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どうして、人は争うのだろう?
争乱と殺戮は、大昔から、現在に至るまで続けられてきた人類の愚行だ。
世界人口の20%を占める中国という国は霊的に見て病んでいる。どの国も霊的に健康だという国は存在しないけれども、中国はかなり重症の部類だ。
中国のチベット自治区で今月中旬に騒乱が起きて以後、世界各国から中国の指導者に対し、チベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ14世との直接対話を求める意見が相次いでいる。
人間は自分のことはさておいて、他人に対しては客観的に認識できる。そういう意味でも、世界各国の中国に対する認識は全く正しい。
しかし、中国政府は強硬姿勢を崩さないばかりか、激しい言葉でダライ・ラマ批判を繰り返している。かたくなな態度をとる背景には、安易に対話には応じられない中国の歴史的、政治的事情がある。
ダライ・ラマは1989年、「チベットの自由を求める戦いで暴力を使うことに反対してきた」ことなどを評価され、ノーベル平和賞を受賞。それ以後も、チベット問題の平和的解決をうたい、中国政府に「高度の自治」を求めてきた。これに対し、中国は、ダライ・ラマを「分離主義者」と決めつけ、直接対話を拒否している。
「走るしかない」という状況だ。自己の犯した過去の過ちを謝罪する勇気がない。開き直りは自身の霊格を深く傷つけている。
中国政府は霊性そのものを否定している。
中国には古くから「漢賊は両立せず(正義と悪は一緒に存在しない)」との言葉があるほどで、いったん敵と決めた相手と交渉しないということは、中国政府が建国以来、ずっと取ってきた外交姿勢だ。
産経新聞の意見にすぎないが、確かに硬直してしまった人間の心は醜い。
ダライ・ラマに限らず、中国は、靖国神社に参拝し続けた小泉純一郎元首相には、在任中、日中間の首脳交流を中止した。台湾の李登輝前総統を「台湾独立分子」と一方的に決めつけて対話に応じず、徹底的に攻撃したのもこのためだ。
これは少し観点が違うようだ。産経新聞は自身の「正義」を振りかざしているが硬直ぶりは中国の指導者と変わらない。
このような非近代的で、硬直した外交姿勢をとり続ける中国政府に対し、最近になって、国内の学者などから「国益を損ない、自分の手足を縛るやり方だ」との批判の声があがったものの、まだ主流意見とはなっていない。
産経新聞は中国側のダライ・ラマ敵視発言を見つけて記事に書いている。悪口を言う人間の心は醜いことを端的に現している実例だろう。
●チベット日報社説(21日)
「『子は醜い母親を嫌わず、犬は貧しい飼い主にも愛情を示す』ということわざはあるが、ダライは自分の祖国と人民を背き、捨ててしまった。彼には“人間”でいられる資格はあるのだろうか」
●温家宝首相(18日)
「ダライ集団が標榜(ひょうぼう)してきた『独立を追求せず、平和的対話を求める』との方針は偽善に満ちたうそであることがこの事件で証明された」
●張慶黎・チベット自治区共産党委員会書記(18日)
「ダライは袈裟(けさ)を着たオオカミ、人面獣心の悪魔だ」
●秦剛・外務省報道官(18日)
「ダライは単純な宗教家ではない。長期にわたり宗教をカムフラージュにして、祖国の分裂を試み、民族の団結を破壊する政治亡命者だ」
私の見た限り、ダライラマは普通の人間だ。「輪廻転生によって観音菩薩の化身が受け継がれる」という思想は迷信だろう。だけど、ダライラマの霊格はやっぱり高い。私には理解できないシステムが働いているのかも知れない。
チベット騒乱 中国“敵と交渉せず”
http://news.goo.ne.jp/article/sankei/world/m20080327053.html?C=S
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チベット問題は本当に心配ですね。どうして平和で仲良く暮らせないのでしょうか?中国はひどい国だと思います。
2008/3/30(日) 午後 6:36