リタイアライフ満喫中

リタイアライフは、毎日が黄金の時間。その満喫感をありのままに綴ってみます。

科学・技術

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きょうは、いよいよ恐山のことを書こうと思っていたが、やはり山中伸弥氏のノーベル賞受賞の方に心が動く。IPS細胞なる、これからどんな細胞にでもなれる万能細胞の作製という、私たち素人にも、その画期性、偉大性が何となく分かった気のする偉業だからだ。

昨夜からの報道を観ていると、この人の研究姿勢あるいは生き方には、つねに変わらぬ一貫したものがあるようだ。幾たびもの失敗や挫折に遭遇しながらも、その都度新たな目標を見い出し、再度挑戦に立ち上がっていることだ。

私たちは往々にして驕りと落胆との間を揺れ動くものだが、この人はそのいずれの極端にもにも陥ることがない。それは、謙虚な自信、静かな闘争心、あるいは冷静にして旺盛なチャレンジ精神とでもいいえるだろうか。

いま、この国ではGDP世界第2位の地位から転落し、尖閣・竹島の領土を脅かされ、多くの人が自信を失い、苛立ちを抱えている。このままジリ貧を続けて、10年後、20年後には…

それにしても、人口わずか1億2千万人の狭いこの国土で、ノーベル賞受賞者をすでに19人も出しているというのは、やはりこの国は素晴らしい国だと誇っていいことを今回の受賞は教てくれているのではないか。そして人はどんなときにもけっして驕らず、といって、絶望したり自信を失ったりすることもあってはならないことを…

原発、ゼロにすべき?

政府が開いているエネルギー政策の意見聴取会が、きのう終わった。2030年までに原発をゼロにすべきとの意見が7割に達したという。

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この結果を聞いても、私には直ちにそれに全面賛成するには疑問が残る。確かにクリ―ンエネルギーで、私たちの暮らしや産業を成り立たせられたらそれに越したことはないとは思っているのだが…

十何年か前に、地元の電力会社からモニター会への参加を求められ、会社側の原発推進や安全対策の取り組みをいろいろ聞かされ、それに期待・賛同する旨を答えたことがある。福島での惨状を学ぶにつけ、その時の自分の意見表明の甘さを自省しているところなのだが…

基本的には、原発の問題を考えるには、政治家やメディア、産業界の人たちより、科学者や技術者の考えを重視すべきだと考えている。今回の福島での事故も、科学技術の進歩の途上で起きたものではないかとの思いを払拭できずにいるのだ。

放射性廃棄物の問題も含めて原発問題について自分なりの考えをもつには、科学・技術上の知識が足りないと思って、先日も容易に手に入る新書や文庫本を買ってきた。いずれも未読であるが、つい最近まで原発推進派であった私は、生半可なままにそうであったことへの反省から、とにかく少しでも科学技術の勉強をしなければと思っている。

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原発をどう考えるか

各国、そして国内各地で、反原発・脱原発の声が高まっている。きょうの新聞のアンケート調査でも、原子力発電を利用することに反対が42%で、賛成37%を上回っており、今後「原子力発電を段階的に減らし、将来は止める」ことに賛成意見は74%にも達している。

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福島第一原発での惨状を見れば、多くの人から、かくなる答えが出されるのもうなづける。もし自分にも同じ問いを向けられたら、どう答えればよいのだろう。

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自信をもって答えるには、是非とも知りたいことがある。原発事故における今回のような大惨事は今後の科学技術の進歩をもって避けられるのか、それともいかなる人知をもってしても防止しえないのか…

これに関して、先日の新聞に、作家の池澤夏樹氏が「核エネルギーというのはどこか原理的なところで人間の手に負えないのだ」と書いている。科学技術の専門家の間でも、こうした、素粒子レベルの操作というのは人知をもってしては能わざることなのだという考えの人がいるようだ。

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そこのところが、この分野の知識に乏しい私などには、どう考えてよいのか分からない。自然エネルギーに移行すればよいというのは誰しも望むところだろうが、それまでのつなぎのエネルギーとして原発利用をどう考えればよいのか、これから推進・反対双方の学者や論者の考えを勉強したいと思っている。

自然を前に…

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今度の大地震や大津波、ことに福島第一原発の大事故が教えてくれた最も大きなことの一つは、人が常日頃いかに油断や高慢さに陥りやすいかということではないだろうか。

私たちはよく人の知り得ること、なし得ることには限りあることを口にする。「私は真理の大海を前にして、浜辺で貝殻を拾っている子供に過ぎない」とのニュートンの言葉なども思い浮かべて…

そうはいいながらも、日々きらびやかな文明の成果に囲まれて暮らしていると、ついそんな謙虚な自省・自戒を忘れがちになる。忘れるばかりか、この大成果をつくり上げた科学技術や人の知を誇り、やがてはそれでもって能わざるはなしとの驕りさえも…

しかし、科学技術は今後どんなにその成果を拡大させていっても、つねに自然や宇宙への部分知であることを免れないのではないか。大自然は科学の見い出したその知見の先に、その都度新たな未知を残しつづけるのではないか。

今度の大地震や原発の大事故を前にしても、私たちは科学技術の成果をオール否定することはできないだろうし、そうすべきでもないだろう。そしてそうであるなら、科学技術の成果が巨大になればなるほど、自然を前にしての私たちの謙虚さもまたそれに比例して深く大きなものにしてゆかなければと改めて思う。

「想定外」とは…

今度の大地震・大津波に対して、専門家と称される方々がほとんど口を揃えて使っていた言葉がある。「想定外」という言葉だ。

同じ規模の大地震が現にこれまで何度か起きているというのに、なぜ、「想定外」ということになるのだろう。想定とは最も現実的な事態を仮定して対応策を考えることだと被災地のハザードマップの作成にも関わった専門家が語っていたが、なぜ、今回の地震・津波被害を現実的な事態と考えなかったのだろうというのが、私のような素人の率直な疑問だ。

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そこには、対応策を具体化していく上で、それに要する経費を無制限なものにすることができぬという事情もあったのではないだろうか。最も現実的と目される事態への対応策を講じるのが、ベストではなくとも、ベターであるという考えが…


それにしても、同時に、その最も少ない可能性に対しても、様ざまな対応策やその代替策を備えることは可能だったのではないのだろうか。発電所の冷却機能にしても、外部電力の代替施設や大型放水施設の備えといった…

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かくいう私も、実は何年か前に地元の電力会社から原子力発電に関するモニターを委嘱され、専門家による様ざまなデーターや見解を聞かされた後に、それに全面的に賛同する意見を述べたことがあった。人知に限りがあることを思い知らされたいま、ことに大局の判断においては、専門家の意見といえども鵜呑みにはせず、自らの想像力を研きすましてものを考え、そしてその上での意見を述べるようにしなければと思い直しているところだ。

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