世迷い言

泡沫の現(ウタカタノウツツ)

樹海の住人

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内なる自分を綴じた書庫・・・自分で勝手に踏み込んで・・・そのまま出口を見失い・・・そこを住処にした私
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波に任せて漂っていると、心地よい孤独感を感じることができます

          私にとって孤独感とは孤立した疎外感では無く独善的な開放間のことです

                    これは私が無関心だからではなく、無知なるが故に成し得る技なのでしょう


私には都会の雑踏の中に居るのと、大海原で大の字になって漂っているのは大差ないのです

       周りを行き交う人々も、勝手にうねる波頭も私に関係なく弛まず時を刻み続けてくれます

                巨大な波のうねりの中にどっぷり浸かって居るのに冷静な自分は不謹慎でしょうか?


そこでは私の周りは波だけで、その中心にポツンと一人の自分がいます

         まるで綺麗な円を描く為のコンパスには鋭く尖った針が中心に必要なように

                   そこは私の理解の届く範囲の中心点で、その時まさに私は世界の中心にいます


周りにどれほど波が有ろうと手に届くのは掴もうとしてもすり抜ける一握りの水

           押し寄せる波の情報量に対して私の理解力は微々たるものでしかありません

                     膨大な情報の殆どは私が気づいた時には遥か彼方へ通り過ぎているのです


必要な情報を漏らさず捕らえるのは無理でしょうが、それは仕方が無い事なのでしょう

          必要な情報の量が私の処理能力や許容量を超えていることは考えるまでもありません

                    私の正気を保つ為には多くの情報が無駄に流れ去るしかなかったのでしょう


自分の処理能力の低さを呪うにも不満をぶつける相手は自分しかいないのです

        何も無い大海原で漂っている私が何も無いはずの空を見上げると、一点の輝きに気づきます

                 誇らしげに明るく、嫌味なほど威厳に満ちたその光の源は神の写し身でしょうか?


私しかいないはずの私だけの世界に、当然のごとく君臨するその不敵な輝きに、私の声は届くのでしょうか?


                         〆

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
本文を最後に書庫「樹海の住人」は放置しますが、

                    最後までうっかり読んでしまった方、お疲れ様で有難う御座いました


出口を見失って「樹海の住人」となった主人公については・・・

                          また別の書庫から別の側面を覗く機会が有る事を祈って

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私は波の渦に飲み込まれてゆくのを感じます


光の波動、重力の波動、音や風の空気の波動、そこへ電波に乗った情報の波が押し寄せ、

              時の波に押される私のなかを沢山の人の波が通り抜けて行き

                         心臓や肺がいかに波打っても脳波を同調させるには不足しています


波を見分けて選択し、波に合わせて波を読み、波を掴んで波に乗る、

         そんな曲芸のようなサーフィンの技が要求されているのかもしれません

                  この波の中に有る世界で生きて行くにはサーファーになるしかないのでしょうか?


それがうまくできなければ波は容赦なく私を飲み込んでゆくでしょう

             飲み込まれても溺れまいと始からボードにしがみついている私には

                         波を乗りこなすどころか波頭さえ見つける事もできないのでしょう


この大いなる波を渡りきる船は何処にあるのでしょうか?

              私にそれを作る力がない事は考えるまでもありませんが

                              だれかと力を合わせる事も私にはできそうもありません


だれかが作ったその力強い船は私を見つけたら拾ってくれるのでしょうか?

          たとえ拾ってくれなくても・・・それ以前にそんな船が有ろうと無かろうと

                    私は心の中の小さなボードにしがみついて波任せに漂い続けるしかありません

五夜:重い思い?

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私を捕らえる大きな力、それはバチ当りな私を天に上げまいと圧し掛かり地に押し付ける

これは大地が私を繋ぎ止める力なのでしょうか? それとも私が足場を求める力でしょうか?


互いに引き合っているとしても、これだけその大きさが違っていれば、その力の強さは比較になりません

私が引っ張る力など、大地が私を捕らえる力に比べれば取るに足らない強さでしょう

でもこれは・・・ふと気づいてみると不思議なことではないでしょうか


私が生きる為には大地の多大な恩恵が必要ですが、大地の方では私の存在に何の意味があるのでしょう?

引き付ける力の強さと、求める力の強さとのバランスが完全に逆転してしまっています

大地が私を引き止めようとしなければ、私に大地を引き止めておく力など有ろうはずも無いのです


大地の力で生かされていると言う事は納得できますが、その理由が納得でき無いのです

大地にとって私の存在など、貴重な光を遮る一点のゴミにすぎないはずなのです

いったい何の為に、何の意味があって大地は私を引き止めているのでしょう?


それはおそらく私のうぬぼれで・・・大地は私の存在など気づいていないのでしょう

ジャマにさえならないほどチッポケな存在で、必要な物を繋ぎ止めておくために

しかたなく私まで引き止めてしまっているにすぎないのでしょう


そんな存在を嘲笑うように、光の波と重力波とがチッポケな私を弄んでいるような感じがします

四夜:光・・・アレ?

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私の元に今日も光が届いています・・・でも私には光が見えているのでしょうか?


光のあたっている物には、その色彩と陰影によって光が届いている事を知ることができます

             その色彩と陰影が見えているのは、反射した光が私の眼に届いたという事になるのでしょう


では反射する前のそこに届いているはずの光は・・・私に見えているのでしょうか?

                 見えているのに感じていない、あるいは感じているのに見えていないのでしょうか?



光が存在し私に届いている事は明白なのに、私の視覚はその道筋まで届いていません


眼の不自由なかたは、光を体で皮膚で(あるいは私の気づかぬ何かで)感じると聞きました

                   おそらく眼の不自由なかたのほうが、私より遥かに光を実感していると思います



光とは見る為では無く見せる為に有り、光自体が見える必要は無いという事でしょうか?


もちろん光にはその他の沢山の効果が有り、必要不可欠なのは理解できます

            紫外線、赤外線が見えない事は判っているつもりですが可視光は全て見てるのでしょうか?


私に見えているのは光の膨大な末端の中の、ほんの僅かな眼の面積の部分だけにすぎません

                  それ以上を見たいと望むのは・・・身の程知らずな思い上がった野望でしょうか?



愚かな私が光を実感する為に眼を閉じてみると、光とは別の大きな力が私を縛っている事に気づきます

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三夜:天罰不覿面?

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天罰とは実在するのでしょうか?


「あの人はきっと天罰が下ったんだ」と思うことはあります

          でも私はそこへ至るまでのその人の全てを知っているわけではなく

                  よく調べてそうなる原因を理解する手間を省く為に天罰と言う言葉を使うだけです


私自身はまだ天罰を受けた経験、あるいは自覚がありませんが

                            そんな私でも実際はすでに何度も受けているのでしょうか?


私はもし自分が不幸になったとしてもそれを神のせいにする気はありませんが

          神は自分の功績を無視された事に怒り、さらに天罰を与え続けるでしょうか?

                 それとも、本人が自覚しなくとも神は天罰を与えた事で満足しているのでしょうか?


私に自覚が無いのは私の愚かさのせいで神の知った事では無いのでしょうか?

                  神には私に思い知らせる力も無いとは思えませんから何か訳があるのでしょうか?


天罰を与える価値も無いと判断したのでしょうか?

            RPGのように最後の一撃の為に控えているのでしょうか?

                       それとも死んだ後にまとめて与える為に溜め込んであるのでしょうか?


神は私にどのような結末を用意して下さっているのでしょうか?


私に予感させた方が恐怖を与えられるような気もします

              何が起こるかわからないと言う恐怖を与えているつもりかもしれません

                           しかしそれでは私に実感が無いので効果が有るとは思えません


あるいは神は私が考える以上に寛大なのでしょうか?

                    単に無関心で、この世にはびこる悪と同等に放置されているだけでしょうか?


まさしく神は私の理解を超える存在に他なりません・・・こんな私にさえまだ光が届いているのですから

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