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昔、家のあちこちに火鉢が置いてあった時代、三が日の食べ物は先ずお餅、お節、それを、手を変え品を変えて食べていたもんでした。 当時は今と違って、元日からやっているスーパーなんて便利なもんはありませんでしたし、商店も三が日は市場が閉まっていましたから、店が開いていても品物もろくに揃っていなかったように覚えています。
近頃は人間も贅沢になって、正月も三日目の今日は、「お節は飽きたから何か洋風が良いね。」なんてことを私が言い出したもんですから、アメリカから単身赴任で我が家に居候している娘が晩御飯の担当と言う事になりました。
洋風なんて言ったって、年寄り二人が食べるもんですから、あんまりしつっこい、複雑なものは願い下げで、年末の到来物の北海道のタイラ貝にイクラ、それにスーパーで仕入れてきたサーモントラウトをオリーブオイルその他でマリネしたもの2皿に、あとグリーンサラダにフランスパンを薄く切ってバターを塗ったもの、それにビールにコーヒー、デザートにラムレーズンのアイスクリームですっかり満腹と相成りました。
昨日も今日も、子供たちが勉強に来ましたが、冬休みの間は昼間の時間帯に来てくれるので、大晦日以来四日連続で、軽く一杯やる楽しみを味わっています。 来週から通常の時間割に戻って、また当分禁酒が続きます。
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食べる話・飲む話
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高校生になると英語の文法の動名詞のところで、慣用句の例として ”There is no accounting for tastes.” 「蓼(タデ)食う虫も好き好き」「趣味嗜好には理由がない」と言う諺が必ずと言っていいくらい出てきます。
蓼なんてもんは、私の若いころだって普段はめったにお目にかからない代物でしたから、今の子供たちには全然何のことかわからないのが当たり前でしょう。 最近は蓼どころか、蓼酢の緑を添えて賞味する鮎の塩焼きそのものに縁がなくなりました。
そんな訳で、この蓼とはどんなものなのか、この諺の意味はどういうことなのか、英文法は後回しにして説明が始まります。 学校で同じ諺をもう習った子もいますが、意味を通り一遍に説明されるだけでしょうし、蓼と言う植物の葉を摩り下ろしてお酢に溶かして、鮎と言う川で取れる魚の塩焼きに添えて出すことや、辛くて苦い蓼の葉を好んで食べる虫がいるように、人の好みは多様性だと言う意味だなんてことを話してやります。 子供たちから「へー、そうなんだ!」と言う決まり文句が出てくればおじいちゃんの話は取り敢えず認めてもらえたことになります。
さて、毎年暮れから正月にかけてテレビの食べ物番組が多くなりますね、蓼食う虫じゃありませんがどうも、どれを見ても一言言いたくなるのが多いので困ります。 これも見る人の好き好き、傍から余計なことを言うのもどうかと思いますが、年寄りの愚痴だと思って聞いてください。
食べ物番組と言ってもいろいろですが、一番無難に楽しめるのは、各地の名物料理、郷土料理の紹介ですね。 これはそれぞれの地方の特色が出ていて、中には是非一度食べてみたいと思うものの随分あります。 つい最近見た番組で、各地のお雑煮の紹介番組がありましたが、これなんぞは何度もいろいろな作家の紀行文や、随筆なんかで読んで頭では知っていましたが、テレビの画像で見るとまた違った面白さがありました。
一番気に入らないのは、大食い番組ですね。 「腹八分目」とはよく言ったもんです。 こんな食べ物を粗末にする、子供に見せて百害あるような番組を見る方もかなり問題がありますが、そんな番組に出て人前で大食いをして見せる人間も相当お粗末ですし、こんな番組を作ってとにかく視聴率だけ気にしているテレビプロデューサーが一番お粗末人間でしょう。
所謂食通の出てくる番組も、時々わかりにくいのがありますね。 特に、ワインなんかに関して、通を振り回されると「貴男(貴女)日本人でしょ、ヨーロッパで何百年も続いた名家の出ならともかく、せいぜい昭和生まれの日本人がワインについてあんまり知ったかぶりをされると、聞く方がつらくなります。」なんて独り言を、つい言いたくなります。
逆に、料理を作る方にも時々うるさすぎるのがいますね。 客に向かって、あれこれ能書きを言うだけならともかく、食べ方の指図までするのがたまにいますが、こんなのもどうかと思います。 以前、蕎麦屋の主人が「うちの蕎麦は、どこそこの蕎麦粉を使ってどうのこうの、だから、最初の一口はそばつゆを付けずに食べてもらってます。」とかなり偉そうな口調で言うのを聞いたことがあります。 こんなのはお客に失礼ですよ。 「一口だけ、汁を付けずに召し上げてみてください、蕎麦の香りが楽しめるかと思います。」これなら強要じゃなくて、お勧めですからいいでしょう、しかしどんなに自信があったって客に無理強いしたんじゃ、食べ物屋の客あしらいのイロハを知らないと言われてもしょうがありません。
最後にもう一つ、お料理を作ってみせる番組で、プロの番組はそれなりで、安心してみていられますが、素人の料理番組の中に、「とにかく手間を省いて、簡単に、時間をかけずに出来ます。」というのがよくあります。 こんなのを見ていると、私なんぞは、そんなに急いでどうするの、しっかり手間暇かけて、旨いもんを作りなさいよ。」と言いたくなります。こんな速成料理に食べたくなるのは先ずありませんね。
まあ、テレビ番組も蓼食う虫で、人それぞれですが、昔評論家の大宅壮一がテレビについて、「一億総白痴化」なんてうまいことを言いましたが、どうも今でもそのまま通用しそうです。
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本人が晩年に差し掛かると、晩酌も晩年になりますね。
若いころは勿論、かなり年寄りになってからも、食べるのと飲む方は青年並みとは言いませんが、壮年並みだった私ですが。さすがに近頃はすっかりお酒の方も食べる方も量が少なくなりました。
先ず食べる物の嗜好が変わりました。 大体が旨いもんなら何でも来い、の方でしたが、近頃は旨いもんでもどっちかと言えばあっさり系がよくなりました。 肉類や油っ気の多いものが嫌いになった訳じゃありませんが、食べたいと思う回数が減りまいた。
外出しなければ先ず旨いものにはありつけない鰻や寿司なんてものは、億劫が先に立って出かける気になりません。 出掛けてまで食べに行くのはふた月に一度ぐらい、横須賀にいる弟に会いがてら出かける葉山の蕎麦屋ぐらい。 蕎麦ばっかりは、そこらの駄蕎麦屋じゃどうにもなりませんし、家で作るのは論外ですし、旨い家に出掛けて行くよりしょうがありません。 幸い、その葉山の家は、東京の下町の旨い蕎麦屋に負けない蕎麦を出しますし、店の駐車場で車を降りると、旨そうな胡麻油の匂いが漂ってきます。 胡麻油で揚げた天ぷらに、上手に細く打った蕎麦、どちらもいわゆる「鄙には稀な、ひなまれ」です。
話がそれました。 そんな近頃ですから、長年の晩酌もすっかり様変わり。写真でご覧のような、まことにママゴトのような按配です。
ビールは極小の135mml缶、ワインは180mmlの超小瓶。 さすがにビールはこの極小缶を飲み残すなんてことはありませんが、ワインだと、この超小瓶も半分でもう結構と言う事になります。
チマチマと、いろいろごく少量、佃煮や煮豆なんてのを肴に、ご覧の小さなグラスでそれぞれ2杯。 テレビを見ながら、アナウンサーや出演者のアクセントや言葉遣いに文句をつけるのを楽しみにほろ酔いになる。 情けないと言えばその通り、慎ましいと言えばそれも当たってますが、当人はそれなりにご満足ですから文句はありません。
キリキリに冷えたエキストラドライのマティーニを2〜3杯、その後でワインをひと壜なんてごく当たり前だった昔の晩酌が懐かしくもありますが、晩酌の方も飲み手に合わせて晩年を迎えているようです。
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すっかり寝坊する癖がついて、今朝も8時近くになって起だしてキッチンに行きました。 昨晩遅くまで、孫娘の玲奈が台所で何かやっているのに気がついていましたが、どうやらクリスマスのクッキー作りだったようです。
友達のクリスマスのパーティーに呼ばれて、お土産を作ったのだそうで、サンタとトナカイと星の抜き型は百円ショップで仕入れてきて、ツリーの型は売ってなかったのでティッシューの空き箱とセロテープで作ったんだそうです。
手製の抜き型
いろいろ食紅その他の素材を使って綺麗に彩色や装飾がしてありました、遅くまで時間がかかった訳です。
おばあちゃんにクッキーの空き缶をさがしてもらって、一杯詰めて、「残りはおじいちゃん食べていいよ」と早々と出かけていきました。
我が家では唯一の孫娘ですが、どうやらおばあちゃんのDNAはしっかり受け継いだようです。
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昨日収穫したムベの実
昨日の日曜日、良いお天気につられて、ムベの実を収穫しました。 今年は大部沢山生ったとは思っていましたが、予想外に数が多く、おまけに小さな実が蔓(つる)の絡み合った葉の陰に隠れていますから、一つ一つ探し当てて鋏で切り取るのに随分時間が掛かりました。
2007年11月に書いたムベの記事の時は収穫量全部で32個、それでも「32個もありました」とだいぶ驚いたような書き方をしています。 それが今回はなんと131個、4倍以上の収穫でした。その間、10個以上とれた年はありませんでした。
以前に書いたムベの記事
数が多かった反面、全体にサイズは小さいようでした。
今回は数が数ですから、一つづつ匙ですくって口に入れるなんてことをやっていたらとても食べ切れませんし、大体種ばかり多くて、そんな食べ方で食べても大して美味しい果物ではありません。
ほかにどんな食べ方があるのかネットで調べた結果、ジャムを作ることにしました。
まず縦に包丁を入れて、中の実を匙ですくいだします。
なんせ131個という数ですから、そんな単純な作業でも随分骨が折れました。 その結果甘いジェリー状のネバネバした身と種がボウルにかなりたまりました。
それを10分ほど煮て、種を離れやすくします。
こんどはそれを金網の水きりザルにすくい入れて、杓子の様な物で種と身をはがすようにして濾して、濃い目のジュースのようなものを濾し取ります。
随分沢山あったムベの実からとれたジュースは小鍋半分ほど、それを煮詰めてジャムにしました。
一方生ゴミになった皮と種はその何倍もありました。 実感では役に立ったのは実の10%もなかったような気がします。
捨てた皮と種
4年前32個収穫した時は、皮を料理して賞味したり、随分丁寧に扱いましたが、今回は数が数ですからとても皮まで手が回りません。 実を切るだけで包丁を131回使い、中の身と種をすくい出すのにスプーンを262回使ったわけですから、皮にはとても手が出ませんでした。
その後取れたジュース状の身を弱火にかけて15分ほど、煮詰まって濃いジェリー状の軟らか目ジャムが大ぶりのビンに一瓶とれました。
「おじいちゃんは暇が余っているからそんなことできるけど、主婦となるとそんな手の掛かることとてもやってられません。おまけに何ができるやらわかりゃしない。」と大分疑いの目で眺めていた家内もひと舐め味見して「美味しいわ!」とびっくりしたほどの出来です。
砂糖だの、増粘材(ゲル化剤・糊料)だの普通ジャムに添加されているようなものは一切使っていません。 それを言うなら水も使っていないくらいです。 唯一加えたのはレモン一個分の絞り汁だけ。
しかしその甘みは実に上品で、生の身を食べた時の頼りない甘さとはちがい、ずっとしっかりした爽やかな甘みに変わっていました。
ほんの一瓶の収穫ですが、骨を折って、かつ時間をかけた甲斐は充分ありました。
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