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私がファン登録してよく伺うブログ、オハイオさんのLife with English-英日日記で、先日Being a Bilingualという一寸気になる記事を拝見しました。
オハイオさんの記事はいつもご自分の書かれた英文が先に掲載されて、その後にその記事の完全な日本語訳が掲載されています。 ご了解を得た上で日本語訳の部分を引用させていただきました。
オハイオさんの記事のURL:http://blogs.yahoo.co.jp/ohio1982oh/53680523.html
(引用)15歳ごろから5年ほどアメリカに滞在した人のお話を聞いたことがあります。
ある日、テレビニュースを聞きながらお皿洗いをしていて、ふと気づいたら聞いているのが、英語ニュースだということに気づいたそうです。英語とか日本語とか気にしないで理解していたそうです。
また、アメリカから日本に帰ってくるとき、アメリカの空港で、日本人の老夫妻が言葉が通じなくて困っている様子だったので、助けようと話しかけたそうです。でも、そのご夫婦は返事もしないで離れていってしまったそうで、よく考えたら英語で話しかけていたそうです。
はぁ〜、そんなもんですかい、バイリンガルってのは。いいなあ。うらやましくてよだれがたれそうだ。じゅるっ。
わたしなんか、英語のテレビ・ニュースを聞くときは、精神統一、だれもわたしに話しかけるなって感じで、それでも聞き取れないところ多々あり。
英語を話すときも、考えずにでてくるのは、Ooops! くらいのもんです。(T_T)
またグチってしまった。(引用終り)
この話を聞いて素直に感心する方も沢山いらっしゃるとは思いますが、私は少しおかしいなと思いました。
目下我が家に居候して横浜のインターナショナルスクールに通っているアメリカ国籍の孫(16歳)が、学校で所謂第二外国語として日本語を学習しています。 10年以上私が日本語の勉強相手を勤めましたから、アメリカ人としてはかなり正確な日本語を話します。 学校の日本語の先生からするとアクセントもイントネーションも日本人つまりネイティブと変わらないから、もうバイリンガル、従って他の日本系のというより日本の中学・高校教育を受けた生徒と一緒に上級クラスに入れようとされます。
しかし当人はアメリカで生まれ、アメリカで小学校・中学校の教育を受けた、純粋のアメリカ人ですから、母語は飽く迄も英語。 少しぐらい発音がいいからといって日本で生まれて日本で教育を受けた子供達と一緒にされて、日本生まれ・育ちの学生が日本語で受ける日本語クラスに入れるのは所詮無理な話で、当人は随分悩んだようです。
また先生からも私宛にご相談がありましたが、私ははっきりそんな無理な話は止めてくださるようにお願いしました。 外国人向けのクラスに入れていただいて、あくまでも外国人として、他の外国人の生徒と一緒に日本語を、英語も使って勉強できるようにお願いしたわけです。
その時、バイリンガルの定義とはどんなことなのかなと考えました。 かなり外国語が出来ても、それはあくまでも外国語で、母語とは大変なレベルの違いがあるわけです。
オハイオさんの記事に出てくる方は15歳からアメリカで5年間過ごされたそうですが、15歳では既に母語の日本語がしっかり出来上がっていますし、仮に毎日英語しか話さない生活を5年間したとしても、とても母語を忘れて英語だけで万事思考回路が働くなんて話は不可能ですね。
私の娘は日本で短大を卒業してから、20歳でアメリカに留学しました。 LAで四年制の大学を留年しながら卒業し、短期の一時帰国は別にして、以来一度も日本に帰ってきません。 アメリカに住んで20有余年、アメリカ国籍を取得して、日本国籍は放棄して(二重国籍は取得不可)長年のアメリカ住まいです。 5年間なんてものじゃないんです。
その娘の話す英語を聞いていても、アメリカ人と会話をしているのを聞いていても、全く流暢に話してますし、その限りでは全くアメリカ人並みの英語です。
しかしそれでもですよ、英語はあくまでも外国語で、母語は日本語です。 娘がアメリカの空港で言葉に困っている日本人老夫婦に無意識に英語で話しかけるなんて、そんなバカバカしいことは絶対におきませんね。
20年以上アメリカに住んで全く流暢に英語を話し、仕事をし、アメリカで子育てをしている人間でも、母語は母語。 日本語で話したつもりで、無意識に英語で話しかけるなんていうのは、お話としては面白かもしれませんが、現実にはわざとやらない限り起きないと思います。
毎日毎日、英語で話さなければいけない、英語の勉強をしなければいけない、そんなストレスがプレッシャーになって、或いは一種の恐怖観念から無意識にそんな行動に出てしまったというなら理解できます、しかし「日本人だけれど、完全なバイリンガルになったから、困っている日本人を見て日本語で話しかけたつもりが無意識に英語になっていた」なんていうのは話が出来過ぎてますね。
「英語のニュースを聞いていて、ふと気づいたら聞いているのが、英語ニュースだということに気づいた」なんて話にしても、何の問題もなく理解できたというのは十分ある話でしょうが、人間の脳はスーパーコンピューター以上ですから、単純に脳の中で何万分の一秒という時間で翻訳をしているだけの話でしょう。
どうもバイリンガルという言葉が少し間違って理解されているんじゃないでしょうか。
人間生んでくれた母親はたった一人、生みの母のほかに、継母、義母、養母、母と呼べる人は他にもいるでしょうが、生みの母は後にも先にも一人でしょう。
日本で生まれて、幼少期つまり幼児期、少年時代を日本に住んで育った人間が少しばかり、5年や10年外国に住んだとしても、その国の言葉には堪能になるでしょうが、あくまでも母語を基軸として第二の外国語に堪能になった、生活にも仕事にも困らないという事で、これがあくまでもバイリンガルの定義だと私は思います。
二つの言葉がどちらも母語でその間に何の差異もないなんてことはあり得ませんね。 あくまで生まれ育った国の言葉が母語(Mother Tongue)でその外にもう一つ堪能な外国語があるというのがバイリンガルでしょう。 更にもう一つ堪能な外国語があればトライリンガル、飽く迄も母語プラスアルファです。
もし、5年アメリカに住んで、英語がそこそこ上手くなったにしても、日本人に英語で話しかけるなんていうのは自意識過剰、少々気障な話に聞こえます。
またテレビニュースを英語と意識しないで聞いていた、なんて話にしても、たまたまよく分かるニュースを聞いていたか、分からない所は気にしないで聞いていたのか。 オハイオさんは、「わたしなんか、英語のテレビニュースを聞くときは、精神統一、だれもわたしに話しかけるなって感じで、それでも聞き取れないところ多々あり」とおっしゃっていますが、私には、そうおっしゃるオハイオさんの方が本当で、英語の実力も上だと思えます。
実力があるから聞き取れない所が気になるというのが実際でしょう。 細かいことは気にしない、年中英語を聞いているから何でもすんなり理解できるという事もないとは言えませんが、いつもそうだとは言えないでしょうし、まして、だから英語も日本語も全く同じように身についているなんて事にはならないでしょう。
我が家の孫娘に、時々テレビの英語について「今なんていった?」なんて聞いても「わかんない」という返事は始終返ってきます。
我々が日本語のテレビニュースや番組を聞いていたって、例えば科学に関するニュース、経済に関するニュースで専門用語が頻繁に出てくれば、瞬時に理解できないことなんかいくらもありますし、お笑い芸人の早口なおしゃべりなんかついていけない、よく聞き取れないことなんかいくらもあります。 ましてや外国語の英語においておや。
バイリンガルになることが夢という憧れみたいなものから英語の勉強をする、いわゆるバイリンガル、ネイティブ信仰が一方にあるかと思うと、もう一方には世界に冠たる受験英語の世界が存在するのが日本です。
ネットで「英単語の記憶法」と検索すると、大変な数の記事や広告が出てきます。 相変わらずカタカナ英語を利用する方法、バカバカしいような語呂合わせに頼る方法、どれもこれも受験技術として大学受験には役立つかもしれませんが、英語勉強法としては邪道もいいところで、こんな方法でいくら沢山の英単語を覚えてみてもまず実際の役に立たないことは明白です。
なんせ、言語を勉強しているのに、正確な発音は全く無視なんですから。
一番上の孫息子は高校三年、受験準備の真っ最中です。 私は現実論者ですから、日本に住んで、日本の大学に進学するなら受験英語も止むを得ない、先生について受験英語も精々勉強しろ、全部が無駄にはならないだろう、しかしそれは国際的に通用する英語とは別のものだから、本当の英語は別に勉強する必要があると年中機会あるごとに言っています。
うるさいおじいちゃんだとは思っているでしょうが、身の回りに英語の会話、読み書きの見本が取り巻いている環境ですから、受験英語と普通の英語の相違は十分以上に理解しているでしょう。
一方のバイリンガル信仰も困ったもんです。 私の子供の頃から今日に至るまで、相変わらず巾をきかせているのが、「始めから英語で考えろ、日本語で考えてから英語にするな」というお話です。 今回のオハイオさんの記事に出てくる話も、話の流れとしては同じことでしょう。
以前このことについてはこのブログで記事にしましたので、重複は避けますが、英語の実力がついてくれば自然とそれに近いことはやっているでしょう、しかしそれは単に脳内コンピューターのデータベースが完備して、瞬間翻訳をしているのをそんな風に錯覚しているだけでしょう。
以前書いた記事、もしよろしかったらご参考に『最初から英語で考えろ!』なんて出来ますか?(http://blogs.yahoo.co.jp/reinayamazaki1932/19237575.html)
Half of the EU population can speak at least one language in addition to their mother tongue.
EU加盟国の住民の半数が、母語の他に少なくとももう1カ国語を話せます。
上の英文とその和訳は、いつもご厄介になっているネット辞書、英辞郎on the web、に出ていた例文で(mother tongueで検索)、EUにおけるマルチリンガルの国別調査報告の一部です。 国際社会では、「母語の他にもう一カ国語はなせます」が疑いもなくバイリンガルの定義になっていますね。 飽く迄バイリンガル(bilingual)の中心にあるのは母語(mother tongue)なんです。
バイリンガルになったから、日本語が出てこないで英語が先に出てくるなんて話はあんまり自慢にはなりません。
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オハイオさん: -3-
人間の脳はある種のスーパーコンピューターのようなものだと思います。 例えばアメリカに滞在して、それこそ毎日、回りの環境に馴染んで英語を耳から洪水のように脳に入れる生活をして蓄積した脳の中のデータ(自然に学ぶ部分)と、こつこつ参考書を読んだり、CDを聞いたりして脳のなかに蓄積したデータ(学習して学ぶ部分)は、一見違っているようで、結局脳の中でデータとして消化、整理されて、必要なときには瞬時にそのデータが利用できるのが人間だと思っています。 結局このデータベースには目から入るデータも耳から入るデータも蓄積されて、最後はそれこそ何不自由なく英語が使えるようになるんじゃないでしょうか。 母国語のデータの方がはるかに早い時期から、それもコンピューターの容量に十分空きがあって処理スピードも速い時、つまり幼児期から蓄積されていますから、後からいくら外国語が追いかけてもまずデータの量は同じにはならないでしょう。 つまりあくまで、バイリンガルとは母語プラスもう一つの外国語で、二つの母語にはなりようがないと思います。
2008/6/4(水) 午後 6:24
はじめまして。Ohioさんのところからきました。
英語学習者で、英語にかかわる仕事をしていますが、一度も「バイリンガルのようになりたい」とは思ったこともなく、逆に「思考が完全に日本語なのだから無理」と思っています。でも、どこかで「バイリンガルになりたいと思うほどでないと英語が上達しないのかな」などと思ったりして焦っていました。
でも、この記事を読んで溜飲がさがる思いでいます。とてもほっとしました。ありがとうございます。
お気に入りに登録させてください。
2008/6/5(木) 午前 10:24
lotusさん:
そちらのブログにもお伺いしましが、英語を教えておられるんでしょう、おまけにブログで拝見しましたが原書もどんどん読んでいらっしゃるし、もう既に立派なバイリンガルじゃないんですか。
思考が完全に日本語の人が、英語その他の外国語に堪能になるのが日本人のバイリンガルで、思考が英語なら、アメリカ人か英国人ですよ。 日本にいる外国人のテレビタレントが随分流暢に日本語をしゃべって、テレビに出ていますが、あの人達の思考は英語で、外国語が日本語、しかしあの人達がどの程度日本語の書物を読みこなせますかね、多分殆ど無理でしょう。 少なくともlotusさんが英語の小説を読むようにあの人達が日本語の小説を読めるとはとても思えません。 でもあれがバイリンガルで通るんですから、普通に英語でコミニュケーションが出来て、更に英語で書いたり読んだり出来ればバイリンガルだと思います。
ファン登録有難うございます。 こちらも登録いたしました。
2008/6/5(木) 午前 11:33
こんにちは、初めまして。オハイオさんのブログからお伺いしました。うさと申します。こちらの内容がとても深いので私もたくさん考えさせられました。私の英語は浅知恵の結晶のような気がして穴が有ったら入りたい気持ちです。これからもYamazakiさんのブログで勉強させてください。よろしくお願いします。
2008/6/5(木) 午後 1:44
うささん:
オハイオさんのブログには良く伺っていろいろ面白い記事を読ませていただいています。うささんのブログにも伺いました。 英語の記事も若い方らしくて、楽しそうなブログですね。
私のブログは、ご覧と通りで年寄りの昔話みたいな記事が多いんで、若い方向きじゃないかもしれませんが、時々寄って、若いお知恵やご意見を聞かせてください。
こちらこそよろしくお願いします。
2008/6/5(木) 午後 2:37
ファン登録ありがとうございました。
力強いコメントありがとうございました。私は、書いたり話したりするのは今ひとつ自信がありませんが、頑張って勉強をしていこうと思っています。
2008/6/6(金) 午前 0:09
lotusさん:
名人気質の老職人さんなんかが「一生勉強ですよ、これで良しなんて仕事は滅多にありません」なんてよく言ってますね。 英語の勉強でも終りは無さそうで、私なんかこの歳(76)でも未だに時々新しい発見をして、というより単に勉強不足で知らなかっただけでしょうが、それなりに勉強になっています。 残念ながら記憶力の方は末期的症状ですから、折角の新発見もすぐに忘れます。 lotusさんなんかまだまだこれからいくらでも勉強できて羨ましいですよ。
2008/6/6(金) 午前 8:29
こんばんは。ご無沙汰しております。
今まで、バイリンガルについて深く考えたことがありませんでしたので驚きとともに納得のいく記事で感銘しました。なんとなくバイリンガル=2ヶ国語をともに母国語のように話せるくらいにしか思っていませんでした。でも核となる言葉は、おっしゃるとおり必ず存在すると思っていましたのでそれともうひとつの言語を無意識に混同するのはなんとなく違うのでは?と思いました。でもみなさん、↑英語学習にとても熱心で頭が下がります。バイリンガルになりたいとは思いませんが、自由に使い分ける力はつけたいものです。でもやはり言葉も生きているので人間と同様、柔軟に付き合わないといけないですね。
2008/6/6(金) 午後 9:45 [ amber ]
amberyukoさん:
お話を伺うのはしばらくぶりですね。お子様達お元気ですか。
ほんとに皆さん熱心ですね、どの方のブログに伺っても活発な勉強振りには驚きます。
私の定義に従えば、と言っても外にもっと妥当な定義があるとは思えませんが、amberyukoさんはもう既にバイリンガルでしょう。 ブログであれだけいろいろ英文記事を書いて、お仕事も英語を教えておられるんですから。 二つとも母国語で、全く差異のないという意味のバイリンガルは空想の世界では存在するかもしれませんが、現実にないと思います。
いずれにせよ、あんまり思い込みの強いのもいけません、おっしゃるように柔軟に付き合うのが一番ですね。
2008/6/6(金) 午後 10:50
仰っておられるように,多くの日本人がバイリンガルということを誤解していると,わたくしも思います。
先日,ある本を読んでおりましたら,脳の専門家たちの研究では,発音の識別回路は,生まれて数ヶ月のうちほぼ完成してしまうもののようです。その期間における音声刺激は,主として母親からのものですから,母親が発音するやり方での母親が話す言語を識別する回路が出来上がってしまうということだそうです。
"mother tongue"という言葉が使われるようになった時代には,まだそのような研究はなされていなかったわけですが,そういった研究結果はまさに"mother tongue"の重要性を証明しているかようです。
さらに生後3年以内には,言語に関する識別能力の基礎は完成してしまうので,それ以降に学習した言語は,"mother tongue"と同一レベルのものとはなり得ないということだそうです。
以前にも同じようなことをお話させていただきましたが,このような研究結果からも,英語を必要とする人はその必要に応じて学習すればよく,小学校から英語を必須科目とすることの妥当性は薄いものと思われます。
2008/6/13(金) 午前 6:49 [ - ]
さて,この国では英語教育が盛んで,英語能力を身につけたいと考える人も多いのですが,わたしにはそれが不思議です。日本語での会話でも,伝えるべきものが何もない人がただしゃべっていれば,「あいつは,単におしゃべり好きで,つまらんやつだ」と軽蔑されるだろうと思うのです。まずは,人に話すべき,伝えるべき内容を持つことが大切で,それが魅力的であれば,言葉は多少拙くても相手は一生懸命に聴こうとします。それは日本語でも,英語でも同じではないでしょうか。
なお,英語に関する意見の交換を行うにあたって,自分の英語能力を全く示さないのはアンフェアかと思いますので,大変恥ずかしいのですが,下記のアドレスの記事にumab082という旧IDでの投稿が残っておりますことを申し添えます。よろしかったら,ご覧ください。
http://blogs.yahoo.co.jp/jappoorando/3575813.html
http://blogs.yahoo.co.jp/jappoorando/3721248.html
2008/6/13(金) 午前 7:18 [ - ]
umabさん: (1)
私は学者ではありませんから、科学的に母語の形成につい語るのは無理ですが、mother tongueがご説明の様に形成されていくのだろうというのは経験的にも納得できます。 このブログでも何度かふれましたが、私の場合、生まれも育ちもアメリカ人の孫と、逆に生まれも育ちも日本人の孫に、長年それぞれ日本語と英語を教えてきましたから、母語以外の言語を習得させるのがどれだけ難しいかは良く分かっているつもりです。 そんな経験もあって、今回のバイリンガルの定義の記事になったわけです。
umabさんのコメントは外国語がいくら上達しても母語以上にはなりえないという私の考えを裏書してくださったようだと思います。
2008/6/13(金) 午後 5:57
umabさん: (2)
小学校からの英語教育ですが、私はこれが必修科目という風に考えなくてもいいのではと思っています。 必修という以上選択もあるべきですが、小学校の場合、国語、算数、理科、体育、それに給食も放課後の掃除その他、全部同じように学校にいる間に学習するわけで、今日は算数のある日、明日は英語のある日と言うだけの話で、義務感を伴った必修科目というのとは少々違うように思えます。
私が小学校から英語をやってもいいのではと思う最大の理由は、今の受験英語にあるといえます。 中学校から大学まで、通算10年近くも英語の勉強を曲りなりにしていて、殆ど実用にならないというのは、受験で勉強する英語は、実際にコミュニケーションツールとしての英語とはどうも大分かけ離れたもののようです。 しかし、残念ながらこれは子供の責任ではありませんね。 受験という制度的なものが存在する以上、子供に受験英語は止めろとは言えません。 せめて、小学生のうちだけでもまともな英語に触れさせても害は無いんじゃないでしょうか。
2008/6/13(金) 午後 5:59
umabさん: (3)
Umabさんがおっしゃるように、ろくに相手に伝えるべき内容、つまり蓄積された知識、相手にとって有用な情報、何にせよ十分日本語で理解、蓄積、取得されたそういうものもないのに、綺麗なネイティブ的発音でお天気の話や、当たり障りのない話題だけで会話してみても全く意味はないですね。 私の言いたいのもその点では同じことだと思います。
実は、前回のバイリンガルの話を敷衍して、私が長年の間に見聞した実体験をもとにしてこの話題についてさらに書いてみたいと思っています。 なるべく早く、前回の話が忘れられる前に書きたいと思いますので、また是非ご意見をお寄せください。
今まで、英語教育その他について、ご意見を承っていますから、umabさんの英語能力は自然と分かります。 英語が出来るから言える意見というのは、いくら日本語で書いてあっても自ずと分かるんではないでしょうか。 折角ですから、ご提示の英語のコメント拝見いたしました。 私が言いたかった見本みたいなもんですね。 自分の意見をちゃんと相手に伝えてこそバイリンガル、まさにその見本です。
2008/6/13(金) 午後 5:59
わたしの拙い英文までお読みいただき恐縮に存じます。
さて,以前の意見交換で,Yamazakiさんのご意見はわたくしなりに理解できたように思っております。特に,幼児期から英語学習が他の学習を妨げるものではないことは,Yamazakiさんの仰るとおりだと思います。
わたしが疑問に思っていることは,あくまで「義務教育の課程で必須科目と位置付ける」ことであります。わたくしの場合,中学校でカリキュラムでさえ必須科目として位置付けることには疑問を感じております。なぜなら,この国に生まれ,この国に育った人間の全てが一人残らず英語を知らなければならないという理由は,どこにもないよう思うからです。この国の言葉で,間違いなく意思疎通ができれば,この国で生きていく最低の要件は満たされていると思うからです。
義務教育は,この国の国民がこの国で生活するのに最低知っておくべきことにとどめるべきものだと考えております。それ以外のことについては,オプションとして,勉強したいものがすれば良いというのが,わたしの基本的考えでございます。
2008/6/13(金) 午後 10:20 [ - ]
umabさん:
確かにこの日本で生活する最低の知識と言うことであれば、英語は全く不要でしょうね。 私の場合は、小学校の教育ということで考えれば、日本で生活するための最低の知識もさることながら、これからその子供が将来人間として豊かな生活をしていくため、或いは立派な人間として育っていくための土台になる素養を少しでも養う、或いは少なくともその子が将来どんな方向に進んで生きていきたいか、そんな人生設計が出来るようになるべく選択の幅を広めてやるのは悪いことではないと思っています。
つまり、将来芸術家になりたい子供は図画工作の授業からなにかを得ていくでしょうし、体育の大好きな子供、算数の得意な子供、子供の能力・個性は多様でしょうから、そんな選択の一つとして英語があってもいいのではと思うわけです。 なぜ英語か、という疑問もありますが、残念ながら、好むと好まざるとにかかわらず、英語が一番便利な国際的共通語になってしまっていることは現実です。 そうなると私のような現実主義者は、それが現実なら、それを100%利用するべきだと考えてしまいます。
2008/6/14(土) 午前 10:16
《ましてや外国語の英語においておや。》
英語に関する記事でこの様な古風な言葉が出てくるのがヤマザキさんの魅力なんでしょうね。
ブログとしては長文でキマジメな部類であろう『ある老人の〜』ですが、ヤマザキさんのこんな語り口に、完成された話術、落語や香具師口上を感じる事があります。
バイリンガルが思考する時には何語を使ってるんだろう?と疑問でしたが、なるほど、このお話には納得いたしました。
そもそも5年程度の国外生活で母国語が出てこなくなる15歳なんて、逆に母国語の習得がその程度であったのかもしれません。
北のスパイ・金賢姫の「わ〜た〜し〜のシェンセ〜は〜、リ・ウネ〜と〜言いま〜しゅ〜〜」なる供述をニュースで聞いた時、共産国のスパイでもこの程度??などと感じてしまいました。が、母国語からの呪縛は斯様に強いのが本来なんでしょうね。
2008/6/20(金) 午前 8:27
さて、英国以外の欧州人でも当たり前に英語が話せる、と言う話をよく聞きますが、これ、どうなんでしょう?
バックパッカーでアフリカを旅し奮発してサファリ・ツアーに参加した時、某欧州人と同室になりました。イタリア籍だったかスペイン籍だったか・・。
まったくもって拙い私の日本英語ですが、同室となって会話を一切しないわけにもいきません。
しかし彼の発音にちょっと引っ掛かる点が。特に顕著だったのが『チャング』。あまりにも理解しづらかったので書いてもらったところ、『change』でした。しかし他の欧州人ツアー客(英国人含む)は違和感無く彼と会話しています。
欧州各国の言語の差異って、もしかしたら日本の方言程度の差異に当たるんじゃないのか?と感じました。琉球語にしても母音のeとo列が極端に少ないあのパターンを理解すれば、意外と判ったりしますしね。
2008/6/20(金) 午前 8:31
寅屋さん: -1-
「老人の云々」というタイトルにしましたから、せめて記事の文体も年寄りの語り口そのままに、またなるべく漢字表現や漢字の熟語、古い言葉使いなんか多目に、少々意識して使っています。そんなことが寅屋さん感想につながったんでしょうか。
私なんかも若い頃は、英語も日本語も同じようになりたいなんて誤解をしていましたから、今でも英語の勉強をする人がある種の錯覚を起こすのは止むを得ないと思います。 結局のところ母語は母語、いくらやっても英語が日本語にイコールにはなりませんでした。
「母国語の習得が十分でないのに、英語を学んでどうする」という小学校英語教育反対論が、英語に堪能な人達、所謂バイリンガルの人達から出てくることが多いのも、そんな人達が、日本語や日本文化の素養が十分でないのに英語に幻を見ている人達に歯痒い思いをした経験が多くあるからだろうと推察しています。
2008/6/20(金) 午後 6:23
寅屋さん: -2-
以前「本物のバイリンガル」という記事を書きました、その時寅屋さんからもコメントをいただきました。 その記事にも書きましたが、多言語話者になる要因のひとつに社会的な要因があり、その例としては、スイスやベルギーなど複数の言語共同体が共存している場合だそうです。
そのうえ、ヨーロッパ諸言語は共通の祖印欧語から別れてゲルマン語系の英語、ドイツ語、オランダ語、北欧諸言語とラテン語系のイタリア語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語、ルーマニア語になったとされていますから、つまり祖先が同じです。
そんなこともあって、少なくとも日本人が英語を学ぶ場合に比べてヨーロッパ人がヨーロッパ諸言語を学びあう方がはるかに容易だろうとは想像できますね。 日本語の方言の差に当たるというご意見は首肯できますね。 日本語でも、東北の方言、九州の方言その他純粋な方言を聞いても分からないことが多々ありますが、それでも最後は日本人同士意思の疎通は出来ますから、ヨーロッパ人同士では言葉が違っても意思の疎通はかなり出来るんでしょう。
2008/6/20(金) 午後 6:24