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☆恋の映画とお酒に恋してる☆
心ときめく3月 でも忙しいよね…

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今や怒涛の勢いで、次々と大きな映画賞を受賞している話題の作品です。


冒頭の映画会社のロゴが消える前から、
なにかしら人の声が聞こえる・・・

おっかしいなぁ、今から映画が始まるのに、誰が喋ってるの?
と、周囲を見渡しかけたとき、
その声は、スクリーンからのものだ、ということに気付きます。

女性を前に喋る男の声だったんですね〜


そのスピード、その会話の噛み合わなさ、少しずつずれていく、その加減。

前の綺麗な女性は、遠慮がちに「違うわ」「そうじゃないの」と、
最低限のマナーを持って、懸命に会話を保とうと努力をしているのですが、
そのイケてない男性は、マイペースで自分の価値観でのみ、話し続けていて・・・


見事なオープニングですっ。


この映画の主人公、マーク・ザッカーバーグを演じたジェシー・アイゼンバーグは、
この調子で、とてつもない量のセリフを喋り続けることになるのですが、
私自身は、難しいとか大変とか、
そういう風には感じなかったですね。


これも「彼」という人間のひとつの姿なんだ・・・と、
すっとこの映画に入り込めた気がします。




ベン・メズリックのベストセラー・ノンフィクションを基に、
誕生からわずか数年で、世界最大のSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)へと
急成長した “facebook”をめぐる創業秘話を
「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」の鬼才、
デヴィッド・フィンチャー監督が映画化した青春群像ドラマ。


創設者マーク・ザッカーバーグと彼を取り巻く若者たちが織りなす
悲喜こもごもの人間模様に焦点を当て、
華麗なサクセス・ストーリーに秘められた光と影の物語を赤裸々かつドラマチックに綴る。


主演は「イカとクジラ」「ゾンビランド」のジェシー・アイゼンバーグ、

共演にアンドリュー・ガーフィールド、ジャスティン・ティンバーレイク。



2003年の秋。

ハーバード大学の学生にして天才プログラマー、マーク・ザッカーバーグは、
恋人にフラれた腹いせに、
学内のデータベースをハッキングして、
女子学生たちの顔写真を使った人気投票サイトを作ってしまう。


そんな彼の技術に目を付けたエリート学生が、
学内交流を目的としたサイトへの協力を持ちかける。


しかしマークは、親友のエドゥアルドを誘って、
ハーバードの学生を対象としたソーシャル・ネットワークのサイトを立ち上げる。


するとそれは瞬く間に登録者を増やし、急速に拡大していくのだったが…。


                                   allcinemaより


これは色々制約があったり、
facebook側との話し合いで、これはダメ、みたいなのがあったりしたそうですが、
そのおかげ、といってもいいのでしょうね、
まさにフィンチャー監督の独壇場となりました。



最近、『息もできない』という韓国映画を記事にしたばかりなのですが、
その中で、暴力は言葉じゃないか、みたいなことを私は書きました。

フィンチャー監督の、
『ファイトクラブ』でのあの壮絶な殴り合いのかわりに、
この作品では沢山の言葉が、登場しては消えて行きます。



ルーニー・マーラ演じるエリカに振られて(当然ですけどw)
ひたすら歩いて寮に戻るマーク。


ハーバードがロケ地でないにしろ、
雪の残る学生が行き来する道をひとり歩き、
寮に戻って、彼が冷蔵庫からビールを取り出すまでの間に、
すっかり私は、こここそがハーバードだ、という気持ちになっちゃってました。


思い込まされた、と、いうのが本当のところかもしれませんけど ^^



凄い勢いでパソコンのキーを叩くマーク。


友だちが寄ってきて、画面を見つめ、話しかけ、
そのうち親友の、アンドリュー・ガーフィールド演じるエドゥアルド・サベリンもやって来て、
夜が更けることを誰も気にせず、
マークが作った、大学の女の子の格付けをするサイトに熱中する・・・


明け方、ハーバードのセキュリティ責任者が叩き起こされるころには、
それが広まり、とんでもないことになっている、という場面で、
もうマークが只者ではないことは、観客みんなに伝わっているわけです。



マークの天才ぶりは、様々なシーンで知ることができますが、
彼を含めた全ての登場人物のキャラクターが、
またよくできているんですよね〜



ハーバードには多くの富豪、
政財界の偉い人間を親に持つ生徒が在籍しているわけですが、
学内の名門クラブにももちろん所属し、姿かたちもかっこよく、
ボートでのスター、成績も優秀の双子の学生が、学長に会うシーンなんて、傑作。


お腹抱えて笑っちゃいましたw


所詮お前たちは「ただのハーバードの学生なんだ」という、
その学長のスタンスが、多分大人の目線なのでしょうね。



そうそう、双子といえば、
彼らがロンドンでボート競技に参加している場面。

この作品の音楽は、とても素敵なのですけど、
あの場面は、グリーグの「山の魔王の宮殿にて」を使ってあるんですね。


ここにあのクラッシックの曲を持って来るのか・・・と、
最後のビートルズの曲を含めて、
そのセンスに唸っちゃいました。



最初から最後まで、みなさんご自身でご覧になって、
自分には、どういう風に感じられたのか、と、
それぞれ違う感想を持つことによって、
この映画は、この中に登場する会社、「facebook」のように、
どんどん形を変え、
観た後も変化をし続けていくのではないかしら、と、思います。



マークが画面を見つめながら、
クリック、クリック、そしてまたクリックしていく姿は、
監督がイメージしたマーク・ザッカーバーグではありますが、
この区切りのつけ方は、申し分ないですね〜


製作総指揮にケヴィン・スペイシーの名前があったのも、ちょっとした驚きでした♪




役者が巧い。

脚本、脚色が巧い。

音楽も最高。


ですから、やっぱり素晴らしい。



感動を与えて貰う、という受動的な作品ではないですが、
見事な青春映画でもあり、またサスペンス映画でもありました。


時代を映し、若者を描き、パワー溢れる作品です。


これは納得の1本でした♪










ジェシー・アイゼンバーグ   マーク・ザッカーバーグ
アンドリュー・ガーフィールド   エドゥアルド・サベリン
ジャスティン・ティンバーレイク   ショーン・パーカー
アーミー・ハマー   キェメロン&タイラー・ウィンクルボス
マックス・ミンゲラ   ディビヤ・ナレンドラ
ブレンダ・ソング   クリスティ・リン
ルーニー・マーラ   エリカ



監督: デヴィッド・フィンチャー
製作: スコット・ルーディン
デイナ・ブルネッティ
マイケル・デ・ルカ
セアン・チャフィン
製作総指揮: ケヴィン・スペイシー
原作: ベン・メズリック
脚本: アーロン・ソーキン
撮影: ジェフ・クローネンウェス
プロダクションデザイン: ドナルド・グレアム・バート
衣装デザイン: ジャクリーン・ウェスト
編集: アンガス・ウォール
カーク・バクスター
音楽: トレント・レズナー
アッティカス・ロス

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息もできない

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2008年の韓国製作映画です。


殴る、殴る、殴る。

さっきまで女を殴っていた男が、ぴくぴく痙攣するようになっても、
いきなり飛び掛ってきた坊主刈りの男は、まだ殴るのをやめようとしません。


呆然と見ている人影がふたつ。


今度は道に座り込んでいる女に向き直り、
両手で、ばしん、ばしんと、女の頬を叩き始めるその男。


そうしながら彼はこう言うのです。

「お前、殴られてばかりでいいのか?」


殴る。


この男にとって殴るということは、どんな意味を持つのでしょう。


原題は『BREATHLESS』


R15+指定です。





韓国インディー映画界で俳優として活躍してきたヤン・イクチュンの
長編初監督にして世界各地の映画祭でセンセーションを巻き起こした衝撃作。


韓国の若者の父親世代との葛藤を背景に、
愛を知らずに社会の底辺で生きるヤクザな男と、心に傷を抱えた勝気な女子高生が繰り広げる
魂と魂のぶつかり合いが、
剥き出しの暴力描写とリアルな感情表現で、赤裸々かつ緊張感いっぱいに綴られる。


主演はヤン・イクチュン自身と、
本作の演技が絶賛された韓国期待の若手キム・コッピ。



借金の取り立て屋をしているサンフンは、
母と妹を死なせた父親に対する激しい怒りと憎しみを抱えて生きていた。

常に苛立ち、情け容赦ない暴力を振るっては周囲を怖がらせていた。

ある日サンフンは、道端で唾を吐き、偶然通りかかった女子高生ヨニのネクタイを汚してしまう。

見るからに強面のサンフンに対しても怯むことなく突っかかっていくヨニ。

最悪な出会いを果たした2人だったが、不思議とウマが合い、奇妙な交流が始まる。

ヨニもまた、ベトナム戦争の後遺症で精神を病んだ父親との間に確執を抱えていたのだった。

そんな中、ヨニの弟ヨンジェが偶然にもサンフンの手下となり取り立ての仕事を始めるのだが…。

                                allcinemaより



製作、監督、脚本、編集、主演は、全てヤン・イクチュン。

この映画を作るために自分の家を売った、という話は有名です。

彼は自分の家族と問題を抱えていて、
それを吐き出すために、渾身の力を込めてこの作品を世に送り出したそうです。




タイトルは『息もできない』ですけれど、
130分という時間の間、本当に一瞬も目が離すことができず、
誇張でもなんでもなく、まさに「目も離せない」状態でしたね。



もしも「映画に血が通う」という言葉があるとするならば、
この映画がまさにそうだ、と、確信してしまったほど。




物語の中で人物像が立ち上がり、
映画の中で声が、姿が、感情が、動き出し、
人と人とが繋がり、閉ざされた心が開かれるのを感じた瞬間、
一気に熱い血が流れ込み、命となって迸る・・・


こんな映画なんですよ。

目が離せるわけがないじゃないですか。




無意識なのかどうなのか、よくわかりませんけれど、
暴力をテーマとして扱っている作品を、
私は自分から、選んで観ているようなところがよくあります。



例えば北野武さんの作品とか、
キム・ギドク監督作品とか、パク・チャヌク監督作品とか、
ハードボイルドとは、また違う、
痛みの伴う映画を、結構観ているような気がするんですね。



自分自身は、誰からも暴力を振るわれたこともなく、
特別そういうものに興味があるなんて、意識したことは全くなかったのですが、
この作品を観て、初めてそれが少し分かった感じがします。



それは、言葉だったのですね。


国とか民族の枠を超えた、太古の昔からある言語。

一番心に近い場所からの叫びなのかもしれません。



この物語でも、知り合うはずのなかった2人が、
あの漢江での、素朴でありながら、とてつもないシーンに至ったのは、
今の人間社会で「幸せ」とは呼ばれない場所にいる彼らが、
互いにその言葉を理解したからに他なりません。



人から見ればただの暴力でも、
サンフンのその行為には、
私なんかには、とても表現できない、
多くの言葉、多くの感情が、沢山詰まっているのです。



サンフンとヨニは、お互いの境遇を殆ど知らないばかりか、
ヨニは自分を、幸せな家庭の女子高生と偽っていたりしますが、
それでも彼らがちゃんと理解し、認め合うことができたというのにも、納得が行きます。




終盤の展開は、絶句でした。


あの場面からあの場面への転換と、そしてあの夕暮れの風景は、
きりきりと胸を締め付けます・・・


畳み掛けるように、ヨニが見る光景。


凄いです。。




サンフンは、人を殴りながら、こうも叫んでいました。

「他人を殴るヤツは、自分が殴られるとは思っていないんだ」

「韓国の父親は、みんな最低だ」



これはヤン・イクチュンの物語でもあるかもしれないし、
この世に生きる多くの人々の物語であるかもしれないですね。




本当に素晴らしかったです。


『キネマ旬報』が選ぶ
「2010外国映画ベスト・テン」に選ばれた理由が、よくわかりました♪











ヤン・イクチュン   サンフン
キム・コッピ   ヨニ
イ・ファン   ヨニの弟ヨンジェ
チョン・マンシク   マンシク
ユン・スンフン   ファンギュ
キム・ヒス   サンフンの甥ヒョンイン
パク・チョンスン   サンフンの父スンチョル
チェ・ヨンミン   ヨニの父
オ・ジヘ



監督: ヤン・イクチュン
製作: ヤン・イクチュン
脚本: ヤン・イクチュン
撮影: ユン・チョンホ
編集: ヤン・イクチュン
音楽: ジ・インヴィジブル・フィッシュ

セラフィーヌの庭

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2009年のフランス・ベルギー・ドイツ・製作映画です。


「花に話しかけ、木に耳をすませて、心のままに、私は描く」


2009年度全米批評家協会賞、主演女優賞受賞、
同じくLA批評家協会賞、女優賞受賞、
ヨーロッパ映画賞、女優賞ノミネート、
2008年度のセザール賞では、9部門ノミネートし、
作品賞、主演女優賞、脚本賞、音楽賞、撮影賞、美術賞、衣装デザイン賞を受賞。



いきなり並べてみましたけれど、
これだけでも圧倒されちゃいますし、不思議と映画の雰囲気もわかったり・・・

まだしないですよね。。^^;


ご覧になって頂ければ、きっと、なるほど、と、思って頂けるとは思うのですが、
これだけ迫って来るものがあるとは・・・自分でも驚いてしまった作品です。


原題は『SERAPHINE』




フランスに実在した素朴派の女性画家、
セラフィーヌ・ルイの生涯を描いた感動のヒューマン・ドラマ。

2009年のセザール賞では作品賞をはじめ最多7部門を受賞した。


家政婦として貧しく孤独に暮らす傍ら、
敬虔にして無垢な心のままに色鮮やかで幻想的な絵を次々と生み出したセラフィーヌと、
彼女の才能を見出したドイツ人画商との心の交流を、激動の20世紀初頭を背景に描き出す。


主演のヨランド・モローはその入魂の演技が絶賛され、
セザール賞主演女優賞をはじめ数々の賞に輝いた。


1912年、フランスのパリ郊外サンリス。

家政婦として生計を立てている貧しく孤独なセラフィーヌ。

彼女は草木や花々に話しかけ、植物など自然のもので自ら絵の具を作り、
部屋に籠もって黙々と絵を描く日々を送っていた。


そんなある日、彼女の働く家にアンリ・ルソーを見出したドイツ人画商
ヴィルヘルム・ウーデが妹と共に引っ越してくる。


そして、その家に置かれていたセラフィーヌの絵に心奪われたウーデは、
彼女に援助を申し出るのだった。


こうして画材を自由に手に入れられるようになり、
絵を描くことにますます情熱を注ぐセラフィーヌ。

だが1914年、第一次世界大戦が開戦、敵国の人となったウーデは止むなくフランスを離れることに。


1927年、これまでと変わらず家政婦をしながら絵を描き続けていたセラフィーヌは、
フランスに戻ってきたウーデと再会を果たす。


やがて、再びウーデの援助を受けることになったセラフィーヌは、
次第にその名が知られるようになり金銭的にも豊かになっていくのだが…。


                               allcinemaより




第一次世界大戦が起きているからといって、
激しい戦闘シーンがあるわけはありません。


特別ドラマチックな、凄いことが起こるわけでもありません。


むしろ静かな映画、と、いってもいい、
この作品の記事を今書こうとしているのですけれど、
私なんかが書いて、伝わるものはあるのかしらん、と、実は思いながら書いております・・・



ったく、何をしてるんだかなぁ、という気分なのですが、ちょっと続けてみますね。



映画は、殆ど色がわからないくらい、暗い映像から始まります。

少しして、水がある場所らしい、と、気付き、
次にそこに人がいるらしい、ということがわかって来ます。



しっかりした脚、腕。
彼女の手は、水の中から何か植物らしきものを持ち上げ、
それをバケツに入れたまま、教会へ急ぎます。



バケツを横に置いたまま、彼女は祈り、歌います・・・



とにかく、どの場面もそのまま静止して、
時間が許す限り、このまま眺めていたい衝動に駆られてしまうんですよね。


本当に美しい風景、そしてセラフィーヌの表情。


彼女がいつも持っている、
傘や粗い生地のスカーフが入った使い古された籠にまで、命が宿っているようで、
思わず息を飲んでしまいます・・・


これは、光と自然と人の心が一体となった奇跡のような作品で、
ストーリーももちろんありますし、
ちゃんと結末もある、史実を描いた物語なのですけれど、
なんていうのかな、こんなに生命力を感じる映画って、そうないと思うんですよね。



セラフィーヌの生い立ちなどは、
はっきり映画では描かれていませんが、
ずっと下働きをして、ぎりぎりの生活を、さらに切り詰めながら、
聖母マリアに祈りを捧げつつ、何かにとりつかれたように絵を描いている女性であるということが、
不思議ですが、とても自然なことであるように思えるのは、何故でしょう。



あるとき、彼女が働く家に、ウーデが間借り人としてやって来て、
2人は知り合うことになるのですが、
ウーデがひとりで泣いているのを、セラフィーヌが見てしまう、という場面があります。


その時は静かにドアを閉めた彼女でしたが、
しばらく時間が経ってから、セラフィーヌはウーデにこう語りかけます。


「悲しいときは田舎へいって、木に触るといいですよ。植物や動物と話すと、悲しみが消えるから」



セラフィーヌが描く絵が、
どうしてこんなに心をざわめかせるのか、そのひとことでわかる素晴らしいセリフです。



もう、ごちゃごちゃ言わないほうがいいですね。


純粋で美しく、そして激しく哀しい・・・

まるで「魂そのもの」を、テーマとして扱ったような作品です。



映画の中でも登場しますが、セラフィーヌの描いた作品には、言葉を失くしちゃいますよ。



HPでも紹介してあるので、
興味がおありの方は是非ご覧になって下さいませ。


セラフィーヌを演じた、ヨランド・モロー、最高ですっ♪






                                  


ヨランド・モロー   セラフィーヌ
ウルリッヒ・トゥクール   ウーデ
アンヌ・ベネント   アンヌ・マリー
ジュヌヴィエーヴ・ムニシュ   デュフォ夫人
フランソワーズ・ルブラン   女子修道院長
ニコ・ログナー ヘルムート
セルジュ・ラヴィリエール   デュバル
アデライード・ルルー   ミヌーシュ


監督: マルタン・プロヴォスト
製作: ミレーナ・ポワロ
ジル・サクト
脚本: マルタン・プロヴォスト
マルク・アブデルヌール
撮影: ロラン・ブリュネ
美術: ティエリー・フランソワ
衣装: マデリーン・フォンテーヌ
編集: ルド・トロフ
音楽: マイケル・ガラッソ

笑いながら泣きやがれ

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2009年のイギリス製作映画です。


これは日本未公開作品なのですが、
だから面白くないか・・・もちろん、そんなことはございません。


これはかなり私好みの作品でして、
多分予算もそんなにかけてはいないだろうし、
有名スターがずらりと登場するわけでもない・・・


かなりきわどいジョークで、ヘレン・ミレンなんて名前が出たりはしますけどね。。^^;

そうそう、今話題の映画からのフェイス・ブック、なんて言葉もあったりしましたっけ。


よくわからないけれど、どういう話にそういう話題が出てくるの・・・?


はい、この主人公の男の職業に関係してくるのですよ。

そしてそれが、この映画の「いいところ」に繋がって来るのです。


原題は『CRYING WITH LAUGHTER』




英国アカデミー賞スコットランド最優秀映画賞受賞。


抜群のストーリーテリングが冴える、
トラブルまみれのスタンダップ・コメディアン“ジョーイ”の人生を描いた
ミステリアス・スリラーの傑作!


次々とアップテンポで繰り出されるエピソード。


そのエピソードをネタにしたステージの喋りがオーバーラップして、
現在と過去が入れ子になりながら物語は進行する。


                             「Oricon」データベースより



いつものallcinemaさんに情報がなかったので、
こちらからお借りしましたが、
内容を明かさず、さらりという印象の解説です。

でも、実はこのくらいでいいのかもしれません。

情報過多だと、観ていて面白味が半減しちゃうこともありますものね。



波打ち際で、ひとりの男が海に向ってなにやら呟いているところから物語は始まりますが、
よく聞いてみると、それってかなり下品な言葉ばかり。


例えば・・・書けません。。^^;



お腹がぽっこり、クスリも常用、ベッドでは大騒ぎ、お酒も記憶がなくなるまで飲んじゃう、という、
私生活は不健康極まりない、このスタンダップ・コメディアンのジョーイは、
こういう場所(あとでプールで、というのもありましたっけ)で、ネタを考えてるみたいです。



こんな下品なネタが受けるのかしら、と、思うのですけど、
彼のポスターが店の前に貼ってあったり、
お客さんが、ずらりとお店に詰め掛けていたりするところをみると、
こういうトークが受けちゃう場所、というか土地柄だったりするのでしょうね。



冒頭の海のシーンから舞台へ場面が移るのですが、
そこにいるジョーイは、こめかみに大きな傷、目もよく見ると結構腫れていたりして、
うん?と、こちらは思っちゃうわけです。



それから彼が語り出したことは・・・なんですけど、
ここから物語は遡って語られて行くのです。



そうか、この言葉は、そんな意味だったのか・・・と、わかるのですけれど。


最後には、やっぱり下品な言葉で締めくくられる舞台の最後のセリフに、
観客は爆笑で拍手、なのですけど、
私は胸がいっぱいで、切なくなってしまうんですよ、不思議でしょ?



ミステリアス・スリラーの傑作!なんてありましたけれど、
特にスリラーという感じはなかったような。



確かに巻き込まれて、どうなるの、というシーンはあるのですけど、
それよりもむしろ、
この邦題通りのジョーイの人生に、胸が熱くなりましたから、
ヒューマンドラマ、と、言ってもいいかもしれないですね。



顔を傷だらけにして、脚を引き摺ってステージに立つジョーイ。



お腹は相変わらずだけど、
なんだかかっこよく見えるのです ^^







スティーヴン・マッコール    ジョーイ
マルコム・シールズ    フランク
アンドリュー・ニール
ジョー・ハートリー


監督: ジャスティン・モロニコフ
製作: クレア・ムンデル
レイチェル・ロビー
アラステア・クラーク
脚本: ジャスティン・モロニコフ
撮影: マーティン・ラディッチ
音楽: ローン・バルフェ

パレード

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2010年の日本製作映画です。


この映画は観たかったのですけど、こちらで公開がなくて。


ひとりでこの118分間を観たあと、
ずっと何かしら、想い出しては考えてしまう・・・


行間を読む、なんて言葉がありますが、
この映画では、確かに「読む」ものがあるような気がします。




第15回山本周五郎賞を受賞した吉田修一の同名小説を、
「世界の中心で、愛をさけぶ」の行定勲監督によるメガホンで映画化した青春群像ドラマ。


現代の若者の内面に宿る“モラトリアム”をテーマに、
マンションでうわべだけの共同生活を送る若者たちの日常が新たな同居人を加えたことで
徐々に歪んでいくさまとその顛末を描く。


主演は「カイジ 人生逆転ゲーム」の藤原竜也。



都内のマンションをルームシェアする4人の男女。

映画会社に勤める健康オタクの直輝はこの部屋に最初から住んでいる最年長。

一方、イラストレーターで雑貨屋店員の未来は、おかまバーの常連。

また、先輩の彼女に恋をした大学3年生の良介は告白する勇気が出ずに悩んでいる。

そして無職の琴美は若手人気俳優と熱愛中。


そんな彼らはそれぞれ不安や焦燥感を抱えながらも、
“本当の自分”を装うことで共同生活における互いの均衡を保っていた。


しかし、いつしか男娼のサトルがこのマンションに住み着くのと時を同じくして、
町では女性を狙った暴行事件が連続して発生、
これを境に彼らの穏やかな日常は次第に歪み始め、やがて思いもよらない事態を招いていく…。


                                  alcinemaより



原作も青春群像劇ということですけど、未読です。



行定監督は、数多くの作品を手がけていますけれど、
この作品は脚本も彼なんですね〜


って、何度も脚本書いているでしょ、なんて言われちゃいますが、
長編をひとりで、というのは初めてなんだそうですよ。


彼をそのように動かしたこの原作に、
今とても興味を持っているのですが、さて、いつ読めることやら。。


下手をすると、きっと実験作のようになっちゃったかもしれないのですが、
そうならない、と、いうところが凄いですね。



すれすれのところで踏みとどまり、
私の肩を掴んで、ぐい、と、引き戻したのは、
毎日のようにこの国のどこかで起きている殺人事件、というものを扱いながら、
実は私を含めた、今の人々の生活を描いているから・・・なのかも。



表と裏、なんて言葉は、
大人になれば特に違和感なく使っていたりします。


私たちが、例えば、会社で、社会で、
何かを語ったり、笑顔をみせたりしていたとしても、
それが自分でも意識しない「本当の自分」でないから、といって、
誰からも非難されることはありません。



逆にそうじゃないともたない、なんて思ってたりもすることもあるのですけれど、
この映画は・・・この原作は、かな?
その意識の中に潜む怖さを描いた、というのが、斬新でしたね〜



中で時々、
「別にいいんだけどさあ・・・」で、語られる本音だとか、
「時間って、こう、端と端が繋がってる直線じゃなくて、ループになってて・・・」
なんてセリフがあって、
それは、スルーして欲しい、重く思わないで欲しいという、ある種の願いでもあり、
だけど、今自分がこれを語っているのは、
静かな小さな声だけど、悲鳴なんだよ、と、いう、
重要な言葉だったりするんですよ。


この言葉の扱いが上手いので、
最後がまた、はっ!とさせられちゃうんですね。



不思議な印象の作品なのですが、
この中に性的なことが多く登場致します。

それがどういう意味を持つのか・・・



これは、ご覧になられた方々で、きっと違うと思うのですけれど、
こういうところの巧さをつくづく感じました。



予告編の中で、
この作品で登場人物となる役者さんが、
「俯瞰」という言葉を用いていらっしゃいましたけれど、
考えていたことに、それが重なってうーむ、と、考えさせられます。


タイトルの『パレード』


これも見事なタイトルです。


役者さんたちは、文句のつけようがないし、
多くの人たちと一緒に観て、
そのあと、話がしたくなる・・・そんな作品です♪








藤原竜也   伊原直輝
香里奈   相馬未来
貫地谷しほり   大河内琴美
林遣都   小窪サトル
小出恵介   杉本良介
竹財輝之助
野波麻帆
中村ゆり
正名僕蔵
キムラ緑子
石橋蓮司


監督: 行定勲
プロデューサー: 井上衛
口垣内徹
菅井敦
井上竜太
エグゼクティブプロデューサー:
    青木竹彦
アソシエイトプロデューサー:
    原淳
泉谷政達
企画: 中村理一郎
原作: 吉田修一
『パレード』(幻冬舎刊)
脚本: 行定勲
監督補: 大野伸介
撮影: 福本淳
美術: 山口修
編集: 今井剛
音楽: 朝本浩文
音楽プロデューサー:
    津島玄一
スクリプター: 工藤みずほ
スタイリスト: 浜井貴子
ヘアメイク: 倉田明美
照明: 市川徳充
装飾: 大庭信正
録音: 伊藤裕規
助監督: 増田伸弥

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