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今回、2度目の宿泊だった。自分へのご褒美がやっと実現。しかも、前回とは違い私にしては豪華にも2泊3日。1泊だと慌ただしく、たちまち翌日出発だが、今回は中1日余裕があり、館内の様子も落ち着いて見ることができた。料理は2泊とも朝夕ともに変わり、自分には贅沢すぎると思えるほどの豪華なメニューに舌鼓。客の1組ごとに仲居さんが担当につき歓談しながら、ほどよい量でこれでもかと絶品料理が運ばれる。前回実現できなかった個室貸し切り露天風呂も午後一番に、緑まばゆい日差しの中で気兼ねなく堪能できた。たっぷりと命の洗濯ができた。
3連休で積翠堂菊屋は超満員。女将は満員のお客様のご接待やらで、甲斐甲斐しく館内を走り回っておられ、実にお忙しそうだ。ベテラン仲居の佐今さん、初々しい神さん、ドリンクコンテストで入賞作品を創作した長沼さん、帳場の力持ち重山さん、いつも笑顔に癒やされる沖縄出身の石川さん、お土産売り場のスタッフさんと、お一人お一人と歓談できた。 その女将から、ある冊子を見せていただいた。開いてみると菊屋旅館十四代当主野田準治郎氏に嫁がれた先代女将野田葉子さんが、写真入りでまとめられた回顧録であった。折角なので、掻い摘んでご紹介してみる。 明治時代、菊屋は有名な湯治場として、近くに山林を所有、菊屋山荘という広大な宴会場、鹿も飼われていた弓道場、桂川に水力発電所建設、嵐山に東屋、さらに修禅寺ハリストス正教会聖堂の建設など、数々の伝説を修禅寺に残されて来たという。 また皇室との関わりも深く、有栖川宮様が江戸城明け渡しの際、宿泊。明治末期に先の昭和天皇、秩父宮、高松宮の御三方が皇孫殿下の頃にご宿泊。また、大正天皇、明治天皇の皇后様、常陸宮様など数多くの皇族もご宿泊されている。 学習院院長の乃木閣下、桂太郎氏、元広島藩主浅野侯爵、政治家副島種臣氏(積翠堂菊屋の名付親)、「修禅寺の大患」で有名となった夏目漱石氏、執筆家吉田弦二郎氏もご宿泊されている。また、将棋の「大山・松田」名人戦も昭和30年に開催。大山名人が勝利されたという。 夏目漱石氏は明治30年8月6日夜、菊屋着。到着後3日目には床につき、24日夜8時に4回目の吐血、脳貧血から一時人事不省、危篤状態に陥る。翌日、医師の往診で回復、9月の朝には氷嚢も外され、10月11日に帰宅となり、朝にはご主人の脩治さんが快気祝いにお頭付きの甘鯛をお出ししたそうだ。漱石は滞在中の9月29日に次の漢詩を詠まれている。 「仰臥 人唖の如く 黙然大空を看る 大空雲動かず 終日 杳かに相同じ」 *これは石碑となり、除幕式は昭和8年4月10日修禅寺公園にて行なわれている。 今年は母の死が正月元日。命日が元日だけに、来年は母を偲んで厄払いを菊屋で過ごし、おいしいお節料理をいただければ、きっと良い年が迎えられるに違いない。菊屋のスタッフのみなさん、お持てなしをありがとうございました。今後とも、末永くよろしくお願いいたします。
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子供の死の理解について、マリア・ネギーの研究では、第一段階・・5歳くらいまでの就学前の子供は死が最終のものであるとは認めない。死は生が減少したものととらえている。第二段階・・5〜9歳。この段階は死を主に男性に擬人化する。死が確実にやって来ることに対しては不確かである。第三段階・・9〜10歳以上。死は生の最後であり避けられず普遍的であることを分かっている。 |

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