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希望を与える人 俳優・権海孝(上)

−朝鮮学校を支援する<モンダンヨンピル>の活動を中心に−
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 詩人が詩を通じて言う「人だけが希望」だという言葉にふさわしい人がどれほどいるだろうか。「希望に満ちた人はそれ自体が希望」であり、「本当に良い人は、それ自体がすでに良い世界」である人。そして、「人の中に入って」いて、「人から始まる」希望を与えてくれる人。パク・ノヘ詩人の「人だけが希望だ」にぴったりの人に出会うことは、実に楽しく、胸がワクワクする。
 俳優・権海孝(クォン・ヘヒョ)。明るく笑う彼を見ていると、自然と気分がよくなる。正真正銘の俳優だが、学校の前にある気立ての良い文房具店のおじさんのような感じか?悪気などまったくないように見える彼は、デビューからかなり経つ中堅俳優だ。彼が演じる役は、ほとんどが堅実で正義感のある役だったと記憶している。彼の声と表情は、観客に信頼感をもたらす。だからなのか、放送の司会を務める彼の言葉は、ほとんどが信頼できる。時々聞こえてくるナレーションもそうだ。
 しかし、単に信頼できる容貌と声を持っているだけではない。彼は自分の職業である俳優としても忠実だが、この地で生きていく一人の人間として温かい仕事を実践してきた人でもあるからだ。
 分断国家である韓国で、俳優がいわゆる進歩的な(?)行いをすることは、不利益を甘受する勇気を持たなければできない。公人である以前に国民としての自分の考えさえ自由に表明するのがはばかられ、「ブラックリスト芸術人」と烙印を押されようものなら様々な職業上の被害を被ることもあるということは、一連の事例を通じてよく知られている。
 彼は俳優としても堂々としているが、一個人としても堂々と、自分のすべきことをして声を上げてきた。だからと言って、ある政治的な目的を掲げるわけでもない。人間に対する温かさと、共に生きていく社会であることを願う普遍的な人間愛を持っている大韓民国の一人の人間として、堂々とその役割を果たしている。
 社会的弱者の声に耳を傾け、不条理に対してあるがままに語ることのできる勇気を見せる彼が特に声を強くあげてきたことは、韓国と日本の清算されない歴史だった。彼は、日本軍「慰安婦」被害者のハルモニに対する関心を1人デモで示し、水曜デモにも参加した。
 彼は、日本の軍国主義によって起きた戦争の渦中で朝鮮の多くの人々が経験し、いまだに治癒していない傷に痛みを感じていて、その気持ちを具体的に見せているのが、育ちゆく未来の世代のための朝鮮学校だ。
 韓国社会に「朝鮮学校」を知らせ、日本の市民団体と協力して朝鮮学校が置かれた差別的な状況を解決するために、市民が共に作っていく非営利民間団体である<モンダンヨンピル>の代表を務め、多様な活動を展開している。彼とモンダンヨンピルのカフェで会った。
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<モンダンヨンピル>の代表として熱心に活動しているが。
−これまで肩書をもったことはなかったが、90年代の中盤に、全教組(全国教職員労働組合)の先生と学生が参加した青少年夏休みキャンプがきっかけとなってできた<青少年の希望>という団体があるが、そこの理事を長くやった。毎年、文化キャンプをしているが、ここから分かれて中学・高校の青少年を支援する団体、一種の文化芸術の課外教室と言える青少年芸術文化センターができ、そこの理事長の肩書を持っている。もともと、ト・ジョンファン先生が理事長をしていて、ト先生が国会議員になった後、私が理事長をしている。そしてモンダンヨンピルの代表も兼ねている。
 
朝鮮学校との縁はいつから?
−朝鮮学校と実際に初めて出会ったのは2002年だ。
 
どんなきっかけで?
615共同宣言(※)実践のために南北間の民間レベルの交流がたくさん行われたが、南北の女性、そして統一運動に取り組んで苦労をした南北青年学生の統一大会が金剛山であった。そこに参加した。北から500人、南から450人、海外から数百人が集まった。たいした人数だ。南からも北からも公演団が来て、合同公演をした。私は当時、公演団の司会として参加した。
 
韓国の分断のために、俳優や公人の活動はいくら金大中政府の時代だと言っても簡単ではなかっただろうが。
−そうは思わなかった。2002年だったから、共同宣言から2年しか経っていなかった。自分たちの世代で統一が可能だと、希望のようなものがあった時期だった。統一時代の最初の世代になるかも知れないという希望があった。その時、南北の青年の出会いがあったが、自分にとって印象的だったのが、在日朝鮮人の大学生だった。
 
どんな点が印象的だったのか。
−漠然とした表現だが、目が違うと言うか。南北の青年を見ると、感じが少し違っていた。北朝鮮という閉鎖性を考えると、北の代表の青年学生は思想的に組織された人々とすれば、南の青年は自由だが、一方では必要以上の希望を持っている人もいた。
 ところが、日本から来た青年たちは特別だった。最も記憶に残っているのが、別れる日のことだ。23日の日程を終えて別れる時、南北の青年はちっとも泣かなかった。むしろ「ソウルで会おう」「兄貴、ソウルで会おうなあ」という雰囲気だった。しかし、その瞬間、慟哭する人々がまさに朝鮮学校の青年たちだった。
 あの子、なんで泣くんだ?その時にメールアドレスを交換した。わずか20分ほどの陸路を通らずに船に乗って遠回りをし、束草に戻って来る船の中でメールを見ている時、「これからはメールで連絡すると利敵団体との通信になる」と友人が言った。その不条理を考えると、それから1週間、あの泣いている姿がちらついて、仕事が手につかなかった。それが初めての出会いだった。
 その後、2004年に<冬のソナタ>(主人公のペ・ヨンジュンの大学の先輩として出演)に出て、ショービジネスや芸能ビジネスなどで日本を訪れたが、ふと朝鮮学校の子どもたちが思い出されて、学校を訪問した。ちょうどその頃、大学時代の友人で映画<ウリハッキョ>を作った金明俊監督から「映画を作った」という連絡をもらい、映画<ウリハッキョ>を通じて朝鮮学校を本格的に訪問することになった。
 
その時、朝鮮学校の学生が慟哭したのは何だったのか。
−日本社会の中で朝鮮人として生きること、朝鮮学校に通うことは、自らマイノリティになることを選択することだ。小さい子どもたちが朝鮮学校に入学する風景は、私たちが想像するのとは違う。みな泣いて嫌がる。日本の他の学校は施設もきれいだし、お金も出さずに通えるのに。朝鮮学校はバスや電車に乗って何時間もかかる。両親と離れて7歳で寄宿舎に入ったりもする。
 子どもたちは、朝鮮学校に通いながらアイデンティティについて悩むようになる。日本の中で差別の歴史を体験してだ。日本での社会生活や家の中で母とも日本語で会話する子どもたちだが、アイデンティティに対する苦悩がどれほど熾烈であるか。
 こんな子どもたちが統一についてたくさん話を聞いて育ち、大学生になって南北の青年が集まって統一大会をすると聞いてやって来たのだ。この瞬間が彼らにとってどれほど夢のようだったか。周りを見渡してもみなウリマルを使っているし。とても想像できない時間だった。
 ちょうど別れるその瞬間、私たちは南であれ北であれ帰る家がある。だが、この子たちはまた日本の地に帰って行くわけだから、複雑な感情ではなかったのだろうか。あの子たちにとっての別れは、私たちの別れとは性格が違っていた。
 
幼い7,8歳で学校に入学した子どもが大学生になるまで、祖国に対する愛情をどうやって維持できるのか、親に反発する反発もあるだろうに。
−それは「ケース」によって違う。しかし、朝鮮学校の教育方式自体が特別だ。日本も韓国も競争教育をする一方で、朝鮮学校は共同体に対する献身を教える。日本の学校もクラブ活動が盛んだが、朝鮮学校は特にクラブ活動が活発だ。
 また、日本社会の中で朝鮮学校が受ける差別は在日同胞が経てきた差別の歴史と同じであるため、このような差別が結束を呼ぶ。朝鮮学校に通う子どもたちには、私が同胞社会の中心だという意識がある。ご存知のように、1945年に解放された時、日本には200万人の朝鮮人がいた。当時、朝鮮半島の南北を合わせて人口が2500万に満たなかった時代だ。これは日本政府による公式の数字であり、非公式はもっと多い。
 そのうち、祖国に帰れずに日本に残った人が70万人いたが、当時、部屋一つもろくになかった人々がまず取り組んだことが、学校を作ることだった。「子どもたちがウリマルを忘れたらだめだ」と考えたのだ。当時の朝鮮人は、日本社会で「不可触賤民」よりも低い待遇を受けていたから、どれほど生活が苦しかったことか。それでも子どもたちが学校の運動場で遊ぶのを見て元気になって働いた、そんな同胞社会だった。だから自然と学校は同胞社会の中心になった。子どもたちも「母さんと父さんがここで生きていく力」が自分たちだということを知っている。実際は、幼い子どもたちには重荷でもあるが。
 
モンダンヨンピルの活動をしながら日本の朝鮮学校に通い続けているが、どんな反応だったか。
−本格的な活動は、2011年の地震(東日本大震災)からだ。それ以前は、朝鮮学校に行き来する音楽家、写真作家、映画人らが作る任意団体があった。本を送る団体。あるいは「朝鮮学校」映画ファンクラブ等々。あちこちの学校に応援公演をして回った。音楽家と合同でコンサートをしたこともある。学校の状況がたいへんな地域では、同胞を集めて「ディナーショー」のようなこともした。食事チケット代で基金を作って募金したり。その頃は<冬のソナタ>のブームがあって力づけられた。そしてモンダンヨンピルができて…来年(2017年)の春には満6年。月日が経つのは早い。

モンダンヨンピルの前には個人的にたくさん支援をしたのか。
−「個人的に支援をした」のではなく、好きでやったことだ。訪問したり機会がある時に力になれることがあれば一緒にした。時々、自費をはたいて音楽チームを作り、飛行機代や宿泊代をねん出しなければならないこともあった。

費用がかなりかかると思うが、最高でいくらかかった?
−朝鮮学校がある学群がある。学群を中心に回るのだが、一回で35004000(万ウォン?)ほどかかる。小規模で行けば半分ほどになることもある。今は会員の会費でまかなっている。必要に応じて自費で行く場合もあり、関心がある組織や団体が同行することもある。

あちら側の反応は?
−基本的には喜んで有難がってくれる。最初は「なんでまたここに?」という雰囲気だったが。民主政権の10年間はこちらに力があって、朝鮮学校の訪問に問題はなかった。しかし、キャンドル政局が終わって、MB(李明博)政権が行った民間人査察や一種の脅しがあったりした。朝鮮学校を訪問することに対して「色」をつける等々。

行けないこともあるのか。
−そうだ。李明博、朴槿恵政権で計3回ほどある。敏感な話になるが。朝鮮学校と言うところは朝鮮総連の傘下教育機関だ。ところが面白いことに、朝鮮学校の構成員の60%は韓国の国籍だ。そんな状態は考慮せずに。国家保安法上の会合だとか潜入だとか鼓舞賛揚だとか、取ってつけられる。
 ところで、南北交流協力法で民間レベルの対北接触が許可制から申告制になって久しい。第16代国会の時に発議されて作られたものだが、ハンナラ党が但し書きの条項を加えて、許可制ではない申告制なのに、申告を拒否したり申告の受付を拒否することができる。つまり、私たちが「こんな交流をする予定だ」と言えば方法は二つだ。申告を受け付けた後に「だめだ」と通告したり、受付自体を拒否する。受付申告がされない状態になり、行って来ると南北交流協力法が適用されて過料が課せられる。私は過料を払ったことはない。
 しかし、そういうやり方で、民主労総などは過料を払ったこともある。1人当たり200万ウォンほど?笑わせる話だ。そして今回も、学生数7人の福島原発被害地域の隣にある茨城を訪問したが、学校の中に入れずに、校門の前で子どもたちの手をとって写真を撮った。あのカンカン照りの中で、学校を放っておいて公園で会ったりもした。

学校に入っていくのはダメなのか。
−そういうことだ。入っていくと利敵団体の空間に入ったことと同じになるわけだ。

そんな時、学生の反応はどうか。
−子どもの立場からするとどれほど惨めなことか。自分たちを敵として扱う韓国は何で、訪ねてきた人は何者?朝鮮学校を卒業して韓国の大学に留学する子どもがたくさんいる。この子たちは、朝鮮学校の出身だということも言えない。在米同胞などは韓国語がたどたどしくても「韓国語が上手だね!」と褒める。ところが、在日同胞がたどたどしい韓国語を話すと「チョッパリ(日本人に対する蔑称)」などと言ってからかう。私たちの社会の中にも差別がある。

インターネットを検索すると、極右団体のネットカフェに権海孝さんを名指しで「朝鮮総連」「アカ」などと書いているが、テロや脅迫などはあるか。
−そこまではない。私はSNSをやらないのでよくわからない。気にせずやっている。
  枝川の東京朝鮮第2初級学校というところがある。ゴミ捨て場を学校にして50年以上経った所だが、2007年に極右政治家の東京都知事が「学校を明け渡せ」と言い出した。当時、韓国の文化芸術人と市民団体が協力し、国会と政府も力を集めて問題を解決した。日本政府と合意して安い費用で土地を買い取り、その校門の前の壁を一緒に整備したりした。この学校に、南と北、在日同胞、日本の市民・社会団体が寄与したわけだ。東北アジアの平和を象徴することだ。
(続く)
※615共同宣言:20002年に大韓民国の金大中大統領と朝鮮民主主義人民共和国の金正日国防委員長との間で締結された合意文書。南北朝鮮の統一について「自主・平和・民族大団結」の三大原則を確認し、離散家族の再会、経済協力や社会・文化など様々な分野での交流の促進などについて合意された。

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