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この4月から神社の総代を務めることになった。残り少なくなっている時間のなかで、できれば避けたいと思っていた世話役だったのだが… |

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この4月から神社の総代を務めることになった。残り少なくなっている時間のなかで、できれば避けたいと思っていた世話役だったのだが… |
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私の家の前は、かつて国道だった市道が走っている。その沿線には、私の家を含めて11軒の家が建っている。 そのうちの4件が貸家か空家になっている。残る7件のうちでもこの先はいずれそうなることが予想される家が数軒あって、自家もまたどうやらそのなかに入れなければならないようだ。 それは私の地域に限ったことではなく、市の将来人口においても今後20年のうちに21.5%もの減少が予測されている。これは市政にとって最重要な問題であるはずなのに、打つ手がないのか、それに対する市の取り組みは何ら聞こえてこない。 人口の流出防止のためには、多くの自治体で、まず就労の場の創出策などが採られているようだが、若者たちが定住を決めるに足るほどの企業誘致や文化環境の整備が今後も進みそうには思われない。となれば、都会へ出た人たちの、リタイア後におけるUターンを呼びかけてみるのも一案ではないかと私はつねづね思っている。 しかし、同じ県内で定年を迎えた私の友人・知人を見てみても、リタイア後県庁所在市にマイホームを建ててもわが市には戻ってこない人が大方だ。なぜ、そうのかというところに、今日の市政の最重要な課題が見えているとも思われるのに、残念ながら、市政推進の当事者たちのうちに、この点の問題意識が稀薄なようなのだ。
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先日「大般若はん」の行事のことを書いたが、途中地域のはずれの溜め池のすぐそばに通りかかった。その時思わぬ光景が目に入り、私の足はおのずとその堤の方へと向かっていった。 溜め池の水面から、水蒸気が静かに、まるでその音が聴こえるかのように静かに立ち昇っていたのだ。私は、こうした水蒸気や霧に包まれた光景を見るのが好きだ。 そして自分もまた水蒸気や霧に包まれ、その清らかで細かな水滴に頬を濡らし、胸いっぱいにそれを吸い込むのが好きだ。それは、自分のいのちの営みの源に触れた心地さえする。 そんな体験がもう一度したくて、あの日と同じように、よく晴れわたった日の夜の明けに、何度か同じ池の堤まで出かけていった。しかし、いまだにあの至福の光景を見ることができずにいる。 水蒸気や霧に包まれる体験が、あれほどまでに深い至福の思いへと誘なってくれるのは、普段の暮らしで塗れた心身の汚れや塵垢をきれいさっぱに洗い流してくれるからだろう。そしていのちや世界の真相をあるがままに見せてくれるからだろう。
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夏病にかからないために大般若経を入れた経箱の下をくぐるという行事がある。私たちの地域では、これを「大般若はん」と呼んでいて、このブログでも何度か書いてきた。 今年は、この経箱を担ぐ役が私たちの自治会に廻ってきて、朝6時前に自治会館前へ出かけていった。鉦を鳴らして廻る役が先頭に立ち、その後を経箱を担いだ2人が続くが、この経箱を担ぐ役は10軒くらいごとに交代する。 家族の全員が出てくる家もあるが、年寄り夫婦だけというところもある。私の子供時分には親に命じられて眠い目をこすりながらも必ず寝床を起き出していたものだが、今は出てこない家も少なくなくなっている。 般若経といえば、仏典のなかでも格別重要視されてきたものだが、何しろ全600巻もあって、一般の人がこれを読みこなし、理解するというのはほとんど不可能といっていい。それで、せめて経箱の下でもくぐってその御利益に預かろうというものだろう。 といっても、般若経というのは、人生が空なることを説いたお経なのだから、ただ病にかからないためにこのお経の下をくぐるというのは、ちょっとおかしい気もする。しかし、とにかく有難いお経の下をくぐれば、御利益が…と今にこの行事を続けているところに、私たちの宗教意識の本質があるようにも思う。
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きょうは、朝から「井出浚え」へ。井出(イデ)というのは、用水路のことを私たちの地域ではそう呼んでいて、その用水路に溜まった土砂やそこに生えた草を取り除く、毎年この時期に行っている恒例の行事だ。 昭和30年代くらいまでは、これは農家だけの行事だった。それが非農家も含めた全自治会の行事に変わったのは、経済の成長とともに私たちの暮らしぶりが変わりかけた、40年代も後半に入ってからのことではかったろうか。 非農家もこの行事に参加するようにとの声がかかっても、誰も異議を唱えなかったのは、自分たちの台所から排出する汚染水の質量からいって、それは当然のこととの思いがあったからだろう。一方、農家の方でも、兼業農家が増え、やがてはそのすべてを占めるようになり、水路自体が農業用水路としての役割をどんどん減少させていくこととなる。 私の少年期には、その透き通った水中にはメダカやミズスマシ、ゲンゴロウなどが泳いでいるのが日常的に見られたものだった。家庭排水が流れ込んでいても、米や野菜を洗っただけのものだったから、溜め池の水とそれはほとんど変わりがなかった。 きょうもこの行事に出てきている人を見てみると、大半が非農家で、家に田んぼがある人でもここから水を引いている人は数えるほどしかいなくなっている。この行事の変貌は、戦後の地域の、産業から暮らしに至るその全変貌の象徴であるとも思う。
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