気ままにエッセイ

2012年、混沌から新しい時代へ...

健康・料理

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体脂肪率のささやき

 たまには、日常性からはずれてみるのも一種のストレス解消になるものである。とくに主婦は、毎日亭主や子供のメシを用意せねばならないとしたらきっと投げ出したくなるときもあるに違いない。もっとも最近は定年退職をしたからと言って、亭主族も安穏と趣味の世界に浸ってばかりはいられない。男の料理教室に通うオジサンたちは「私が寝込んだらどうするの?先に逝っちゃたらどうするの?」と女房族に脅かされているのが大半である。いつまで経っても楽はさせてもらえないのが人生のようである。
 そんな愚痴をこぼしたり屁理屈をこねたりするうちに、たまには外食でもするか、と妙なところで阿吽の呼吸で意見が一致する。ただ、今さらお互いの顔をシゲシゲと見ながら食事をしても情熱の炎が燃え上がるわけでなし、ということで同じような状況の友人夫妻と定期的に会食をすることになっている。
 先日もその夫妻と会食をした。話題はやはり健康の話が多くなる。友人の奥様が
「この間ね、朝、体脂肪率を測ったんですよ。そうしたら数値が急に上がっていてビックリしちゃった。」
と、おっしゃる。肥満を目の敵にして常々ダイエットに余念がない彼女にしてみれば、日頃の私の努力は何だったの?、とお怒りになっているのかと思いきや、続きがあった。
「体脂肪率は朝が一番高くて夕方になるにつれてだんだん下がって行くんですって。」
安心を噛みしめながら、そう話す彼女の説明を聞きながら、私はハハン、と他のことに思いを馳せていた。
 朝食抜きの一日二食を実践し始めてもう二年以上が過ぎた。キメ手は{夕食時のカロリーは寝ているあいだに脂肪に変換され身体に貯えられます。それが翌日の活動エネルギー源になります。朝食をとったからといってそれが直ぐにエネルギーになるわけではないのです。}との説明を開業医や大学教授の著書で発見したときだった。
 体脂肪率は朝高くて夕方低い。これほど明確に先ほどの先生方の説を裏付けるデータはないではないか。{朝食を取らないと元気がでないよ。}と信じている人たちに{それはウソですよ。}と体脂肪率が囁いているように私には聞こえた。

メタボ野菜

 最近、野菜よ、お前もか、の思いが強い。メタボの疑いである。野菜に内臓脂肪が溜まるわけはないのでヒトの腹まわりが出るように茎が太ったりすることはない。が、図体だけはどんどん大きくなって余計なものをなかに溜めこんできているのではないだろうか。
 ひとつの大きな農園で2〜30人近くが畑をやっていると様々なスタイルがあって面白い。元肥に堆肥と化成肥料を入れ追肥でまた化成肥料を施し、最低限の農薬は使う教科書的な人。有機肥料だけにこだわる人。肥料は使いません、という変わった?人もいる。想像どおり最初の人の畑が野菜の育ちが最も良い。では、肥料を使わないと野菜が出来ないのか。形は多少貧弱になるがそれでも野菜は育つのである。
 スーパーに並ぶ野菜はどれも立派だ。牛がたくさんの飼料を与えられて肥満化し霜降り肉になるように今の野菜はたくさんの肥料で大きく育つ。その一方で栄養価はどんどん減少し本来の味も失われつつあることは案外見過ごされている。肥料過多の野菜は過保護児童のようなものだ。苦労せずとも養分の吸収ができるから根の張りが少ない。だから強風が吹けば倒れる。病気になったり虫がつきやすくなったりもする。農薬のお世話にならなければ収穫は覚束ない。さらには困ったことに内臓脂肪的存在の硝酸態窒素が大量に溜まる。これは消化の過程で亜硝酸となりタンパク質と反応し発がん性物質(ニトロソアミン)になる。
 「奇跡のリンゴ」という本がある。農薬を使わずには出来ないと言われたリンゴを農薬も肥料も使用せずに作った人の話である。そのリンゴは普通のリンゴよりおいしく不思議なことに腐らないという。(発酵はする。)自然にあるものは肥料や農薬とは無縁である。それで立派に育つ。野菜もできるはずだ。それが本来の健康な野菜のはずだ、と自然栽培の野菜を作る農家が少しずつ増えてきているという。その野菜もまた腐らない。
 ヒトは食べ過ぎで余剰脂肪を内蔵に溜める。肥満になれば運動量は減り筋力が衰える。基礎代謝が落ちる。ますます肥満の悪循環へはまりこみメタボリック症候群なる病気に悩まされることになる。野菜もまた肥料で無理矢理大きく育てられれば余計なものが体に溜まる。こんな話がある。窒素系肥料をたくさんやると確かに葉は元気になるがアブラムシがつきやすくなるという。それは栄養過多の野菜から養分を抜き取り適度なバランスを取り戻させるために遣わされた自然からの使者のようだ。自然は賢い。平衡を保つためのメカニズムが働く。しかし、ヒトはメタボで病気になれば薬を処方される。野菜の場合の処方箋は農薬である。野菜も同じ道を歩み始めた。泥沼のメタボの道である。

朝食を摂ること

 しばらく前の新聞に、健康のためにすることという調査結果が出ていた。その中で46.9%の高率を獲得してトップになったのは、「朝食を摂ること」であった。本当はきちんととりたいのだが朝は忙しくて朝食をとる暇がない、という人もたくさんいるのであろうから、過半数を軽く超える人々が朝食はとらねばならないと信じているようだ。
 一年ほど前から朝食を抜いた結果、10kgも減量した私を久しぶりに見る友達は一様に健康でも害したのか、と訝しそうにみる。ダイエットですよ。どんな?朝食を抜いているだけです。身体に悪いんじゃないの?お決まりの会話が始まる。そんな彼らに朝食を摂らないことの正当性を説明するのに、相撲取りの例や一日働かなければ餌にありつけない動物などを引き合いに出すのだが誰も納得しない。少し理屈っぽい人には、まず「何故、朝食をとるのですか?」と質問する。大概、「今日のエネルギー源だよ。」という答えが返ってくる。そこでタイミングやよしと、食べ物が消化吸収されてエネルギーとして使用できるまでに4〜5時間はかかる、モノによってはさらに時間がかかることもあるのですよ、だから必ずしも直ぐにその日の活動力になるわけではないですよ、と説明するのだが、相手は反論できない。では夕食は何のためにとるのですか、その日のエネルギー源が朝、昼でとれるなら、夕食は余分じゃないですか、だから太っていらっしゃるのではないですか、と突っ込みたくもなるが、最終的には権威のないヤツが何を言うか、という顔をされてお仕舞いである。
 もうひとつ言おう。潤沢にあるわけではない血液が消化器官へ全面支援に駆けつけようとしても食後に頭や筋肉のフル稼働が始まるのではどちらかを犠牲にせねばならない。良いことは全くなさそうだが人はそれでも信じる道を行く。

朝食抜いて一年

 明日から朝食は要らないよ、と宣言したのはもう一年も前のことだ。極めて常識派、TVから流れてくる健康情報は全て正しいと、たぶん、信じきっている女房は怪訝そうな顔を見せながらもしぶしぶ受け入れた。青汁と野菜ジュースだけで十分だという私に、それでも具沢山の味噌汁をつけてくる。必死の抵抗なのだろう。断ったら険悪な状況に陥りそうなので妥協せざるをえない。
 気まぐれでも、興味半分でもない。当時の私は切実だった。三食きちんと食べ間食もせず、1週間に3回も休肝日を設け、朝は散歩し午後にはスポーツジムに通い、と常識的には頗るまともな健康生活だった。強いて言えば多少食べ過ぎ気味ではあったかもしれない。しかしBMI値は約25で肥満の入り口程度であったから、プールのなかで大きなお腹をゆさゆさ揺らしながら水中ウォーキングをやっているオバチャンたちよりははるかに健康的な?ボディではあったはずだ。それでも、体調は芳しくない。動悸、息切れ、睡眠不全、恒常的な胃もたれ感、などなど。
 どこかおかしいはずだ、と思い始めていたころ「朝食有害説」にめぐり合った。素人の説ではない。医学博士が書いている。直感的にこれだ、と思った。一年前だった。それから冒頭に書いた食事スタイルが始まったのである。当初はさすがに午前中や夕食前には腹が減った。が、黒糖や蜂蜜等で空腹感を誤魔化しながらの生活が2〜3ヶ月も続いた頃には、朝起きたときに胃袋が空っぽにもかかわらず空腹感がないという不思議な感覚が現出した。空腹というのは一種の思い込みなのだということがそのとき初めて実感されたのだった。体重のほうは1週間に1kgずつ減少していった。が、3ヶ月で10kg減量した時点で体重減少はピタリと止まった。その後は今日にいたるまで体重はほぼ一定である。ちなみに現在のBMI値は22、標準値である。体調は極めて良好、一年前の症状は何時の間にか雲散霧消していた。実は、朝食抜き以外にも、同時期から魚介類以外の肉食は外食などの場合を除いて原則止めた。これが体調にどう関わっているかは不明であるが少なくとも私のように身体が出来上がって維持するだけの人にとっては必須の食材ではないことは確かであろう。
 リバウンドもなく夕食には好きなものを好きなだけ食べアルコールも飲んで健康体が維持できる。こんな素晴らしいダイエットはそうそうないだろう。この5月からは朝食の味噌汁も止めた。さすがに女房も、そうですか、と言ったきり反対はしなかった。それでも彼女は相変わらず朝食はしっかり食べている。

塩害と糖害と

 マスメディアというものが発達して以来、世の中には情報が氾濫するようになった。が、一般人にとってはその情報のひとつひとつをいちいち検証することなどほとんど不可能なことである。勢い、寄らば大樹、ではないが大きなメディアからの情報をそのまま受け入れる傾向が強くなるのは当然の成り行きでもあるだろう。
 しかし、残念ながら、マスメディアはほとんど営利企業でありスポンサーの意向が色濃く反映される。すなわち売りたい商品に影響が出るようなことは絶対にやらない、ということをしっかりと頭に入れておかねばならない。
 そのような目でみると、塩と砂糖は好対照である。塩は勿論、必須ミネラルとして不足すれば命に関わるほどである。野生の動物は必要となれば岩塩を舐めたりする。一方、糖分は身体のエネルギー源としての重要性はあっても砂糖類から取らねばならない必然性はない。炭水化物であれタンパク質であれ体内で分解されれば最終的に糖となってエネルギーを得ることができる。
 にもかかわらず、マスメディアからは事あるごとに、塩分の取り過ぎはいけません、とのメッセージが流れてまるで悪者のごとくに扱われる。ご丁寧に一日7グラムまでとか数字まで提示してくれる。そもそも塩は嗜好性が薄いので摂れといわれてもそれほどたくさんは取れないものであろう。一方の砂糖は、取り過ぎはいけないので1日何グラムにしなさい、などと注意を促しているところなど見たこともない。せいぜい、太るから控えめにしています、などという言葉が消費者側から発せられるのを聞く程度である。
 メタボが何かと取り沙汰される割には何も言及されないことはむしろそこに大きな危険が隠されていると思ったほうが良さそうである。健康保険も年金もますますその綻びが露呈するなかで自分の健康は自分で判断して守るしかない。

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