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コラーゲン鍋 ケータイ投稿記事

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昨日は久しぶりにとある女子?ばかりの集りの飲み会に行ってきました。
お昼に気の置けない友人と2人3人で、ランチをすることはあっても、夜でしかも酒席となるとひさしぶり。。
多人数の集まりが得意ではなく、始まる前からドヨヨン気が重かったのですが、一年に一回のこと、断りきれず参加することにしました。

最近は女性もみな話し上手、即興で面白いはなしをする人が多い。(というかほとんど)

「右の方から一言どうぞ」っていうあれも苦手で、特に私の前の人が爆笑の渦だったりすと余計にしゃべりづらいのだ・・・。

まぁいつもサクッと何気に短くやりすごす私なのであります。
当然、会議なんかも好きではありませんでした。
なんだかんだこんなへなちょこの私でもやってこれているのだから人生なんとかなるもんですね〜。

ちなみに昨日はアルコールも入ったので全然OK!(顔や態度は一切変わらないらしいのですが・・)
楽しい会でした。

世代もバラバラな女子15名、コラーゲン鍋とやらを食べてきました。
コラーゲン・・という選択に女子の飽くなき美への追求を感じる。
ただし疑問なのはこれを食べて、あくる朝お肌がつやつやとして(小食のせいか私は特に変化ないけど
)、エステもしかり、それはあくまで一過性のものなんではないだろうか??

効果を期待するならやはり365日この鍋を食べ続けないとあまり意味はないような気がする。

ちなみにお味についての私の感想は・・・・・・・う〜ん・・まあまあかな?野菜はかなり入っています
(写真)

蒼空さんの課題「三四郎、」全然読み返していないけど、今日はお昼2時まで時間があるので、感想ではなくちょっとおもうことなんか書けたらいいなと思います。

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人生読本 ケータイ投稿記事

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「ボクトウキタン」の感想を書き始めたのですが、どうしても長〜いあらすじになってしまう。
・・・今日はあきらめることに。

そこで実家からこっそり抜き去ってきた昔の古い雑誌「人生読本」(今もあるのかな?)を眺めていたら、
三島由紀夫の「夭折の資格に生きた男ジェームス・ディーン」という文章があった。
アラン・ドロンやジェラール・フィリップならともかく、三島由紀夫とジェームス・ディーン・・・?何か違和感がある。

いったい何を書いているのか興味を持ち読んでみることにした。

要旨はこういう感じ。

冒頭「人生は、美しい人は若くて死ぬべし」にはじまり、
「彼がなお生きていれば公衆は確実に彼を汚すはずだった。公衆は彼を汚し得なかったのがそんなに悔しいのであるのか?ディーンが賢明にも先手を打って手の届かぬ所に飛翔したのがそれほど口惜しいのであるか?」で締めくくられている。

このくだりを読んで私は、もしかしてこのディーンの死も彼の後の事件に多少のインスピレーションを与えたのでは?という感じを少し持った。

夭折。そういえば彼は「ラディゲの死」という小説を書いていて、そのラディゲも二〇歳かそこらで夭折している・・。

幼児性、現世への絶望、美学、虚構に殉じた…いろんな解釈があるけれど、結局は理由なんてその死に対峙した本人にしかわかりえない。

まして私なんかにわかるはずはないのですが(当たり前だ〜)、印象としては、頂点で死ぬことを美学とし、才能の枯渇、衰退と共に、時代の寵児ではなくなること・・、新しい若い世代の台頭(寺山修二とか大島渚とか…大島渚は文学者ではありませんが)、そしてその後の自分の作家人生、そんなことをものすごく恐れていた人なのではないか・・・そういう気がしてなりません。

彼の作品は数作かしか読んでいない私ですが、作品以上に作者その人が気になる・・というか、興味を持たせられる人ではあると思います。


↑…何か尻切れトンボな文章になりましたが、次回は何かの感想を書けたらと思います。

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「しばらく手元の本に向き合うことに」などと書いていながら、もうブログに向かっている私(爆)
言ったからには1か月くらい空けろ!って感じですよね。。

本は…昭和の作家の方の名作品を読み・・夢遊状態というか・・燃えつきました・・。(その感想はしばらく胸にしまっておきたいと思います)

今、手元に挫折本ならぬ「挫折したくない本」があって小骨のように引っ掛かりつつそのままになっていたのですが、そんな中、図書館からめずらしく電話が!

ラッキーと思ったものの、読みやすいライト系な本だったので、きっとそちらを優先してしまう予感。

彼はますます私から遠ざかっていくばかり。。

ちなみにその彼とはフォークナーの「八月の光」です。
ある方のブログの感想を読み思い出したのでした。
八月に購入したのに、まだ170ページあたりのジョー・クリスマス(すごい名前ですね)の幼年時代でしおりは止まったままです。

孤独なクリスマスが渋く登場した時点で私は「彼こそ身重の女が探している男に違いない!」と思ったのですが、(その方がドラマティックかもしれませんが)彼の出生にまつわる暗い過去やらが彼に暗い影を落としていて、そんなメロドラマ的ストーリーではない様子です。
読了できるかな〜。

この3連休は一日だけオフがあるので(しあわせ)、またぐだぐだなブログの記事をアップできたらと思います。誰も読んでくれなかったりして・・・。

写真はフォークナーと永井荷風。永井のこの本は好きなのですが以前引っ越しでなくしたのでまた借りてみました。

来客

昨日から来客(母)があり、パソコンも携帯も思うように覗けていません。。
 
しばらく早朝や深夜にコメント訪問させていただくかもしれません。よろしくお願いいたします。

芸術の秋だというのに、この秋は、週末に必ず予定が入り(野暮用ばかり!)結局、オフィーリアにも逢いに行けず、フェルメール展にも行けていない。

2つ、3つとはいわないけれど、せめて1つくらい美術館に行きたかったなぁ。。

そんなこんなで「芸術の秋」は今年は無理かなーと思っていた矢先、先日都内某所にて、コンサートでも発表会でもなく全く思いがけず偶然に「ツィゴイネルワイゼン」のヴァイオリン演奏を聴く機会があった。

音響効果のある舞台でもなく、また聴衆が必ずしも音楽好きとは言えない雰囲気の中での独奏はちょっとキツイのでは・・と、内心ハラハラしていたのですが(素人が余計なお世話ですね・・)、まだ二十歳前?とおぼしき年齢を全く感じさせない冷静で自信ある完璧な演奏で、皆からは割れんばかりの拍手が。。

この曲は音楽の授業で必ず聴かされるもので、「好き」というのはなんとなく気恥ずかしいという印象がある。

つまり「アイネ・クライネを好き」というより「レクイエムを好き」というほうがカッコイイかしら〜なんていう私の見栄なのですが^^、今回この演奏をかなり間近で聴き、澱みない弦の繊細な響きに深く心打たれた私は、そんな見栄も消え去って、この日はこの名曲そのものに心から素直に感動したのでした。

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