物入れるところ) にしまいました。バスのなかでは「入学式を思い出すね」と言っていました。富士登山は「霧が濃いし、地面が湿気っているからどうするか」と話合いになり、せっかくここまでバスで来たのだから登ろうということに決定。時々傘をさしながらの登山でした。キャンプファイヤーといえば定番ですが、その時も雨。これは無理か…と思っていた矢先、雨が上がってきたので急いで準備してどうにかやったということです。とりあえず、このキャンプは雨の合間をぬってやっていたということですね。富士山が見えたのは学校に帰る途中のバス車内です。帰宅するときに限って晴れました…。。。 3年生修学旅行…行きは「2年生キャンプ」と同じ光景でした。大雨の中バスに乗り込む。2年生キャンプの時も、3年生修学旅行の時もバスの車内で学校を撮っていた(出発!ということで)ので、先ほどその2枚の写真を比べたら…全然変わりがありません。(※同級生が多数写っているので公開しません) まあとりあえず雨すごかったです。晴れが見えたのは新幹線(700系だった。確か)車内。しかし、京都に付けば雨。 詳しくは → [修学旅行・京都] …雨が降って傘をさしている(1日目など特に)のがわかると思います。 また、帰りの東京駅→学校のバスは東京駅バス駐車場出庫直後タクシーと衝突いたしました。笑えませんねこれは。バス3台で(3クラスあったので)ちょうど私の乗っているバスが事故を起こしました。 このほかもいろいろと雨は多いです。卒業アルバムには雨の写真ばかり。全体の集合写真はあの時雨でした(晴れの時また後日…なんて遠くからやってきているカメラマンに言えませんし) そんな中やってきた2011年3月11日。この日は最高の晴れでした。学級のみんなも以前から「3/11晴れるらしいぜ」なんて声が飛び交っていました。(それくらい私の学年大事なときに限って雨ですから) 今となっては隣のクラスの先生が「この学年が晴れているなかで行事を迎えるなんて…(笑) 最後に限って。今日地震でも発生するよこれ」とふざけて言っていたのが印象的です。(いや、本当に。部活でお世話になった、あの私が1年生の時の担任のあの方:分かる方にはわかると思います) 式は基本午前中なので。昼になったら帰るのですが、早速帰る訳がなく。正門で記念撮影などしてクラスで集まったりして…そこで「今日午後集まろうぜ。昼飯食べてな!卒業記念だ」という話になり、帰宅後すぐに私服に着替えて集合場所である学校裏の大きな公園/野球場に集合しました。とりあえず人が来るまで野球やろうぜ(まだ昼飯が…(笑)そんなことは気にしない) ということで、未経験者も多い為ふわふわボールで。プラスチックバットで。野球していました。結構仲良かった(と私は思っている)クラスで楽しい時間を過ごして日が暮れるまで遊べる…はずでした。 ちょうどバッターとして私が回ってきた頃。地面が揺れ出しました。私はちょうどバッターボックスで体制整えている所だったのでわかりましたが、投げる時のピッチャーなどはわからなかったでしょう。一応のため「ちょっとまて!」と言ってピッチャーの動作を止めました。しかし、その揺れは全然対したことなく(震度:あっても3位かな)問題ないということで「ごめん。OK」といってプレイ再開していました。 あれが大震災の初期微動(P波によるもの)だったとは…。ちょうどその揺れの最中(震度3程度だったらだれも試合中断しませんから) 私はサード・ショート間にヒットを打ちました。一塁回ろうとしたところ。異常が発生です。走っていてもなにかおかしいと分かったでしょうか。とりあえず「中央に集まれー」という物なので広いグランドの真ん中にみんな集合しました。 今まで体験したことのない大きな揺れ。なにも落ちてこない広いグランドの真ん中でしたので、自分の心配はありませんでしたがとにかく長い。何秒続いたことでしょうかね。そこでグランド脇の道で遊んでいたちいさな子供2人発見。すぐさま呼び寄せました。 家にすぐに電話しようと思えば圏外表示。近かったので「みんなで帰ろう」ということにして、昼食会も中止。自転車で家に向かいました。5分くらいで到着。 私の家の地区は停電中でした。インターオン押したが反応ない。おかしいと思ったら電源の赤LEDが付いていない。家はドアに鍵かかっているので自転車のベル鳴らしたりしてドア開けてもらい、入りました。外にいたこともあり、地震の規模があまり分かりきっていなかったので家の中の被害等は予想できませんでした。玄関口は特に異常なし。ティッシュケースが落ちていた程度。さて、家のメインの2階に上がる。重たいピアノが移動していました。耐震用の深い車輪止めと壁に取り付けた地震対策の紐等があったので転倒などという自体は避けられましたが、それでも動いたのですね。パソコン:モニターがぶら下がっていた。落下を防いでいたのはあのD-subポートだかな?ネジで固定するあのコネクターがあったから。電源のアダプターが外れ、音声ケーブルも外れ、あのコードで止まっていなかったらあのディスプレイは地面に落ちていたことでしょう。 しかし、一番の損害は食器関係。ものが落ちている方向からしてどうも 西==東 方面の揺れだったようです(ちうかな?) 運悪く西==東方面にある食器棚は戸が開き、なかのものが飛び出してきました。全損とはいきませんが、損害は大きかったです。家の工房ではガラス加工をあつかっていますが、ちょうど整理してしまっていたところなので立てかけてあったものが(板物)落ちて割れてしまった程度。自分の部屋…は結構被害大きかったかな。卒業式ということでバッチリ部屋片付けていましたが、地震のおかげでかなりいろいろなものが飛び出してきたように思います。探せば写真ありました。 上のほうの戸棚からは小学校の時に作成したとある作品(板の上に立体迷路を作ろう的な)が落ちてきた。奇跡的に「地震で開いた引き出し」に「落ちてきた物」が引っかかったというもの。 さて、まずやることは余震対策でした。これだけの地震が起きたなら言われなくても大きな余震がくることは分かっています。このときはどこで地震が起こったのかわからなかった&停電の為多くの電気製品は利用できない…破損を逃れた食器は箱のなかにしまい、他、落下すると危ないものはすべて安全な場所(ベッド下等は役に立つ)に置きました。続いて、情報入手と各種電池の充電。家には「太陽光発電」が備わっていたため、唯一使えるコンセントがあり(自立運転と呼ばれる)昼間十分な光量があれば余裕で家庭内すべての電力をまかなえるため、晴れていたこの日はできることなら停電をまぬがれたのかも…しかし規格上それはできません。低電圧などで壊れる機器が多くあるからと思います。とりあえず低電圧でも適度にOKな物ならつないでも良いということだろうかひとつだけはコンセントが使えました。そこに携帯、エネループ等をつなぎ充電を行います。同時にルーターや無線LANアクセスポイントの電源を確保するためそこにもつなげましたが、ネット回線が止まっていたためかiPod touchでインターネットはつなげられませんでした。停電圧で壊れてはいけないと思ったので日が落ちて来る前に電源は抜きます。 今回役立ったのがこちら 手回し発電&電池式多機能ラジオです。AM/FMラジオが使える為、情報入手ができます。ライトが使えるので夜も安心。電池がなくても可能。結構頼りだったのがUSB5V出力端子があったことですね。発電するとUSB充電ができる。これでauの携帯は充電できました。(iPod touchは端子の構造:マイナスとアースの接続という観点から無理でしたが) FMラジオと夜でも充電できると分かっている携帯を使ってのワンセグ視聴。これで大体が分かりました。ここでやっと東北で震源と分かり、津波の情報も入ってきました。まさかあんなことになっているなんて。 しかし、ゆっくりと情報入手に気を取られているばかりではいけません。やることはいくらもあります。この日の夕食。インスタント食品などといったものは家にあまり多くなく、あったところでカップラーメン小さいのが二つでした。夕食作りに…といきたかったのですが、電池駆動のガスコンロはなぜか使えませんでした。調べてみたところ、外のガスメーターが閉通となっていたのですね。停電が起こると安全のためか自動で止めるようです。ということで、近くの消防署に行き聞いたところ「個人的に開通してOKです」と返事いただいたので開通作業やりましたが、異常ランプが発生して使えませんでした。後日わかりましたが、大元が供給ストップさせてしまったようです。近くのお店はしまっていました。ちょっと遠く離れたところにコンビニとスーパーマーケットがありますが、そこで食料入手…っと。思えばもうみんな詰めかけて品薄。ここまでなくなるのかってほど空でした。即食べられるお弁当などはとっくに無かった為、まだ店に余っていたパンやカップラーメンなどを入手し(これくらいしかできなかった) 家ではカセットコンロでお湯を沸かして食べました。 翌日朝2時ごろ電気が復旧。深夜ですが、続く余震のなか安心して寝るわけにもいかず、携帯とテレビから鳴り響く緊急地震速報と共に日が出るまで過ごしていました。いつか、生まれ故郷の静岡県富士宮市で震度6強という地震があったときはいかなる規模だったか非常に心配でした。祖父母が住んでいるものですから。 この後はガソリン不足などに困らせられる毎日でしたね…。 長文となりましたが、震災を振り返ってです。あれから1年。新しい学校に入り、その1年生も終了となりました。この経験は忘れられないものとなるでしょう。そして、今後も防災意識を高めていかなくてはなりません。しかし、何よりこのような震災は今後起きないでほしいものです。。 2012/3/11 The1736 -日本ブログ村 :ブログサイト |
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↑杉並からの情報発信です さまより以下転載↓
昨日(8月16日)の「日刊ゲンダイ」に米国の原発専門家が「福島原発周辺40キロの住民は避難すべき」と緊急警告した記事がありました。
原子力工学が専門でスリーマイル島事故の調査でも活躍した 原発コンサルタントアーノルド・ガンダーセン氏の緊急警告です。
政府も東電も大手マスコミも 「福島原発事故処理は工程表の通り順調に進んでいる」
「来年1月までに低温安定化できる」と
楽観的な「全くのウソ情報」を意図的に流しています。
そのために日本国民のほとんどは 福島原発事故がこれほどまでに深刻な状態であることを知りません。
4−5年後に
周辺住民から甲状腺がんや
甲状腺異常や1骨腫瘍や白血病、肝臓がんなど
100万人単位のがん患者が発生しても、
福島原発事故の責任者である菅首相をはじめとする民主党政治家、
経産省と文科省の官僚、 東電の経営幹部、
大手マスコミの経営編集幹部たちは
高額な退職金と年金でハッピーリタイア―生活を満喫しており
何の責任追及もされないのです。
我々はこんな不条理なことを許してはいけないのです。 ▼ アーノルド・ガンダーセン氏の警告のポイント 1)福島原発の原子炉4基から 今でも放射性物質が放出されている。
2)3月中旬の水素爆発で9割は放出されたかもしれないが 放射性物質の飛散は終わっていない。
3)放出を止めるには建屋を覆いかぶせるテントなどを使わない限り無理。 今後も数カ月間は放射性物質が飛散するだろう。
4)炉心は溶融して格納容器の底から建屋の下にまで落ちている。 日本政府は炉心を取り出すまでに今後10年はかかると言っているが
炉心を取り出す技術などない。
5)スリーマイル島事故の時は燃料は溶けて原子炉の底に落ちて停まった。 福島の場合は一番底までメルトスルーして
建屋の下の土壌と地下水が汚染されているだろう。
一度高濃度に汚染された土壌は今後300年は消えない。 6)周辺住民の避難指示は半径20キロでは不十分。 最低でも40キロというのが私の考え。
日本政府はその数字を信じようとしない。
7)ノースカロライナ大学の免疫学者スティーブ・ウィング助教授の試算では、 今後10年でがんを発症する人は100万人単位になる。
最初の5年で甲状腺がんや甲状腺異常が顕著になる。
次に50キロ以内の地域で肺がんの発症率が今よりも20%上昇するだろう。 そして10年で骨腫瘍や白血病、肝臓がんも増えてくると思われる。
福島の現状というのはこれくらい深刻だ。 ▼ 緊急処置を実行できる強力な新政権を樹立しよう! こうなっては以下の緊急処置を実行できる強力な新政権を我々自身が樹立するしかないでしょう。 1)放射性物質の放出を直ちに止めること 2)メルトスルーした核燃料の回収方法を全世界の専門家の英知で見つけ実行すること 3)どれほどの資金ががかかろうと、原発から100km圏内の全住民、家畜、ペットを他県にコミュニテイごとに避難させ政府が生活と就職支援をすること 4)詳細な汚染地図を作成し高濃度の汚染地域から除染を行うこと 5)住民の健康調査を長期にわたって実施すること 6)農産物、水、土壌、魚などの汚染調査を実施し基準値を大幅に厳格化すること 8)放射線防護法を立法化し児玉東大教授を長官に放射線防護庁を設置すること 9)京大原子炉研究所小出助教を委員長に原子力安全委員会を全面改組すること この情報を1000万人に届くように情報拡散してください。 ● 福島原発周辺40キロの住民は避難すべきだ 米国の原発専門家が緊急警告 2011/8/16 日刊ゲンダイ http://asumaken.blog41.fc2.com/blog-entry-3611.html 「日々坦々」資料ブログより転載 原子力発電に携わってほぼ40年になります。全米70カ所の原発で運営・管理した経験をもとにお話しします。 まず日本の方に大変重要なことをお伝えしなければならない。 それは福島第1原発の4基すべてから、いまだに放射性物質が放出されているという事実です。 3月中旬の水素爆発で飛散が終わったと考えていたら間違いです。確かに9割はあの時の爆発で 放出されたかもしれない。 しかし、それで終わりではない。 ですから環境汚染は計り知れないのです。放出を防ぐには、建屋を覆いかぶせるテントなどを使わない限り無理です。 物理的に阻止できるまで、今後も数カ月間は放射性物質が飛散すると考えてください。 もう一点、大事なことは汚染水が建屋の最下層から地中に流れ出ていると考えられることです。誰一人として肉眼で 確認はできませんが、 これは確かなことだと思います。炉心は溶融して格納容器の底から建屋の下にまで落ちていると考えられる。 日本政府は炉心を取り出すまでに今後10年はかかると言っていますが、炉心を取り出す技術などありません。 スリーマイル島事故の時は燃料は溶けて原子炉の底に落ちましたが、福島の場合は一番底までメルトスルーしたのです。 これは建屋の下の土壌と地下水が汚染されたということで、一度高濃度に汚染された土壌は今後300年は消えません。 周辺住民の避難指示は半径20キロでは不十分です。最低でも40キロというのが私の考えです。残念ながら日本政府はその数字を信じようとしません。 悲しいことです ◆ がん患者は100万人単位で増えていく あまり煽(あお)りたくありませんが、今後10年でがんを発症する人は100万人単位になるかもしれません。 最初の5年で甲状腺がんや甲状腺異常が顕著になります。次に50キロ以内の地域で肺がんの発症率が今よりも20%上昇するでしょう。 この数字はノースカロライナ大学の免疫学者スティーブ・ウィング助教授が算出した数字です。 そして10年で骨腫瘍や白血病、肝臓がんも増えてくると思われます。福島の現状というのはこれくらい深刻なのです。 日本政府は十分にこのことを肝に銘じて、スピーディーな対応を取ってほしいと切に願います。 ◇アーノルド・ガンダーセン氏 原発のコンサルティング会社「フェアウィンズ・アソシエーツ」チーフエンジニア。元原発関連会社上級副社長。 原子力工学が専門で、スリーマイル島事故の調査でも活躍した。 (転載終わり)
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本日朝、地震が発生しました。
寝ていたからでしょうか?結構大きい地震なように感じました。
朝の03:54:13に緊急地震速報も受信しました。 最近は地震で起きるのに敏感になったのか、すぐに緊急地震速報に反応し、安全確保…といっても、特に危ないものはありませんでしたし、震源からそれほど遠くはなかった点問題はありませんでしたが(笑)
ただ、福島の方では震度5強を観測したとのこと。結構大きいですね。
和が家の鉄道線では脱線事故が発生しました。
↑オハニ30 が線路をハミ出し、転覆してしまいました。 客車は滑りがいい上、機関車などの重たい車両がなかった為、非常に滑りやすくなっています。そのために脱線事故が起きてしまったのでしょう。
あ、とくに破損などはありません。大丈夫です。
以上です。今後もまた何か大きめの地震が起きる可能性がありますから、十分に気を付けるようにしましょう♪
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3/11の写真となります。計画停電などは関係ありません。あらかじめお断りさせて頂きます。
画像整理中にいつもの習慣でカメラを持っていることから撮っていました写真を幾つか公開します。 思えばこの日は↓ 私の記念すべき卒業式。この日は午前中のみの為に式では問題はなかった。 それでは↓ 地震時刻に(?)針がとまった時計。なんか原爆のあれみたいで気味悪いです。ちなみに、揺れで落ちたりはしていませんが、電池が振動と衝撃で落ちたために止まった模様。 停電の為に動作しない信号機。 しかし、数百メートルと離れていないとなりの地域(地区)ではついていたりする。ブロックごとの問題らしい。 夜はお湯をカセットコンロで沸かし、明かりはろうそくと中央のあかるいやつがキャンプなどで使えるカセットフーランタン。 卒業式後の記念すべき夕食はカップラーメンとなった。 |
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