神の温度の神学 断章

心に浮かんだことを書き留めるために書いています。

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中世の単旋律の賛美、ラウダを歌うときに、
毎回注意されるのは、賛美の終わりの時です。
最後はフェードアウトしないで終わるのです。
トーンが下がらない。
むしろ、トーンが上がり、力を増すのです。
閉じないで、開くのです。
この賛美はそこで終わりなのだけど、そこで終わらず、そこから始まります。
人間の口から天使たちの口に引き継がれ、天の御国で鳴り響くのだそうです。
 
他の人のブログ記事を読んでいて、つまらないなあと思うのは、記事がその記事で完結してしまっているときです。
「神さま苦しいです。つらいです。でも神さまはにあって私は強い!生かされている恵みを感謝します!」となると、がっかりする。
反対に面白いなあと思うのは、その文章が解決をしないまま、叫びのままに終わっているときです。
「神さまは、どうしてだよ!何でこんな目にあわなくちゃならないんだよ!」と語るならば、
その文章は終わっていない、むしろそこから始まっている。
叫んでいる。
連続している。
神さまに閉じて完結してしまっているのではなく、神さまに向かって開かれて崩壊しているとき、
文章が人間らしくて、生きているように思える。
 
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