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http://www.geocities.jp/reishizuka/kumori2.gif これは娘の保育園生活最後の作品です。 はっぴを縫ったのは私。 娘はこの刺繍の原案を考え・大きさや糸の色を模索し、一針一針刺しました。 前立てにもかわいいハートの刺繍がしてありますが、メインは背中です。 ウチの子供達が通っていた保育園はとてもユニークな保育方針でした。 字はいっさい教えず、歌と絵と運動を自発的にやりたくなるような環境を整えてくれています。 門前の小僧ではありませんが、皆がなが〜い歌もちゃんと歌えるんです。 読み聞かせが盛んで、この刺繍もアイヌの「オキクルミ」の物語を聞いて、そのイメージを絵にしたものです。 刺し方はチェーンステッチだけです。 それぞれ作製した年長さんが自分のものを着て、卒園式でミニミュージカル風な出し物をしました。
この刺繍は卒園文集の表紙にもなった思い出深い作品です。 新居では本物を飾って、来た人に見ていただこうとしたら、本人「イヤだ!」の一点張り。 仕方なく、本物は納戸にしまわれました。 |
アート
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http://www.geocities.jp/reishizuka/ame2.gif ときどきhttp://www.geocities.jp/reishizuka/kumori2.gif 以前に階段部分のクロス話題の時に小さく写っていたものが本日に主役です。 「ブージヴァルのダンス 」という絵の一部の模写です。 本物は全身が描かれていますが、これは上半分ですね。 姉さんがこれを描いたのは、たしか高校1年生の時だったかしら。 初めて描いた油絵かもしれません。 それまで小学校・中学校と水彩画ばかりでした。 これは小さなキャンバスで額にも入れてないので床に置いて写真撮影しました。 いつもは階段に置いてあります。 ちゃんとした額に入れたらそれなりに見えるかも?! ピエール=オーギュスト・ルノワール (Pierre-Auguste Renoir、1841年2月25日 - 1919年12月3日)はフランスの印象派の画家であり、その作品は日本でも広く知られている。フランス中南部のリモージュにて生まれる。3歳の時、一家でパリに移住する。13歳で磁器の絵付職人となるが、産業革命、機械化の影響は伝統的な磁器絵付けの世界にも影響し、職人としての仕事を失うこととなったルノワールは画家を目指した。1862年にはエコール・デ・ボザール(官立美術学校)に入学。のちグレールのアトリエ(画塾)に入り、モネ、シスレー、バジールらと知り合っている。 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 ↑を読むと興味深いですね。産業革命で職を失ったために画家を志し、後世に名を残すとは・・・
私が職を失ったら? ただ困るだけです! |
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http://www.geocities.jp/reishizuka/kumori2.gif のちhttp://www.geocities.jp/reishizuka/ame2.gif 桐の板に彫られた目や口、かわいいでしょ? これは10年以上前に娘がまだ保育園児だったときの作品です。 なんでも体験・経験させてくれた保育園でした。 たくさんのすてきな作品が生まれ「将来は画家か、はたまた造形作家か」と親バカ丸出しで取っておきました。 このような物が原因で我家の荷物は多かったのです。 でも折角取っておいた物なので公開したいと思います。 これは確か年中組のときの作品でしょう。 キャンプでの自炊に備え、まず、まな板を作りました。 そして包丁でジャガイモを切る練習をします。 「右手で包丁を持って、左手はネコの手(指を軽く曲げて指を切らないように)だよー」って教わりました。 このまな板はキャンプが済んで我家の押入れで眠っていましたが、仮住まいアパートの台所が狭かったので再び活躍しました。
桐は軽くて柔らかくて使いやすかったです。 微妙に口やシッポのところから物が落ちましたが・・・。 アート第一弾はオブジェにもなるまな板でした。 |
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