|
詠み人:siny_559 背景アレンジ:reika273 歌の詳細な解説は末尾の追記を御読み下さい・・・ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 背景の画像について この画像は「旧劇場版 THE END OF EVANGELION 」の・・・ ラストシーンの「アスカ」が「シンジ」の頬を撫でる場面から・・・ 背後に別のシーンから抜いた画像を会わせました・・・ 大きな右手は「ユイ(母)」の手で・・・ 奥にはLCLの海で会った「レイ」が浮かんでいます・・・ 首を絞める事を止める直前の「シンジ」です・・・ 当書庫開設の記事 ⇒【 「黄昏の詠人」新設 】 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 2009年7月1日:追記 詠み人のブログ「黄昏の彼方へ」は現在は既に閉鎖されました・・・ ここから先の内容は閉鎖前に記事として載っていた・・・ 「siny_559」さんの文をそのまま転載させていただきます・・・ とほるむね としかたきしか つむくきく むつかしきたか しとねむるほと (点る胸 度し難き自我 紡ぐ喜懼 難しき他我 死と眠るほど) 解説 点る(とぼる)というのは「ろうそくや灯心に火がつく。あかりがつく。ともる。」という意味で、 度し難い(どしがたい)というのは 「〔済度(さいど)し難い、の意〕道理を説き聞かせてもわからせようがない。 救いがたい。どうしようもない。」という意味で、 自我というのは「自分。自己。意識や行為をつかさどる主体としての私。対象(非我)・他者(他我) から区別されるが、他我もまた一個の自我である。 人格や作用の中枢として、認識の根拠・道徳的行為や良心の座となる。」という意味で、 喜懼(きく)というのは「よろこびとおそれ。一方で喜び、他方ではおそれること。」という意味で、 他我(たが)というのは「自我に対する他者の我。他人の意識。他我をいかにして認識するかは、 哲学上の難問とされる。」という意味。 意訳 このどうしようもない自分、どこまで行っても救い難き自分は、他者と向き合うその度ごとに、 喜びと恐怖という相反する感情、ヤマアラシのジレンマに直面する。 だから一人、死(=し=私)だけの世界へと入って行く。しかしその世界に入れば入るほど、 私の胸の中に限り無い生への欲動が、また点ってしまう、といった感じ。 余談 この歌も、「心よ原始に戻れ」を聴きながら、それをモチーフに書いた歌です。 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用





私には、どうしても、わからない事。
どうして、シンジは首を閉めたのかしら。。。
2009/4/8(水) 午後 10:16 [ - ]
「バカだから・・・」と言ってしまえば簡単ですが・・・
自分の望みも解らず目的すら見出せないので・・・
何をどうすれば良いのかが解るハズはありません・・・
追い詰められると解ったフリをしますが・・・結局理解してはいませんでした・・・
こういう人間に何かを期待して・・・
たとえ全ての命を犠牲に捧げたとしても・・・
最終的に得られるモノは何も無いと言うことかもしれません・・・
2009/4/8(水) 午後 10:31
まだまだ、エヴァの奥深さに・・・
いろんな考えができるのが、ほんま魅力の1つですね♪
2009/4/8(水) 午後 11:30
楽しいネタだと思います・・・
一人でも多くの意見を聞いてみたくなります・・・
2009/4/8(水) 午後 11:42
画像の合成に感心してしまいます。
幻想的に仕上がっていますね。
わたしには神の領域です。
2009/4/9(木) 午前 0:34 [ - ]
アリガトウです・・・こんなレベルの神がいたら幻滅ですが・・・
お褒めに預かると光栄です・・・
この程度ならば「好きこそモノの・・・」の範囲で何とかなるものです・・・
2009/4/9(木) 午前 0:47
うぉーコレは!!
心、洗われます!!
最後のLCLの海の上に浮かぶレイがなんとなく悲しかったです
2009/4/9(木) 午後 7:05 [ pri**ati*0724 ]
どうもです・・・
こう言う歌を回文で作れる詠み手には感心してしまいます・・・
2009/4/9(木) 午後 7:32