新潟県立歴史博物館友の会のブログ

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突然ですが

本日、この記事をもってこのブログの更新を終了します。
 
先日、来年度の人員配置、即ち異動が発表され、事務局Yは友の会の担当から外れることとなりました。
そのため、友の会と関わらなくなるのであって、「新潟県立歴史博物館友の会」のブログに書く理由がなくなりました。
 
ブログそのものは残そうかと思いましたが、事務局Yの私的な部分も多く、次期事務局の方にはブログを再開する場合、新たに立ち上げてもらおうと思います。
 
ということで、1778話までは毎日続けるという目標を立てつつそれが途中で断念せざるを得ないということでは不本意ではありますが、年度末までなどと、しがみつくのもどうかと思いましたので、ここは潔く終了ということにいたします。
 
多くの方にお読みいただき、いろいろと勇気づけられることも多く、感謝しております。
 
ありがとうございました。
 
事務局Y
 
2014年8月1日追記
実はこのブログ終了とともに、事務局Y改め、戦う学芸員Tとして、新規ブログ「博物館学を読む」を開設しています。(Yahooブログで検索すると、すぐに見つかります)
ご興味のある方は、一度訪れてみてください。

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マリンピア日本海

昨年リニューアルオープンしたマリンピア日本海。
今日、ようやく伺ってきました。
 
イメージ 1
 
増設した様子がうかがえました。
 
イメージ 2
 
館内は非常にきれいになっており、楽しいです。
 
イメージ 3
 
トンネル水槽もあり…、
 
イメージ 4
 
「水族館のしくみ」というコーナーでろ過装置の説明があったり…、
 
イメージ 5
 
大水槽の造波装置が見られたりと、水族館というものを知るきっかけになる場も設けられています。
 
オープンの頃、別にマリンピアに行くわけではないのに、近くを通っただけで渋滞にはまりましたが、今は時期的にも余裕があると思います。
 
こういった時期がねらい目と思う事務局Yでした。
 
 

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講座の準備

来週22日に講座「博物館学人物伝その4・博物館学の確立に尽くした人々」が予定されています。
事務局Y担当です。
 
いつでも準備できると思っていたら、あっと言う間にもう1週間ほどになってしまい、焦りだしたところです。
 
そこで久しぶりに取り出したのがこれ。

イメージ 1

戦前から発行された『新美術』の、戦時中は昭和18年に刊行された3冊です。
これが今回の講座に関わってきます。
 
「博物館学」を体系化する姿勢が読み取れる文章があって、それは博物館学の世界で忘れられていた存在だったのですが、それを事務局Yが発見し、博物館学史の1頁として再登場させた経緯があります。「博物館学を遡る」という論文で紹介したことがあるわけです。
 
その内容も交えながら、博物館学の歴史について触れる講座にする予定です。
と言っても、準備はまだこれからが本番。
どういう内容になるのか…(汗)。
ま、なんとか1週間で組み立てたいと思います。
 
ちょっとマニアックな講座だけど、是非博物館学という学問を一般の方にも知っていただきたいと思っている事務局Yでした。

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カムバックサーモン

信濃川火焔街道連携協議会の事業で、カムバックサーモンという事業があります。
34年後に川に帰ってくることを期待して、サケの稚魚を小学生が放流するものです。
 
イメージ 2
 
火焔街道沿いの小学校が対象となっていて、十日町や津南などでも行われていますが、今日は長岡市の小学校が実施しました。
 
今日は、長岡でも川東になるK川沿いのK小学校12年生です。
 
イメージ 4

イメージ 3

全部で15000匹の稚魚を放流しました。
 
イメージ 1
 
中魚沼漁業協同組合さんのご協力でできる事業です。
ありがとうございました。
 
さて、このカムバックサーモン事業も、もう67年実施しています。博学連携にもつながることで、事務局Yも協力させていただいている訳です。
 
でも、本当なら帰って来ているサケがいてもいいはずですが、きちんとした目撃情報はまだ聞かれないようです。
一本先(隣)の川にはサケが上がってきて、結構話題になったとか。
もしかして、先導したサケが慌て者で、一本先の川に入ってしまい、ほかのサケもそれに従ったとか…(笑)。
そんなことはないのでしょうが、今日放流したサケが、子ども達が56年生になった頃に帰ってくることを願ってやまない事務局Yでした。
 
 
 
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明治5年は旧暦

一昨日、日本の博物館の黎明に関して書いたところ、メールで問い合わせをいただきました。
実は、わかっていて書かなかったことだったのですが、せっかくなのでその説明で1話をやり過ごさせていただこうかと…(汗)。
 
タイトルにもあるとおり、明治5年は旧暦です。でも、一昨日はその日付ですべて説明しました。
翌年の明治6年から新暦になります。今の日付は新暦によるものです。
 
それで、日本の博物館ができたのは明治5年と言うことで、旧暦なわけですから、湯島聖堂で開催された310日も、その後常設化された56日も、新暦ではその日付にならないわけです。
 
事務局Yは、明治4年から明治6年まで欧米に派遣された岩倉使節団について若干の研究をしていて(新潟県立歴史博物館の研究紀要に原稿を書いたりしています)、つまり、明治6年に新暦になるというのは、至極当然の理解だったのですが、でも、日付をどう捉えるかは、その都度考えるわけです。
 
正確に言うと、旧暦の明治5310日は新暦で415日、旧暦の56日は新暦の611日になります。
しかし、ここで考えなければならないのは、「16のつく日」ということ。
明治5年に関して言えば、旧暦の16のつく日は、新暦だと必ずしも1と6に当たるわけではありません(旧61日は77日になる)。そう考えると、「16のつく日」というのに意味をなさなくなります。
そのため、「310日」と呼んだ日と、「56日」と呼んだ日、ということにこそ意味があると考えたのです。
それに、そこまで厳密に設定することを、○○記念日と言われる類のものに求めても、誰が得するとも損するとも思えませんので、わかりやすい説明に留めた(というか、敢えて書かなかった)というのが実情です。
 
また、ちょっと次元の違う話ですが、229日に生まれた人は、228日の次の日だから、29日がない時は31日で誕生日のお祝いをせざるを得ないのでしょうが、では、その人の誕生日は、本当はいつなのでしょう。31日なのでしょうか。それは違って、やはり「229日」と言うべきでしょう。
 
それに、紀元前にも多分なんらかの日付があったのではないかと思いますが、それを紀元後の日付に合わせて言った場合、それって、どれだけ意味があるでしょう?
紀元という前提があるだけで、その前提をもとにそれ以前の日付を言うことなんてあり得ませんので、そう考えると、新暦にしろ旧暦にしろ、その日付はどこかである人がある都合でつけただけなのであって(ユリウスやグレゴリウス13世など)、記念日に対して新暦だから、旧暦だからと厳密に言っても、それで天地がひっくり返るような大問題になることはないと思います。それに、せいぜい1ヶ月程度のことだから、特に大きな問題を引き起こすこともなく、旧暦から新暦に移行したのかもしれませんね。半年違ったらどうなっていたのか(どう考えたか)は、今となってはわかりませんが…。
 
ということで、日本の博物館はいつ始まったの?と聞かれたら、事務局Yはやっぱり「310日」という考え方と「56日」という考え方があるという言い方をします。
 
もちろん、そういった暦の捉え方を強要するつもりはまったくありませんし、明治6年から新暦だ、ということをもとに、人それぞれに説明されればいいと思っている事務局Yでした。
 
 
 
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