新潟県立歴史博物館友の会のブログ

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明治5年は旧暦

一昨日、日本の博物館の黎明に関して書いたところ、メールで問い合わせをいただきました。
実は、わかっていて書かなかったことだったのですが、せっかくなのでその説明で1話をやり過ごさせていただこうかと…(汗)。
 
タイトルにもあるとおり、明治5年は旧暦です。でも、一昨日はその日付ですべて説明しました。
翌年の明治6年から新暦になります。今の日付は新暦によるものです。
 
それで、日本の博物館ができたのは明治5年と言うことで、旧暦なわけですから、湯島聖堂で開催された310日も、その後常設化された56日も、新暦ではその日付にならないわけです。
 
事務局Yは、明治4年から明治6年まで欧米に派遣された岩倉使節団について若干の研究をしていて(新潟県立歴史博物館の研究紀要に原稿を書いたりしています)、つまり、明治6年に新暦になるというのは、至極当然の理解だったのですが、でも、日付をどう捉えるかは、その都度考えるわけです。
 
正確に言うと、旧暦の明治5310日は新暦で415日、旧暦の56日は新暦の611日になります。
しかし、ここで考えなければならないのは、「16のつく日」ということ。
明治5年に関して言えば、旧暦の16のつく日は、新暦だと必ずしも1と6に当たるわけではありません(旧61日は77日になる)。そう考えると、「16のつく日」というのに意味をなさなくなります。
そのため、「310日」と呼んだ日と、「56日」と呼んだ日、ということにこそ意味があると考えたのです。
それに、そこまで厳密に設定することを、○○記念日と言われる類のものに求めても、誰が得するとも損するとも思えませんので、わかりやすい説明に留めた(というか、敢えて書かなかった)というのが実情です。
 
また、ちょっと次元の違う話ですが、229日に生まれた人は、228日の次の日だから、29日がない時は31日で誕生日のお祝いをせざるを得ないのでしょうが、では、その人の誕生日は、本当はいつなのでしょう。31日なのでしょうか。それは違って、やはり「229日」と言うべきでしょう。
 
それに、紀元前にも多分なんらかの日付があったのではないかと思いますが、それを紀元後の日付に合わせて言った場合、それって、どれだけ意味があるでしょう?
紀元という前提があるだけで、その前提をもとにそれ以前の日付を言うことなんてあり得ませんので、そう考えると、新暦にしろ旧暦にしろ、その日付はどこかである人がある都合でつけただけなのであって(ユリウスやグレゴリウス13世など)、記念日に対して新暦だから、旧暦だからと厳密に言っても、それで天地がひっくり返るような大問題になることはないと思います。それに、せいぜい1ヶ月程度のことだから、特に大きな問題を引き起こすこともなく、旧暦から新暦に移行したのかもしれませんね。半年違ったらどうなっていたのか(どう考えたか)は、今となってはわかりませんが…。
 
ということで、日本の博物館はいつ始まったの?と聞かれたら、事務局Yはやっぱり「310日」という考え方と「56日」という考え方があるという言い方をします。
 
もちろん、そういった暦の捉え方を強要するつもりはまったくありませんし、明治6年から新暦だ、ということをもとに、人それぞれに説明されればいいと思っている事務局Yでした。
 
 
 
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