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ポジティブ心理学は現状の改善を目指すが、社会自体の改革を目論むものではなく、その実践は現行の制度と共存する形で導入される。

<国家プロジェクトとしてポジティブ心理学を導入している国もある>

ポジティブ心理学とは「よい人生」について科学的に探究し、その実現に向けて心理学的介入を試みていく学問だ。1998年に当時の米国心理学会会長でもあった米ペンシルベニア大学のM・セリグマン博士が創設した。

「よい人生」という表現から誤解が伴ってもいけないのだが、同博士が強調することとして、ポジティブ心理学の課題は「既存の競争主義や成果主義を否定することなく、個人と制度両面への有機的アプローチを図りながら、ウェル・ビーイング(いわゆる幸せや生き甲斐)を育んでいく」ことにある。

つまり、ポジティブ心理学は現状の改善を目指すが、社会自体の改革を目論むものではなく、その実践は現行の制度と共存する形で導入される。職場の文脈で言えば、従業員個人および組織の生産性を上げると同時に、仕事への満足度を高めることが主眼となるが、生産的であることと満足感を味わうことが排他的な関係とはならないような価値志向の創出も焦点となる。

具体的には図1をご覧いただきたい。ポジティブ心理学が主な対象とするのは同図の右半分の、労働人口にして大半の人々が関係する(あるいは関係せざるをえない)領域に属する事柄だ。たとえば個人レベルでは、いかにいきいきと生きるか、組織レベルでは、いかに組織を繁栄させるか、非の打ちどころのないところまで仕事の質を高めていくかといった内容である。

従来の心理学が左半分の領域、つまり病理学および組織のネガティブな面に関わる問題を専門としていたのに対し、ポジティブ心理学としてようやく右半分の領域に取り組み始めたことになるが、左半分の領域の問題が先行して人々の関心を集めたのにはそれなりの理由がある。人間には往々にしてネガティブなものにまず目を向け、そこに執着する性向がある。それは一つには自らの生存を脅かすという危機感から発せられるもので、心理学という一学問領域も決して例外ではなかった。
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しかしながら、社会には危機を管理するのと同時に繁栄を維持し、またさらなる繁栄を目指すという課題もあるはずだ。ただし、図1にあるように、病気ではないことが健康だとは言えないように、健康であることが必ずしもいきいきとした生き方に繋がるとは限らないし、健全な組織運営が行われていてもそれは繁栄状態とは同義ではない。つまり、それぞれの状態の間にはギャップがある。そこで、ポジティブ心理学研究では、健康といきいきとした生き方との間のギャップ、健全な組織と繁栄している組織との間のギャップなど、いわば「正のギャップ」の解明を行っていくことになる。

さらなる繁栄という時代の要請に対して、これからの心理学がどう応えていくのか。セリグマン博士は「フロイトの時代にはその時代なりの課題があった。我々の時代には我々の時代なりの課題に対応できる心理学が必要だ」と述べている。

ところで、ポジティブ心理学という名称については、ポジティブ思考(ポジティブシンキング)や幸せ研究といった触れ込みで耳にしたことのある方もおられると思う。あるいは、当分野の邦訳書を書店の自己啓発書コーナーで手にされた方も少なくないだろう。

また、これはわが国特有の傾向であるが、初期の頃に健康心理学との関連で紹介されたことから、メンタルヘルスに関する新傾向の学問かとの当たりを付けている方がおられてもおかしくはない。果ては一時的な流行りものとも、はたまた新手の勧誘の類とも取られることも少なくなく、第一、ポジティブなんて甘ちゃんの戯言のようで何だか……と懐疑的な印象を抱く方々が大半というのも想像に難くない状況だ。

確かに、今日わが国で認知されているレベルでは、ポジティブ心理学と聞いて首を傾げるほうがむしろ健全な反応とも言えなくもない。ところが、ポジティブ心理学は今や大きな潮流として世界的な盛り上がりを見せている。実際、世界各地にポジティブ心理学のネットワークが形成され、例年どこかの国で国際会議が開催されている。2009年の6月には、米ペンシルベニア州で世界50カ国以上から1500人以上(うち4割が米国外)が参加しての大規模な国際会議が開催され、当分野の揺るぎない成功を力強く印象づけた。

また、米国のほか英国や豪州など、国家プロジェクトとして政府主導でポジティブ心理学の実践導入に積極的に取り組む国も少なからず出てきている。具体的には教育機関を中心に、企業組織や医療機関など多岐にわたる現場での導入が推進されており、確実な成果を挙げるに至っている。最新の動向としては、セリグマン博士が米国防総省のアドバイザーに任命され、軍隊に導入を図るべく準備が進められている。

ポジティブ心理学はこのように今まさに順風満帆といった状況なのだが、当分野の急激な発展を支えるものに「幸福(ハッピネス)は売れる」といった安易な商業主義が色濃く絡んでいる、といった批判がある。「ポジティブ心理学」という少々エキセントリックな響きにまつわる面白おかしいイメージや、目先の新しさに悪乗りした商業主義も見受けられる。

こうした問題点を指摘しながらもあえて述べるのだが、ポジティブ心理学の内容の実際やそのダイナミズムがわが国においてほとんど知られていないのは大変残念なことであり、現状のような圧倒的に少ない情報量に加え、誤解や皮相的解釈などに右往左往し、結局はこの分野に見切りをつけてしまうといったことがあるとすればそれはもったいない話であろう。

<ポジティブ度が高い人は高年収が多い!?>
それにしても「よい人生」の実現とは何とも抽象的で漠としたものではないかと思われる節もあるかもしれない。しかし、ポジティブ心理学は科学的実証に基づくことを主たる特長とし、いずれの研究対象も測定可能かつ介入可能な検討項目として具体化されるに至る。逆に言えば、科学的検証に耐えうるかどうかでポジティブ心理学とその他の心理学との線引きが成されている。また、ポジティブ心理学のもう一つの特長に、基礎研究と応用とが連動しているという事実がある。現場での実践導入の成果は統計的データとして解析され、さらなる研究の進展に活かされるという相互フィードバックを続けながら学問領域の発展を支えている。

私たちが「自分の人生はよい人生だ」と実感するときの心の状態とはどのようなものだろうか。米ノースカロライナ大学のB・フレデリクソン博士は「ポジティブ感情」という感情の役割に注目した。ポジティブな感情には多種多様あり、楽しみ事に伴う高揚感や喜びもあれば、満足感や充実感から来る心の静穏もある。興味関心や好奇心などもポジティブな感情だし、愛情や感謝もそうだ。同博士の研究が画期的なのは、ポジティブ感情には人間の注意力、認識力、行動力の幅を拡げる効果があるのに加え、身体的、知的、社会的資源を形成する力があるという「拡張−形成理論」を導いたことである。
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ここで、ポジティブ感情が年収などの社会的資源、寿命に代表される身体的資源を形成する力があることを証明した2つの調査結果を紹介する。

図2はイリノイ大学のE・ディーナー博士がある大学の卒業生を対象に行った調査から、大学入学時の性格のポジティブ度(ポジティブ感情を示す度合いを測定したもの)と、卒業して19年後の収入との関係を示したグラフだが、最もポジティブ度の高かった学生たちとそうでなかった学生たちとの間に平均年収にして1万5000ドルの開きが出たことが判明した。
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また図3は「尼さん研究」として有名なものだが、修道院という閉鎖的な場所に暮らし、生活環境が同じであることから研究対象として好都合な尼僧たちを調査した結果、最もポジティブ度の高かった尼僧たちと最も低かった尼僧たちとでは生存率に大きな開きが見られることがわかった。

ポジティブ感情を高めることが個人のみならず組織のパフォーマンス向上にも有益であることを示したのは、心理学者で企業コンサルタントでもあるM・ロサダ博士だ。ロサダ博士はフレデリクソン博士のポジティブ感情の研究に基づき、企業を対象に一歩踏み込んだ研究をしてある発見に至った。

ロサダ博士の研究チームは、60のマネジメントチームがそれぞれ年間の経営目標や戦略を組み立てる様子を会議室のマジックミラー越しに観察し、各チームがどのような言葉を用いて議論したかに注目して(1)ポジティブかネガティブか(励ましなど協力的で前向きな言葉が聞かれたか、または皮肉や嫌味などの後ろ向きの言葉が聞かれたか)、(2)自分向きか他人向きか(目の前の発言者やグループに言及したか、またはその場に不在で自社にも関係のない人物やグループに言及したか)、(3)探求か弁護か(状況改善に向けて質問を行ったか、または発言者自身に偏る議論に終始したか)、という3つのチェックポイントから分析した。

その結果、60のチームのうち25%に相当する15のチームをハイパフォーマンスチームとして特定したのだが、彼らは確かに生産性、顧客満足度、上司や部下、同僚からの社内評価という3つの主要な経営指標においても高得点をマークした。さらにこれらのチームについてポジティブ感情(P)とネガティブ感情(N)の割合を算出したところ、P:N=約6:1という、ポジティブ感情が際立つ形での比率が見られた(ただし、ポジティブ度が高ければ高いほどよいということはなく、あまりに高い値では逆に障害が出る)。

ちなみにいずれの経営指標でも低い得点を見せた、全体の30%に相当する18のローパフォーマンスチームでは、ポジティブ感情比が1を割ってP:N=約0.75:1(ちなみに離婚に至る夫婦の場合はP=0.5)、そして経営指標の得点にばらつきが見られた残りの混合型チームにおいてはP:N=約2:1という比率が算出された。
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図4はロサダ博士がこのときの3タイプのパフォーマンスチームについて数学モデルを用いてグラフ化したものだ。P/N比を検討していくと、数学の世界では真実が美として表現されることを想起させられるかのような美しい蝶のような形が浮かび出る。結果的に、平均レベルで人間がうまく機能するためにはP:N=約3:1の割合を保つことが重要であることがこの研究から判明したのだが、社員がうまく機能するP/N比の実現を目指して、ポジティブ度を上は約3(またはそれ以上)から下は約1という「ロサダ・ゾーン」を目安にしての企業向けトレーニングが行われ、成果を挙げている。

今回はほんの一例に留まったが、現在のポジティブ心理学研究は、不況下の個人と組織に対する取り組みに集中している。機会を改め、具体的な導入事例をデータと共にご紹介したい。

ペンシルベニア大学ポジティブ心理学センター客員研究員 宇野カオリ
三河武士団は、サポーターとは言うものの、家康がバカなことをやろうとすればきつく戒めたし、思い上がった言動を取れば本気で頭を叩いた。

<諦めないためには周囲のサポートが必要>

ひとりぼっちで生きている人間にとって諦めないことはとても難しい。逆に言えば、物事を諦めないためには、周囲のサポートが絶対に必要である。

これは歴史上の人物の生きざまを見ても明らかなことだ。たとえば、戦国武将を代表する信長、秀吉、家康の3人。最後まで諦めなかった家康が天下統一という大事業を成し遂げたわけだが、なぜ家康にその偉業が可能だったかといえば、家康には三河武士団という強力なサポーターが存在したからだ。

三河武士団は、サポーターとは言うものの、家康がバカなことをやろうとすればきつく戒めたし、思い上がった言動を取れば本気で頭を叩いた。周囲の人々の親身の諌言を受け入れることで、家康の人間性は練り上げられていった。

では、信長、秀吉はどうか。信長は子供の頃から手のつけられない“うつけもの”だったが、守役だった平手政秀が信長の奇行を諌めた。そのお陰で、信長はまっとうな人間として成長することができた。しかし、平手は自害を遂げてしまう。信長を命がけで諌めるための自害だったという説もあるが、いずれにせよ、信長は平手という最良のサポーターを若くして失ってしまった。

一方、秀吉には、黒田官兵衛と竹中半兵衛という優れた側近がいた。半兵衛は長篠の戦いで武田勢の陽動作戦を見破り、秀吉の命令に背いてまで兵を動かさず、結果として秀吉を救っている。だが、半兵衛は若くして病没してしまう。半兵衛のようなサポーターが長生きしていれば、秀吉は朝鮮征伐などという暴挙に出ることはなかっただろう。

「諦めない」ということを心理学的に定義してみれば、感情の安定性が高い状態だと言える。人間の感情は常に揺れるものだ。高揚することもあれば、ドーンと落ち込むこともある。しかし、感情の安定性が高いと、すぐノーマルなポジションに戻ることができる。反対に、感情の安定性が低いと、1回戦に負けただけで「俺はなんてダメな武将なんだ」と投げやりになってしまったり、1回戦に勝っただけで「俺は戦の天才かもしれない」などと慢心してしまうことになる。

感情が大きく揺れてもすぐ元に戻るためには、思考の柔軟性が必要だ。これを心理学用語でレジリエンス(困難な環境を生き抜く適応能力)と呼ぶ。レジリエンスはいかにすれば獲得できるかと言えば、自助努力では不可能なのだ。周囲の人々の言葉に耳を傾け、それを受け入れることでしか思考の柔軟性は獲得できない。やはり大切なのは、優れたサポーターを持っているかどうかなのである。『貞観政要』という書を残した唐の名君・太宗は、わざわざ自分を諌めてくれる「諌臣」という役職まで創設して、家臣から諌めてもらっていた。『貞観政要』は、太宗に対する苦言・諌言集であり、太宗は相当な諌められ好き、すなわちレジリエンスの高い人物だったと言える。
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困難な状況にもかかわらず、うまく適応する過程、能力、結果のこと。落ち込んでもすぐに立ち直り、また成功して一時は大喜びしてもすぐに冷静になれる、弾力性を持ったしなやかな強さである。自分で感情をコントロールするのは難しいので、周囲に諌めてくれる人を置き、耳を傾けるのがよい。戦国武将では、三河武士団に怒られ怒られ、堪え忍んできた家康が最後には勝った。

心理学者 内藤諠人
<今日の100円か、1年後の150円か>
今日100円を受け取るか、1年後に同じ100円を受け取るかと言われれば、誰でも今日受け取ったほうがいいと言うだろう。しかし、現在の100円と1年後の110円とどちらがいいかと言われたらどうするか。さらに、1年後の金額を130円にしたらどうだろう……。

こんなふうに受け取れる金額を少しずつ増やし、いくらまで上げれば1年待てるかを調査する。例えば、今日の100円と1年後の150円が満足できる等価だったとしよう。この比率が「時間割引率」になる。

時間割引率とは、将来を「割り引く」割合のことだ。現在の利得と将来の利得の交換比率を表すが、その比率は利子率で測るので先の例でいえば今日の100円と1年後の150円が等価だったとすれば、割引率は50%となる。

冷静に考えれば、100円より150円のほうが、価値が高い。それならば今日我慢して、1年後に150円を受け取ったほうがいいと思うはずだ。しかし、人間は誰しも、将来の利益より、目先の利益を優先する傾向を持っている。時間割引率はそんな人間の「せっかち度」を測るモノサシでもある。

人間なら、誰しもある程度はせっかちな性癖を持っているものだ。そもそも人類に農耕という、長期的な利益を待つシステムが確立される以前の社会では、将来のことなどより、目の前のチャンスを逃さない人のほうが生き残る確率が高かった。人間がせっかちなのはこの頃の名残であると考えられる。人間だけではなく、ハトやネズミのような動物も同じような性向を持つ。

ただし、せっかちの度合いには明らかに個人差がある。せっかち度、すなわち時間割引率が高い人ほど、近視眼的な行動に走りやすい。

<せっかちな人の利点はどこにある?>
わかりやすい例をあげよう。ストレスの多い現代社会で、イライラを手っ取り早く解消するために煙草を一服、という人は多い。ところが喫煙は肺がんなどを含めた健康リスクを高めることはすでに科学的に証明されており、よく知られている。

こう考えると喫煙は、目先の、満足(ストレス解消)と引き換えに将来の利益(健康)を低めることになりかねない。それでも煙草を吸うという行為は、まさにせっかちな行為である。

喫煙という行為の度合いと、時間割引率の相関性を調査してみた。

まず、煙草を吸う人とまったく吸わない人を比較してみよう。現在の100円と1年後の等価は、煙草を吸う人(全喫煙者)は平均216円。対して煙草を吸わない人(全非喫煙者)の平均値は169円である。時間割引率に換算すると、煙草を吸わない人の69%に対して、吸う人は実に116%と非常に高くなっている。煙草を吸う人は全般的に、未来より現在の価値や利益をより重視しているという結果が出たことになる。

また、たまに煙草を吸う人(軽度喫煙者)よりヘビースモーカー(高度喫煙者)のほうがより時間割引率は高くなる(図参照)。
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ここまでの結果から、もっとも時間割引率の低いグループは、煙草を吸ったことのない人(生涯非喫煙者)だろうと想像できる。ところが意外なことに、喫煙経験があるが、すでに禁煙に成功した人(過去喫煙者)が、もっとも時間割引率が低いのだ。1年後の等価は158円である。

なぜ禁煙に成功した人が一番忍耐力が強いのだろうか。やはり、「艱難汝を珠にす」なのだろう。一度煙草にハマった人が禁煙するのはそれなりに難しいはずだ。それを見事克服したということは、目先の欲におぼれないという人生の戒めを肌で覚えたということではないだろうか。その成功体験が、かつて高かったはずの時間割引率を大幅に下げたと考えられる。

禁煙に成功した人は時間割引率が下がるだけでなく、リスクに対してもより慎重になる傾向が強いことも明らかになっている。過去喫煙者のリスク回避度は0.279(等価は262円)となっている。ちなみに、禁煙失敗者では0.092(同215円)と、リスク回避度はきわめて低いという結果が出ている。

喫煙だけでなく、過度の飲酒や過食といった嗜癖にも同じことがいえる。目先の利益にせっかちな人ほど、酒や煙草、甘いものなどにおぼれやすい。しかし、一度それを克服した人は、嗜癖がなかった人よりも我慢することを覚える。

時間割引率が高い人は仕事でも目先の儲けに集中しがちだ。例えば金融商品のリスクをきちんと説明しないまま売りつけたり、詐欺まがいの商品をとりあえず販売して、その後のフォローや顧客への弊害は考えないといった手法を取りやすくなるといえよう。

一方、時間割引率が低い人なら、商品のいいところと悪いところをきちんと説明したうえで、納得してもらって購入してもらうだろう。短期的な利益は最大化しなくとも、長い目で見てたくさんの顧客を獲得する行動につながる可能性が高いからだ。

せっかちであり、時間割引率が高いことそのものは、必ずしも当人にとってマイナスであるわけではない。毎日大量の煙草を吸ったり、過度の飲酒をすることで健康を害したり、寿命が短くなったとしても、「太く短く、今を楽しむ人生が理想的」と考える人にとっては、なんら問題を生まないといえるだろう。

「今、商品が売れれば、先のことなんてどうでもいい」といった近視眼的な仕事をする人にも同じことがいえる。当人に罪悪感がなく、儲けられるときに可能な限り儲け、そのお金で残りの時間を贅沢に楽しく過ごすことが人生の目標であると考えているなら、時間割引率が高いことはプラスに働くといってよい。

<金融危機から学んだ人、学ばない人>
ただ、ここにまったく問題が生じないわけではない。目先の利益に振り回される人は、結局、将来的に後悔する可能性が高いことが証明されている。実際に健康を害してから、あのとき禁煙しておけばよかったと考える。または、顧客に愛想を尽かされてから、詐欺的な商法を取ったことを悔やむ確率は非常に高い。当然ながら、「覆水盆に返らず」と考えるなら、やはり、時間割引率が高い人は注意を要するということになるだろう。

昨年のリーマン・ショックも、ある意味、時間割引率が高い人々による近視眼的な経営と仕事、はては日常生活の破綻がもたらしたものといえるだろう。すくなからず、後悔している人々も多いはずだ。

しかし、前述の禁煙成功者の例から考えると、一度は、目先の利益に強くおぼれたとしても、その弊害を痛感し、せっかちな性癖を見事克服した人は、もっとも時間割引率が低くなる。

だからこそ、今回の危機に何らかの形で加担してきたとしても、それが世界にもたらした負の結果から十分学び、考えを改めることができた人こそ、より長期的な利益に向かって軌道修正できる確率がもっとも高いといえるだろう。

京都大学大学院経済学研究科教授 依田高典
素晴らしいアイデアも、周囲の支持や許可を得られなければ世に出すことはできない。上手に相手の懐に飛び込み、ゴーサインを勝ち取ろう。

<自分でなく他人に価値ある提案を心がける>

アイデアは最初の1歩にすぎない。マーケティング・チームと協働するための新しい構想であれ、サプライヤーと協力するよりよい方法であれ、アイデアの価値は、他人にそれを支持させ、実行させることができるか否かで決まる。

最大の障害は、自分が価値とみなしているものに焦点を当てすぎることだ。ウォートン・スクールの戦略的説得ワークショップの共同ディレクターで、G・リチャード・シェルとの共著、『The Art of Woo:Using Strategic Persuasion to Sell Your Ideas』(2007)でも知られるマリオ・ムーサは、「自分にとって納得のゆくことが、必ずしも他人にとって納得のゆくとはかぎらない」と語る。

企業における交渉や、変革への支持を勝ち取る手助けをしてきた経験から、ムーサとシェルは説得の戦略的手法を築き上げている。その4つのステップは次のとおりである。

(1)適切な人に狙いを定める
(2)耳を傾けてもらう妨げとなる障害を取り除く
(3)アイデアのよさを訴える
(4)協力の約束を取り付ける

本稿では、(1)と(2)に焦点を当てる。

<障害をもメリットに変える>

効果的な説得は、相手にデータや主張や証拠を次から次へと浴びせかけることではない。押せば押すほど、相手は後ずさりする可能性が高くなる。あなたが相手に対して権力を持っているなら、仮に反対でもはっきり言うことはまずない。だが、暗黙の不賛成が、アイデア実行にどんな影響を及ぼすかは、火を見るよりも明らかである。大切なのは、そのアイデアに同意することが容易かつ納得できると感じてもらうことだ。

説得する側とされる側の間には、「信用」「関係」「信条・価値観」「利益」「コミュニケーション」という5つの障害が入り込む可能性がある。しかし、これらをすべて橋渡し役に変えることもできる。

信用……説得しようとしている相手があなたを信用していなければ、成功の可能性はほとんどない。あなた自身やあなたの資格がどうであるかという問題ではない。他人があなたをどう思っているかという問題なのだ。信用が必要になる日に備えて、あなたのあらゆる言動が信用を築くものでなければならないのだ。

関係……人々があなたに好感を持っており、他人の厚意に必ず報いる人間だと信頼している場合には、耳を傾け、賛同してくれる可能性は高くなる。逆に、あなたを知らない場合、彼らにはあなたやあなたのアイデアを信頼する根拠がないことになる。

説得の前に信頼関係を築くよう努めよう。会って話すのが最も効果的だが、不可能な場合、親しみのこもった電子メールも有効なことがある。多くの人と信頼を築けば築くほど、将来、支持を得ようとするとき、有利な立場にいることになる。

信条・価値観……相手の基本的な信条や価値観を支持し、促進するものとしてアイデアを位置づける必要がある。

相手の信条を変えることはできない。だが、「相手がそのアイデアを、信条よりさらに深いところにある基本的な価値観と合致するとみなしてくれるよう、アイデアの位置づけを変える」ことはできると、シェルとムーサは述べる。

彼らは、小売り大手ベストバイの人材部門担当幹部、ジョディ・トンプソンとカーリー・レスラーが、自分たちのROWE(Results-Oriented Work Environment――結果志向の労働環境)構想に対する支持をどのようにして勝ち取ったかを紹介している。

ベストバイには、会社にいることイコール仕事をしていることとみなす文化が根強かった。トンプソンとレスラーは、在社時間ではなく結果に注目することで、社員の疲労を緩和し、生産性を高められると確信していた。が、その構想をCEOのブラッド・アンダーソンに直接話すより、まず2人の事業部長を味方につけることにした。この事業部長たちは、それぞれの事業部でひそかにROWEプログラムを開始、他の部門にも広まっていったので、トンプソンとレスラーはその有効性についてデータを集めた。

2年後、このアイデアをアンダーソンに提案したとき、彼らはROWEが生産性を高めることを、データで証明することができた。アンダーソンはそのアイデアを受け入れ、全社で始めることに同意した。

利益……相手にとっての利益は強力な動機要因である。シェルとムーサは、スティーブ・ジョブズがコンピュータ・マニアに販売するため100枚のプリント基板を製作しようとしたとき、スティーブ・ウォズニアックをどのように説得して1000ドルを出資させたかを例に挙げる。ジョブズは出資してくれればそのカネを2倍にできると訴えた。だが、ウォズニアックは基板が売れるとは思わなかったので出資を断った。そこでジョブズは、別の利益――会社設立をもちかけた。ウォズニアックはそれに食いつき、アップルが設立されたのである。

コミュニケーション……コミュニケーションのズレによる障害は、きわめて広く見受けられる。誰かを説得しようとするときは、その人が好むコミュニケーション・チャネルに合わせることが大切なのだ。

ジョアン・ブラッドフォードは、マイクロソフトのオンライン・ネットワーク、MSNのオンライン広告部長として採用されたとき、それを思い知らされた。最初の数カ月、彼女はCEOのスティーブ・バルマーと自分の直属上司を説得し、広告売り上げ拡大のために営業チームの人員倍増を認めさせようとした。だが、訴えれば訴えるほど抵抗が大きくなる。当初、ビジョン型のチャネルで訴えていた彼女だが、周囲を見回し、マイクロソフトで好まれるコミュニケーションは、数字主体の合理型であることに気づいた。そこで図などのデータを使ったところ説得力が高まり、彼女はOKを勝ち取った。

<言葉はシンプルで印象的なものに>

シェルとムーサの調査によると、パワーポイントを使ったプレゼンテーションが世界で毎日約3000万件行われており、調査対象の経営者の78%が、プレゼン時に眠ったことがあると答えた。これらの調査結果は互いに関連していると彼らは考える。聞き手を眠らせないため、「PCAN」のプレゼンを始めよう。

・Problem(問題):問題を簡潔に、聞き手視点で定義する
・Cause(原因) :問題の原因を明らかにする
・Answer(回答) :自分のアイデアが問題にどのように答えを提供するかを説明する
・Net benefits(実利):他の選択肢がある中で、なぜ自分のアイデアが最大の実利をもたらすのかを説明する

PCAN方式は合理的思考に訴えかけるが、意思決定には合理性以外の要素も絡んでくる。「説得相手は2人いると考えたほうがよい。聞き手の合理的な部分と直感的に決定を下す部分である」と、著者は記している。準備の最終ステップとして、プレゼンを印象に残り、感情に訴えかけるものにする方法を考え出そう。何らかの方法で親近感を感じさせるプレゼンにできないか。図や類比を使うことで、より明確で具体的にできるだろうか。さらに、聞き手の想像力を燃え上がらせ、アイデアに命を吹き込む物語の力を忘れないでいただきたい。

クリスティーナ・ビエラスツカ=デュヴェルネー=文
研究室で否定的な結果が出た技術――、すべてを見切るのはまだ早い。そこにこそ、歴史に残るような成功の種が隠れているかもしれないのだから。

<狭心症治療薬の副作用の研究からバイアグラが誕生>

1980年代末、医薬品メーカー、ファイザーの研究者たちは、当時UK-92,480として知られていた化合物を狭心症の治療に使う実験を開始した。だが、試験管内の実験と動物実験では有望に見えたこの化合物は、ヒトに対する臨床試験ではほとんど効果を示さなかった。

この否定的な結果を前に、ほかの企業なら敗北を認めて、新しいプロジェクトに移っていたかもしれない。だが、ファイザーの研究者たちは、興味深い副作用と思われたものを取り上げ、それを掘り下げる研究を行った。その副作用はイノベーションのプロセスをまったく新しい方向に導き、最終的にファイザーにとって歴史的な利益を出す商品となった。これが、バイアグラの誕生である。

ファイザーがこの新薬開発に成功したのは、イノベーション・プロセスのいわゆる「フォールス・ネガティブ」(最終的に誤りとなる失敗のサイン)にうまく対処したからだ。揺るぎない姿勢を持つ研究者たちは、新薬が当初予定していた狭心症に効果を示さなくても、その先に目を向けることができた。彼らは、UK-92480をスクラップの山から拾い上げ、歴史的な大型新薬に転換したのだ。

<「フォールス・ネガティブ」対処法>

賢明な組織は昔から、イノベーションにおけるフォールス・ポジティブ(実験では成功と出ても、実際は失敗するという現象)を最小限に抑えることには注意を払ってきた。しかし、フォールス・ネガティブにはほとんど関心を向けてこなかった。これはフォールス・ポジティブによるダメージのほうがはるかに見分けやすく、数量化しやすいからだ。フォールス・ネガティブは見分けにくいだけでなく、それに対処する最良の方法論があるわけでもない。それでも企業は、次のような方法で、フォールス・ネガティブを見抜き、うまく対処することができるだろう。

まず、破棄されたすべてのプロジェクトを、その終了から6カ月ないし12カ月後に見直してみることだ。それらを再考するに値するような環境などの変化が起きていないかを見極めよう。

また、プロジェクトが社内で行き詰まっている場合、社外の誰かがそれを前進させるアイデアを考えつくかもしれない。

IBMの研究部門で検討されていたが、ものになりそうになかったあるソフトウエア・プロジェクトの救済に、社外の人間が貢献した例がある。プロジェクトがいったん中止されたとき、IBMは、開発中のソフトウエアを、社外の人間が無料でダウンロードして試用できるウェブサイト、アルファワークスで公表することにした。その後、このソフトウエアは、ほかのソフトの10倍のペースでダウンロードされていることが判明。この結果に促され、IBMは社内でこのソフトウエア・コードを再検討した。今日それはXML(Extensible Markup Language)パーサ(構文解析プログラム)として広く知られている。

また、社内で使われていない技術のライセンスを他社に供与し、売り上げをあげる方法もある。プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)は、「コネクト・アンド・ディベロップ」戦略の一環としてこの方法を使っている。P&Gでは特許取得の日から3年間、社内で使用されなかった技術は、競合を含む他社にライセンス供与してよいという方針を採っている。

これには副次的な利点がある。事業部門が、未使用の技術は競争相手に奪われる可能性があると認識しているため、新技術の利用方法について、以前より入念に検討せざるをえなくなったのだ。

<自社で売れないならベンチャー企業で>

ルーセント・テクノロジー(現アルカテル・ルーセント)は、社内では使えないと判断された、ベル研究所内の技術を商品化するベンチャー企業を立ち上げるべく、ニュー・ベンチャー・グループ(NVG)を設立した。NVGチームは、ルーセント自身の事業部門では市場に出せないと判断された有望な技術を掘り起こし、ルーセント内で市場化を再検討させた。やはり使えないと判断した場合、その技術の商品化に取り組むベンチャー企業を設立した。

この方式の採用以降、ルーセントの事業部門はP&Gの例と同じく、決断を下すことに非常に慎重になった。

NVGは、96年から2001年の間に、ベル研究所から35のベンチャー企業を立ち上げた。多くは撤退したが、いくつかは利益を生む企業に成長し、うち3社は後にルーセントに吸収された。ルーセントがそれらの技術を、社内で商品化しないと決めてからわずか2〜3年後のことである。

ルーセントの事業部門はどうしてこれらの技術の価値を見抜けなかったのか。私は、それは事業部門の判断ミスではなかったと思う。初期段階の技術評価に必然的に伴う不確実さから生じた、測定の誤りだったのだ。

35のプロジェクトのうち3つが「ポジティブ」だと判明したことは、ルーセントの事業部門にとって決してお粗末な実績ではない。だが、ルーセントがNVGを自社のイノベーション・プロセスに組み込んでいなかったら、これらのベンチャー企業によって生み出された情報は表に現れなかっただろう。それらは、ベル研究所の内部に永遠に埋もれていたかもしれないのである。

<初めから最善のプロセスは読めない>

社内で退けられたアイデアのもう1つの救出場所に、ベンチャー・キャピタリストがある。ベンチャー・キャピタリストは新技術のビジネス・モデルを編み出すのがうまく、誕生間もない技術を、新市場でより効果的に実験することができるからだ。

この方法はアイデアを生み出した企業にいくつかの選択肢を与えてくれる。投資家としてその実験に参加することもできるし、顧客として、あるいはサプライヤーとして参加することもできる。

また、単に傍観者として関心を持ちながら眺めていることもできる。何らかの価値が生み出された場合、技術のライセンスを供与するなり、ベンチャー企業を買収するなりしてビジネスに参加することができる。

新しい技術を商品化する際、技術と市場の両面で不確実さを解消しようとすることは非常に難しい。最初から最善のコースを予測できるはずがないからだ。

どれほど周到な計画や調査をもってしても、ビジネスの結果を明らかにすることはできないし、測定などの誤りは避けられない。企業は失敗を無視するのではなく、あくまでそれに対処するしくみをつくるべきなのだ。そうすることで、失敗を逆手にとり、技術のきわめて価値の高い利用法を見つける可能性が高まるのだから。

イノベーションの歴史には、新製品や技術の最終的な利用法が、当初意図していた目的とはずいぶんかけ離れたものだったという例が山ほどある。だからこそ、企業はイノベーション・プロセスのフォールス・ネガティブを見抜き、それにうまく対処する必要があるのである。

ヘンリー・チェスブロー=文

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