れもんの徒然日記

さりげない日常の中で、平和をつくりだすことは?

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私に優しくして下さっていた、100才のタエコさんが他界された。
確か4年前、広島から東京で仕事をされている息子さんのところに行かれた。
若い日、息子さんを女手一つで育てられた、こともお聞きした。
とにかく逞しい人。
よく食べるし、おしゃべりをする。人やいろんなことに関心を持っておられる。
いつもタエコさんの年令をふっと忘れていた。
マンションは公園のそばにあって、いつもあたりを散歩していること。
教会には乗り物を乗り継いで息子さんの同伴で、行かれていたことも聞いた
「東京に遊びにいらっしゃいよ」とタエコさん。
数年前は、従姉妹たちが住んでいる東京に行っていたが、最近は東京に行くことはない。
新しい地で、逞しく生活しているタエコさんを想像して嬉しかった。
高齢になって、新しい地で生活することは、誰にでも出来ないと思う。
私が、ちょっと愚痴を言うと、「あなたはお嬢さんじゃけえね」とケラケラ笑っておられた。
私、お嬢さんではないよ、苦労しているよ、と内心で思いながら、タエコさんの言葉を受け止めていた。
今思う「人生は苦労の連続だと」苦労があるから、人間として成長しているのだと。
タエコさんの言われた言葉の深い意味を今更ながら、感じている。

東京行きが分かった時、南部教会からの帰り、同じ方向に帰る、タエコさんが娘の車に同乗した。
宇品のパンカフェに一緒に行った。
タエコさんは嬉しそうだった。
先日も、そのカフェを訪れたとき、陸がその時のことを覚えていた。

安川が流れる傍に、「らくだ」というカフェがあった。美しい心配りのある姉妹が経営していて、タエコさんは、「らくだ」のファンになった。
モーニングやランチのメニューも、美しくて美味しかったし、ラクダの模様を描いたカフェオーレは、美味しさが抜群だった。
タエコさんは、カフェオーレが大好きだった。
同じ安佐南区在住だったエツさんと、三人で行ったこともある。
そのうち経営されていた姉妹のお姉さんが、病魔に侵され他界されて、「らくだ」は閉店になった。
タエコさんは、いつも姉妹と別れて店を辞せる時、カウンターにおられる妹さんと、はぐされていた、
三人で「そのうち行こうね」と話していたのに、三人でいく二度目は実現しなかった。
しかし、タエコさんとは数回行って、タエコさんは友人や、広島に来られた親族とも。ラクダに行かれたとお聞きした。
タエコさんの人生にとって、「らくだ」の店の総ガラスの窓から見える風景は、宝物だったのだと思う。
「あなたはお嬢さん」そういわれた言葉。
私、これからいろんなことに出会っても、くじけないよ。
有難う、タエコさん。


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