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高校生になると英語の文法の動名詞のところで、慣用句の例として ”There is no accounting for tastes.” 「蓼(タデ)食う虫も好き好き」「趣味嗜好には理由がない」と言う諺が必ずと言っていいくらい出てきます。
蓼なんてもんは、私の若いころだって普段はめったにお目にかからない代物でしたから、今の子供たちには全然何のことかわからないのが当たり前でしょう。 最近は蓼どころか、蓼酢の緑を添えて賞味する鮎の塩焼きそのものに縁がなくなりました。
そんな訳で、この蓼とはどんなものなのか、この諺の意味はどういうことなのか、英文法は後回しにして説明が始まります。 学校で同じ諺をもう習った子もいますが、意味を通り一遍に説明されるだけでしょうし、蓼と言う植物の葉を摩り下ろしてお酢に溶かして、鮎と言う川で取れる魚の塩焼きに添えて出すことや、辛くて苦い蓼の葉を好んで食べる虫がいるように、人の好みは多様性だと言う意味だなんてことを話してやります。 子供たちから「へー、そうなんだ!」と言う決まり文句が出てくればおじいちゃんの話は取り敢えず認めてもらえたことになります。
さて、毎年暮れから正月にかけてテレビの食べ物番組が多くなりますね、蓼食う虫じゃありませんがどうも、どれを見ても一言言いたくなるのが多いので困ります。 これも見る人の好き好き、傍から余計なことを言うのもどうかと思いますが、年寄りの愚痴だと思って聞いてください。
食べ物番組と言ってもいろいろですが、一番無難に楽しめるのは、各地の名物料理、郷土料理の紹介ですね。 これはそれぞれの地方の特色が出ていて、中には是非一度食べてみたいと思うものの随分あります。 つい最近見た番組で、各地のお雑煮の紹介番組がありましたが、これなんぞは何度もいろいろな作家の紀行文や、随筆なんかで読んで頭では知っていましたが、テレビの画像で見るとまた違った面白さがありました。
一番気に入らないのは、大食い番組ですね。 「腹八分目」とはよく言ったもんです。 こんな食べ物を粗末にする、子供に見せて百害あるような番組を見る方もかなり問題がありますが、そんな番組に出て人前で大食いをして見せる人間も相当お粗末ですし、こんな番組を作ってとにかく視聴率だけ気にしているテレビプロデューサーが一番お粗末人間でしょう。
所謂食通の出てくる番組も、時々わかりにくいのがありますね。 特に、ワインなんかに関して、通を振り回されると「貴男(貴女)日本人でしょ、ヨーロッパで何百年も続いた名家の出ならともかく、せいぜい昭和生まれの日本人がワインについてあんまり知ったかぶりをされると、聞く方がつらくなります。」なんて独り言を、つい言いたくなります。
逆に、料理を作る方にも時々うるさすぎるのがいますね。 客に向かって、あれこれ能書きを言うだけならともかく、食べ方の指図までするのがたまにいますが、こんなのもどうかと思います。 以前、蕎麦屋の主人が「うちの蕎麦は、どこそこの蕎麦粉を使ってどうのこうの、だから、最初の一口はそばつゆを付けずに食べてもらってます。」とかなり偉そうな口調で言うのを聞いたことがあります。 こんなのはお客に失礼ですよ。 「一口だけ、汁を付けずに召し上げてみてください、蕎麦の香りが楽しめるかと思います。」これなら強要じゃなくて、お勧めですからいいでしょう、しかしどんなに自信があったって客に無理強いしたんじゃ、食べ物屋の客あしらいのイロハを知らないと言われてもしょうがありません。
最後にもう一つ、お料理を作ってみせる番組で、プロの番組はそれなりで、安心してみていられますが、素人の料理番組の中に、「とにかく手間を省いて、簡単に、時間をかけずに出来ます。」というのがよくあります。 こんなのを見ていると、私なんぞは、そんなに急いでどうするの、しっかり手間暇かけて、旨いもんを作りなさいよ。」と言いたくなります。こんな速成料理に食べたくなるのは先ずありませんね。
まあ、テレビ番組も蓼食う虫で、人それぞれですが、昔評論家の大宅壮一がテレビについて、「一億総白痴化」なんてうまいことを言いましたが、どうも今でもそのまま通用しそうです。
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大昔の高校生ですけれど、ぼくも
>「へー、そうなんだ!」
でした。
中国語では
”百人喫百味”
とストレートな表現ですね。
2014/1/4(土) 午後 8:45
蓮さん:
確かに直截な表現でいっぺんに意味が通りますね。 「蓼食う虫」はその点、「古池やかわずとびこむ水の音」それがどうした、の日本語の情緒表現の世界ですね。
2014/1/5(日) 午前 9:52