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詠み人:siny_559 背景アレンジ:reika273 歌の詳細な解説は末尾の追記を御読み下さい・・・ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 背景の画像について この画像は「シンジ」が逃げ出した後・・・ 思わず足を止めて景色に見入ってい居るカットです・・・ 「シンジ」に限らず誰の心の中にも・・・ 懐かしさを感じてしまう「原風景」が有るのだと思います・・・ 彼にとってこれがそうなのかは定かでは有りませんが・・・ 出先でふと出会った景色に見惚れ・・・ ひとしきり満足した後に我に返り・・・ 足元を振り返って自分の立ち位置を見直す・・・ 私にはよくある経験です・・・ 彼には逃げる先の目的地があったわけではなく・・・ 行きたい場所も思いつかない状態の中で・・・ 既に帰りたい場所だけはボンヤリと浮かんでいたのかもしれません・・・ 巡る回文の持ち味を活かした一首だと思います・・・ 回文の中央に「幸せ」の文字があったので・・・ 紹介の順番を四番目に合わせてみました・・・ 当書庫開設の記事 ⇒【 「黄昏の詠人」新設 】 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 2009年7月1日:追記 詠み人のブログ「黄昏の彼方へ」は現在は既に閉鎖されました・・・ ここから先の内容は閉鎖前に記事として載っていた・・・ 「siny_559」さんの文をそのまま転載させていただきます・・・ なかるあに まいのちのとも しあはせは あしもとのちの いまにあるかな (流る阿に 真命の友 幸せは 足元の地の 今に在るかな) 解説 流る(ながる)というのは「ながれる。」という意味で、 阿(あ)というのは「梵語の第一字母の音訳」という意味。 少々突っ込んだ解説 さて、密教では阿字本不生(あじほんぷしょう)といって、阿字は宇宙の根源であり、 本来不生不滅すなわち永遠に存在するということ、という意味があるのだそうだ。 そしてその真理を体得する時、人は大日如来と一体化すると説く。 これを踏まえて意訳へ 常に変化し、流れて行くこの森羅万象の全ての事象の中に、永遠に変わらない阿というものがある。 その阿を命の友として自分の中へと招き入れることで、何気ない日常生活の中に、 常に変わらない幸せが存在していたことに気づく。そのようにして大宇宙としての自分自身(=大我)と、 小宇宙としての自分自身(=小我)とが一つになることによって、そこに私合わせ(しあわせ)が生まれるのだ。 すなわち阿(=森羅万象)と吾(=自分の意識)とが一つになることによって、 目の前のあらゆる事象は自分の意識の中で起こっていることなのだ、ということを体得すると共に、 そこに永遠の私逢わせ(しあわせ)の今を感じることが出来るようになるのだ、といった感じ。 余談 この歌も、you tubeにあった『ParFestival08 【MAD】 新世紀エヴァンゲリオン「アンタ バカァ?」 1』 という動画を見て、それをモチーフに書いた歌です。 |

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またまた、深いですね〜。
頭の中に ふと懐かしい風景が浮かんできました☆
今日 ”雨、逃げ出したあと”見たばかりだったので(ノ´∀`*)
お〜ぉ!!って なっちゃいました♪
2009/4/10(金) 午後 9:23
それはそれは・・・タイムリーでした・・・
実は私にも若き日に逃げ出して流離った経験があり・・・
普通の人達よりも感慨深い想いが有ります・・・
2009/4/10(金) 午後 9:29
風景とは 不思議なもので いろんな場所で いろんなことを
思う浮かびだしてくれます
このカットは 今の私ですよ・・・
2009/4/20(月) 午前 0:50 [ nanohana0720 ]
同じ景色を見ても感じ方は人それぞれだと思います・・・
人は景色の中に自分を見詰めているのかもしれません・・・
2009/4/20(月) 午前 0:56