気ままにエッセイ

2012年、混沌から新しい時代へ...

社会・経済・政治

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最近は何だか釈然としないものが多い。尖閣問題...入国管理法違反で逮捕。じゃぁ竹島はどうなの?やりたい放題やらせておいて実力行使はなし?なぜこのアンバランスを誰も言わないのか?オリンピックでサッカー選手が政治活動...これ、本人だけの問題ではないでしょう。オリンピックに政治を持ち込まないルールは当事者であれば当然知っていなければならないはず。個人の妄動だとすれば関係者が直ぐ止めねばならない。が、そのような報道は流れていない...ならば、チーム、あるいは国としての問題だ。特定個人に問題を矮小化させるのは本質から逃げているも同然だ。国内も似たり依ったり...マニフェストを無視したら選挙制度は崩壊するのは当たり前だろう。その他例を挙げ始めたら枚挙に暇がない。だが、社会の監視役たるべきマスコミすら何も言わない。全てが「真実」とはかけ離れたところで動く...あるいは動かされていく...「毅然」は急激に死語になりつつある。

母乳汚染


 ショッキングなニュースである。市民団体「母乳調査・母子支援ネットワーク」(村上喜久子代表)は4月20日、福島市内で記者会見し、福島など4県の女性9人の母乳検査で、茨城、千葉両県の4人から1キロ当たり最大36.3ベクレルの放射性ヨウ素131が検出されたと発表した。ほぼ1カ月前、3月25日に当ブログで母乳汚染の危惧を訴えた。心配が現実になり大変残念である。乳幼児にとっては母乳は水と同等以上の命の綱であるので飲料水を例に現在の基準値をみてみよう。
 政府が出している暫定基準値は大人で300ベクレル、1歳未満の子供は100ベクレルである。これは、しかし、何の説明も根拠もなくいきなり引き上げられた数字であり、WHOでは10ベクレル、アメリカでは0.11ベクレルが基準である。世界標準に照らし合わせれば既に大幅に許容量を超えたということだ。
 放射能を播き散らかしたと思われる爆発事故から既に一カ月以上が過ぎており、市民団体による今回の調査は遅きに失する感は否めない。日本国民はあまりにも政府、マスコミに従順でありすぎる。現政府の一連の行動を見ていれば国民のための政府でないことは一目瞭然のはずだ。体制に従順であることは決して美徳ではない。自分で情報収集し自分で判断して自分で責任を取る生き方がこれから問われるのではなかろうか。
 何が起きても政府やマスコミを恨まずに死ねるのならばそれはそれで立派な人生かもしれないが私にはできない。
  ひとは何故際限なくお金が欲しいと思うのだろうか。確かにお金があれば何でも手に入る。少なくとも物質的なものは、大概は可能だろう。
 人々の不幸を土台にせずに、広く社会のためになる仕事をして得たお金であれば文句は言うまい。しかしマスコミの世界において、情報を国民に伝える立場の人間が良心にフタをして意に沿わない情報を流しているとすれば、放射能汚染水を海に垂れ流していると同等に問題ではないか。
 もちろん、汚染水の海洋廃棄を指示した上層部がいるのと同じように情報の偏向を指示しているマネジメントがいることは容易に想像がつく。が、そのような人たちはそうさせる環境のなかで二十年三十年とどっぷり浸かっているのであろうから、軌道修正する、あるいはさせることはまず不可能なことであろう。
 であれば、マスコミの表面に出てくる末端の人たちが(キャスターなどを末端などといったら失礼だろうが)「こんな仕事はやってられません。」とみずから降板宣言をしてみてはどうか。そうすれば国民も少しは目が覚めるだろうし、なによりも本人たちの精神衛生に好ましいことだろう。良心に逆らってウソを重ねることほど辛いことはないはずだからだ。それとも良心の声を聞くことすらできないほどにお金の病に耳を冒されてしまっているのだろうか。そう言えば最近は「良心」という言葉が死語になりつつあるようにも見えるのだが。

バラエティ放送局

 民放の報道や討論番組は本当につまらない。どのチャンネルも同じような内容を同じような順番で流す。それだけではない。掘り下げが全くないし本当の世論を反映させた議論もできない。チャンネルの選定基準がキャスターの人気程度ならば、いっそのこと国営放送に任せておけばよいではないか。政府や業界のプロパガンダは一社あれば十分だ。大いなる無駄の削減が出来るというものある。
 民放とはスポンサーがあって成り立つ「商売」ではあっても、けっして国民のために政府や民間の不正義を「監視する機関」ではありえようがない。スポンサーや許認可権を持つ組織に逆らえる訳がないからだ。スポンサーを降ります、電波の使用料を上げますと言ったら即商売にさし障りが出る。したがい、報道の偏重などと批判するのは愚の骨頂だ。
 ならば、民放は政治、経済、宗教などの分野からは一切、手を引いてバラエティにでも特化してやったらどうだろう。そうすればどんなにスポンサーよりの番組を作ろうが気にすることはない。後は見る側だけの個々の判断、責任である。
 ひとつだけ最後に付け加えておこう。NPO放送協会のようなものを対抗馬として作らないと、冒頭項の馬は住民を蹴散らしながら暴走しそうである。

 首都圏の某知事は原発推進論者であるらしい。ネットでの情報なのでどこまで本当かはわからないが・・・
 東京湾に原発を建設してもよいという。完璧な管理システムがあればと。しかし、こんなことはちょっと知恵のある人なら、いや、なくたって、誰でも言える。説明するまでもないが、どんな事故が起きても私の責任ではありません、と宣言しているに等しいからだ。現実の世界において「完璧」といえるモノ(私にとっては算数の加減乗除ぐらい)がほとんどあり得ないことを前提にものを言う。M9だとか10mを超える津波が想定外だという、東電の立場?からすれば始めから負け戦である。議論の余地もない。
 では、ここで設問。
①完璧なシステムを誰が確認して保証するのか。それは行政か。
②完璧なシステムであること(すなわち何が起きても安全であること)をどうやって全世界の人々に知らしむることができるのか。
③モノを作るには須らく設計基準が必要である。それは妥協の産物であるが、これを妥当として受け入れるのか。
④完璧なシステムでなければ他県に原発を作っても許容されるのか。
⑤(設問としては不適当かもしれないが)完璧ではない場合、リスクと経済活動のバランスをどう考えるか。
⑥人の尊厳(あるいは命)と原子力に支えられる経済活動のどちらが優先されるのか。
 思い付くままに書き連ねたが、知事、議員候補者のみならず全ての現国会議員に署名入りのアンケートをとってみたいものである。

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