新潟県北部の史跡巡り

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分谷内A遺跡/胎内市

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飯豊連峰北部を水源とする胎内川左岸の河岸段丘上の標高100mに立地する。

古くから土器、石器が採集できることで知られていた。

県営ほ場整備事業に先立ち、旧黒川村教育委員会が主体となり平成12年〜13年に調査が行われた。

遺跡は河岸段丘の上下段に展開しており、上段には弥生時代の再送墓、縄文時代の集落跡、

下段に縄文時代後期前葉の南三十稲場式の土器、漆製品の赤漆の櫛、耳飾、漆加工の糸玉、

ランプ形珠漆・漆塗り木製注ぎ具、鉢、皿、赤彩土器のほか、漆加工の原料と

見られる赤い原石、漆入り土器も検出されている。土器は縄文時代早期から弥生時代中期まであり、

全体の90%が南三十稲場式、次いで三十稲場式、関東の堀之内2式土器が全体の6%である。

縄文中期大木9式2%、縄文前期土器1%(10片)程がある。

完全形の土器、漆関係資料は崖側の斜面下で、湧水部分周辺に集中して見つかっている。

他に土偶などの土製品、石器、石製品。黒曜石、蛇紋岩などの搬入品。漁撈具、植物加工用石器、

陸、海獣骨片、とち、くるみなどの種子類がある。

漆製品の片口付き朱塗木製容器2個体と素黒目漆塗り木製容器1個体が出土している。

片口付き漆容器は、縄文時代前期から見られ、埼玉県寿能泥炭層遺跡、富山県桜町遺跡、

群馬県下田遺跡、青森県三内丸山遺跡で類例があるが、本遺跡出土の注ぎ口と把手の付くほぼ完全形の

ものは珍しい。樹種は山桜と鑑定されている。

この2点の漆製品は共判土器の関係から縄文時代後期と見られている。

他に注目遺物として糸玉があり、糸玉の類例として、形状が異なるが

糸状の繊維物質が北海道南茅部郡ハマナス遺跡であり、縄文時代前期と考えられている。

縄文時代後期では忍路土場遺跡、忍路5遺跡がある。新潟県内で

は大武遺跡(縄文前期)、青田遺跡(縄文晩期)である。新潟県内では3遺跡目で、

全国的にみても10遺跡ほどである。

本遺跡から糸玉が3点出土している。

糸玉が耳飾りのすぐ脇から出土しており、

「糸玉は装飾品や、意思伝達の結縄の用途」と考えられているが

耳飾りと糸玉の関連も窺えるという。縄文時代の遺構は複式炉、住居、埋甕などがある。

弥生時代の再葬墓は全国最北端のもので、東海系の水神平式が検出されている。

県内では5例目である。本遺跡では8基確認されている。弥生前期〜中期の再葬墓とみられる。



引用参考文献
2002「分谷内A遺跡」平成13年度概要報告書 黒川村教育委員会
2003「分谷内A遺跡機↓供弭川村教育委員会

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