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先日、ペットボトルの話をしたがその著者からシリーズの第二弾が出版されている。そこには更に驚愕のストーリーが展開されていた。
すなわち、
・温暖化による脅威の異常なまでの不安扇動。たとえば海面
上昇はIPCC(地球温暖化に関する政府間パネル)では
30年後にわずか11cmと結論しているが日本では温暖化
による水没のイメージが強く植え付けられている。
・京都議定書では温暖化防止にほとんど役立たない。
・京都議定書では基準年設定のトリックによって日本だけが
不利な目標を負わされている。ほとんど実現不可能なため実現のためには排出権を何兆円も出して買わ
ねばならない。
排出権を買うお金は当然ながら税金である。企業が、あるいは国民が疲弊し、やがて国際競争力を失う。これは温暖化を人類共通の脅威として世論を構成し隠れ蓑にした政治経済戦争なのだ。そして、日本は欧米の戦略に負けた。
日本には戦略がない。しかし、それ自体は悪くないのかもしれない。なぜなら戦略とは自己に有利になるように相手との対応法を練ることであり、言い換えれば自我の主張に他ならずそこに安定した平穏があることはないからである。欲望の行く末は勝ち組負け組に象徴される歪んだ世界しかない。それは庶民のレベルでも国家間でも同じだ。戦略はなくても理不尽なものに対して毅然とした態度が取れるだけの信念や理性を持ち合わせていれば良いのだが今の日本にはない。
このように見てくるとマスメディアの報道姿勢は官僚と結託した、排出権を買うことの正当化を狙う世論操作ではないかという意見が極めて説得力を持ってくる。
著者は言う。二酸化炭素の削減には人間の活動そのものを抑えるしかないと。しかし競争力を損なう抑制は誰もやらない。そこに大きな欺瞞がある。世界で、日本で。至るところで人々を騙し続けている。
エネルギーを抑える、無制限な活動拡大からの方向転換、それは取りも直さず{ガン化社会}からの脱却ではないのか。現代社会は個人個人がガン細胞のようである。美食,大食に明け暮れ、お金至上主義がガン細胞に養分を送っている。
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