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ツネ様の花道!02年W杯再現“ベタ”な演出も 昨年12月に現役を引退した元神戸の宮本恒靖氏(35)が、神戸市のホームズスタジアムで引退試合を行った。元同僚の中田英寿氏(35)がサプライズ登場し、長男の恒凜(こうりん)くん(9)とプレーしファンを沸かせた。 関西人らしい演出もあった。1試合目の途中で、競り合いで倒れ込み顔を押さえた。苦しんでいるかと思いきや、起き上がった時には02年W杯日韓大会の時に着用して話題となったフェースガード姿に。ベタなパフォーマンスに駆けつけた1万5114人のファンからは笑いと拍手が送られた。試合後には「サッカーが日本でもっと大きな存在になると思うし、そうならないといけない。僕は僕でこれからもサッカー界に貢献したいと思います」とあいさつ。今後は海外での指導者ライセンス取得を視野にFIFAが運営しているスポーツ学の大学院であるFIFAマスターに8月から入学する。 [ 2012年7月17日 06:00 ]
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引退試合
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Jリ−グなどサッカ−選手の引退試合や詳細です。
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宮本氏“最後のフラット3” かつての代表が集結し引退試合 昨季限りで現役を退いたサッカーの元日本代表主将、宮本恒靖氏(35)の引退試合が16日、ホームズスタジアム神戸で行われ、抜群の人気と実力を誇ったDFの最後のピッチを、中田英寿氏ら豪華メンバーが彩った。 宮本氏は2002年日韓ワールドカップ(W杯)代表メンバーが主体のチームで、中田浩二(鹿島)らと「フラット3」を形成。接触プレーで顔面を押さえて倒れ込んで場内を騒然とさせた後、W杯で話題を呼んだフェースガードを装着する一幕もあった。 所属したG大阪の05年J1優勝時のメンバーや、神戸の一員としてもプレー。観衆に促されて果敢に攻め上がり、オーバーヘッドも披露したが、好機を外し続けて苦笑い。先に長男の恒凛君がPKを決めると、終盤にミドルシュートを突き刺して声援に応えた。 [ 2012年7月16日 20:42 ]
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ツネ様 7・16引退試合に04年アジアVメンバー集合 神戸は1日、昨年12月に現役引退した宮本恒靖氏(35)の引退試合を7月16日の午後6時からホームズスタジアムで開催することを発表した。 リーグ優勝した05年のメンバー中心のG大阪、09年から11年のメンバーの神戸、そして04年にアジア杯を制したメンバーを中心とする元日本代表(TSUNEフレンズ)の3チームが、総当たり形式で30分ずつの試合を行う。各チームで出場する予定の宮本氏は「かつてともに戦った仲間たちと、サッカーの素晴らしさを感じてもらえるようなイベントにしたいと思っています」とコメントを寄せた。前売り券は2日から各プレイガイドで発売される。 [ 2012年6月2日 06:00 ]
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懐かしのメンバー大集結!宮本氏引退試合が7・16開催 昨年12月に現役を引退した元神戸の宮本恒靖氏(35)の引退試合が、7月16日にホームズスタジアムで開催されることが31日、分かった。自身が所属した思い入れのある3チームが集まる予定で、ツネ様にふさわしく豪華な舞台で最後の花道を飾る。 現役最後の3年間を過ごした本拠に集結するのは、G大阪でリーグ戦の初タイトルを獲得した05年当時のメンバー、02年日韓W杯のトルシエ・ジャパンや06年ドイツW杯のジーコ・ジャパンでともにプレーしたメンバー、そして自身が在籍した当時の神戸のメンバー。出場選手は現在も交渉中だが、ビッグネームが名を連ねることは間違いない。G大阪時代に師弟関係にあった西野監督が、この5月から神戸の指揮官に就任したのも何かの因縁を感じさせる。 引退試合を終えた後は、ロンドン五輪観戦のために渡英する予定。9月からは、国際サッカー連盟(FIFA)の運営する大学院「FIFAマスター」に入学し、約1年間にわたる勉強の日々をスタートさせる。 [ 2012年6月1日 06:00 ]
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カズ「マツ…みんな覚えてる」/追悼試合 昨年8月4日に急性心筋梗塞で亡くなった松田直樹氏(享年34)の追悼試合(松田直樹メモリアルゲーム)が22日、日産スタジアムで行われた。J2横浜FCのFW三浦知良(カズ=44)中田英寿氏(35)ら、松田氏が現役時代、日本代表や横浜、松本などでともにプレーした仲間が86人集まった。 メーンのNaoki Friends−横浜・OB(45分ハーフ)戦は、安永聡太郎氏(35)の得点で横浜・OBが1−0で勝った。前座試合の横浜・OB−松本(30分1本)戦は、松本が1−0で勝利し、場内を沸かせた。 プロとしてファンを大事にしたこともあり、この日は4万475人のファンが集まり「直樹コール」をこだまさせた。カズは「マツのことをみんな覚えているから、これだけの人が集まった」。横浜の後輩・中村俊輔(33)は「これだけの選手とファンが集まったのは、マツさんの人望ですね。一緒にプレーしたことを誇りに思う」。中田英氏は「今日、みんなと会えたのは、アイツの存在が大きいから」と続けた。 4万人を超える観客が駆け付け、諸経費を支払って残った約1000万円の収益は、遺族に渡すことになる。追悼試合の実行委員長・安永氏は「アイツが死んだ8月4日前後に、今度は松本で追悼試合をやりたい。みんな賛同してくれるはず」と、松田氏をしのぶ仲間の集まりは、今後も続く。【盧載鎭】 ◆松田直樹(まつだ・なおき)1977年(昭52)3月14日、群馬・桐生市生まれ。小1でサッカーを始め、前橋育英高時代は3年連続選手権出場。93年U−17世界選手権(現U−17W杯)ベスト8。95年ワールドユース(現U−20W杯)、96年アトランタ五輪、00年シドニー五輪出場。95年に横浜入団、J1通算385試合17得点。代表は00年2月5日メキシコ戦で初出場。02年W杯日韓大会は「フラット3」の1人として全4試合にフル出場し、16強進出に貢献。国際Aマッチ通算40試合1得点。98年に結婚、1男2女をもうけたが、その後離婚。183センチ、78キロ。 [2012年1月23日7時22分 紙面から]
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