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			<title>気ままにエッセイ</title>
			<description>ボケにだけはなりたくないと思い、社会や身の回りの出来事に首を突っ込んで何かひと言いうこと、それで社会とのつながりを保ちながら好奇心を維持しようと考えた次第です。
そこで、流行りのブログを使って、社会的使命も責任も持たずに、一庶民の言いたい放題をやってみることにしました。おヒマなかたはお付き合いください。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/retiredmannewworld</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>気ままにエッセイ</title>
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			<description>ボケにだけはなりたくないと思い、社会や身の回りの出来事に首を突っ込んで何かひと言いうこと、それで社会とのつながりを保ちながら好奇心を維持しようと考えた次第です。
そこで、流行りのブログを使って、社会的使命も責任も持たずに、一庶民の言いたい放題をやってみることにしました。おヒマなかたはお付き合いください。</description>
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			<title>夕立</title>
			<description>日課のように午前中は畑に行く。このところの日照続きで地面はからから。２０坪の畑に1時間かけて水を撒いたら雲行きが怪しくなり雷鳴とともに夕立がやってきた。確かに天気予報は10時ころ「雨」になっていたが、不安定な天気でどうなるか分からなかったので取りあえず水だけは撒いておこうと思った。折角の労働？が無にはなったが、それでも雨はありがたい。雨あがりを待つまで小屋で計算してみた。１０mmの雨が降ると２０坪（６６m2）で何と６６０kgの雨が降るのだ。最近局所的な豪雨で１００mmなんて話をきくようになったが、これをわが畑に当てはめると６６００kg、６．６tである。もし、水の逃げ場がなければ、畑ののトマト、ナス、キュウリ、ピーマン、オクラ、ゴーヤ、カボチャそれに夏場の葉物として作っているツルムラサキ、モロヘイヤ、オカワカメ、スイスチャードさらにはまだ残っている小玉スイカがみんな圧死してしまう。幸い水のはけ口があったとしても、それは所詮自分のところが助かるだけで、必ずどこかにしわ寄せが生じる。１００mmというのは、そう考えれば、とてつもなく異常だ。生きることを拒否されたも同然だ。そして、その雨を降らせているのが人間の所業の結果だとすれば（仮にそうではなくても）やはり我々は自然の前に跪いて、この地上で生きる許しを請う必要があるのかもしれない。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/retiredmannewworld/54940567.html</link>
			<pubDate>Sat, 18 Aug 2012 22:43:25 +0900</pubDate>
			<category>その他文学</category>
		</item>
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			<title>お金なんて</title>
			<description>今日、帰途の電車のなかでふと見上げたら本の広告が目に入った。いわく「金持ちになる人、貧乏になる人．．．13万部突破」。いまどき日々の生活のために必死に働かねばならない人は従来にも増して多くなっているのだろうとは思う。だから、貧乏であるよりはよりオカネを稼ぎたいと思うのはこれまた道理で、そのことについてとやかくいうつもりは毛頭ない。が、広告を見た瞬間、なんと時代遅れな事を言っているのだろうと思った。本の内容はもちろん知らない。勝手な想像が頭のなかをぐるぐると回り、ガラガラポンと出てきたのだ。要はひとつの側面に囚われた価値観の貧しさを哀れに思った、ということなのだろう。オカネを稼ぐ上で失うもの、貧乏であるが故に得るものは必ずあるはずである。が、両者ともそれぞれに失うものと得るものに心が行き届いていないところに現代の不幸の原因の一つがある．．．そのバランスの欠如が社会の歪みを生み出している、のだと。「貧しきものは幸いである。」</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/retiredmannewworld/54938146.html</link>
			<pubDate>Fri, 17 Aug 2012 21:55:04 +0900</pubDate>
			<category>その他文学</category>
		</item>
		<item>
			<title>毅然としたものが．．．</title>
			<description>最近は何だか釈然としないものが多い。尖閣問題．．．入国管理法違反で逮捕。じゃぁ竹島はどうなの？やりたい放題やらせておいて実力行使はなし？なぜこのアンバランスを誰も言わないのか？オリンピックでサッカー選手が政治活動．．．これ、本人だけの問題ではないでしょう。オリンピックに政治を持ち込まないルールは当事者であれば当然知っていなければならないはず。個人の妄動だとすれば関係者が直ぐ止めねばならない。が、そのような報道は流れていない．．．ならば、チーム、あるいは国としての問題だ。特定個人に問題を矮小化させるのは本質から逃げているも同然だ。国内も似たり依ったり．．．マニフェストを無視したら選挙制度は崩壊するのは当たり前だろう。その他例を挙げ始めたら枚挙に暇がない。だが、社会の監視役たるべきマスコミすら何も言わない。全てが「真実」とはかけ離れたところで動く．．．あるいは動かされていく．．．「毅然」は急激に死語になりつつある。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/retiredmannewworld/54935690.html</link>
			<pubDate>Thu, 16 Aug 2012 20:22:56 +0900</pubDate>
			<category>その他文学</category>
		</item>
		<item>
			<title>ツイッターもねぇ．．．</title>
			<description>ブログを休眠状態にしてから、はや１年以上経ってしまった。何かを書きたい衝動は、その後、ツイッターへ向かったのだが、それもまたイライラ感がつのり最近ちょっと距離を置き始めた。ということでフラフラとここへ舞い戻ってきたのだが．．．これまた長続きするのやら．．．&lt;br&gt;
ツイッターは確かにスピード感がある。フィルターはない。だから何か一般のマスゴミが報道しない情報をキャッチするには格好のツールであることは認めざるを得ないだろう。が、何かを伝えたい、訴えたいと思う人たちにとっては、帯に短し、の世界であり消化不良を常に起こしてしまう。さらに言えば、１４０字ほどの短さ故に、そこが感情の吐き捨て場所に陥りやすいということもあるだろう。日頃の不平不満をぶちまけ賛同者を得ることに快感を覚える。そして、そこで思考は停止する。というか、そもそも思考が働いていないから感情の発散しかできない。あるいは、深読みすれば、この極端に短い字数制限は、一般大衆に悟られずに、思考能力を殺ぐ巧妙なツールになっているのではないかという危惧すらある。世の中にはアタマのよいヤツはゴマンといるのである。ネットの世界が不可避であればむしろ積極的に使う、という発想は為政者側から必ず出てくる結論である。ツイッターの利便性を吹聴しながら一方で一般大衆の思考能力を弱めることができれば、支配者にとってはネットが敵対的な存在からむしろ有効な支配ツールに大化けしてしまう。&lt;br&gt;
そんなことを妄想しているうちにツイッターへの興味も色褪せ路頭に迷いフラフラとここへ立ち寄ってしまった。が、これからどうなるのやら自分でも分からない。&lt;br&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/retiredmannewworld/54907627.html</link>
			<pubDate>Sat, 04 Aug 2012 23:30:29 +0900</pubDate>
			<category>その他文学</category>
		</item>
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			<title>最近ツイッター始めました</title>
			<description>最近、@yokohamaasahiでつぶやいておｒます。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/retiredmannewworld/54043260.html</link>
			<pubDate>Wed, 17 Aug 2011 15:21:34 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>母乳汚染</title>
			<description>&lt;br&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size:14pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:14pt;&quot;&gt;　ショッキングなニュースである。市民団体「母乳調査・母子支援ネットワーク」（村上喜久子代表）は４月２０日、福島市内で記者会見し、福島など４県の女性９人の母乳検査で、茨城、千葉両県の４人から１キロ当たり最大３６．３ベクレルの放射性ヨウ素１３１が検出されたと発表した。ほぼ１カ月前、３月２５日に当ブログで母乳汚染の危惧を訴えた。心配が現実になり大変残念である。乳幼児にとっては母乳は水と同等以上の命の綱であるので飲料水を例に現在の基準値をみてみよう。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:14pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size:14pt;&quot;&gt;　政府が出している暫定基準値は大人で３００ベクレル、１歳未満の子供は１００ベクレルである。これは、しかし、何の説明も根拠もなくいきなり引き上げられた数字であり、&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:14pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;WHO&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:14pt;&quot;&gt;では１０ベクレル、アメリカでは０．１１ベクレルが基準である。世界標準に照らし合わせれば既に大幅に許容量を超えたということだ。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:14pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size:14pt;&quot;&gt;　放射能を播き散らかしたと思われる爆発事故から既に一カ月以上が過ぎており、市民団体による今回の調査は遅きに失する感は否めない。日本国民はあまりにも政府、マスコミに従順でありすぎる。現政府の一連の行動を見ていれば国民のための政府でないことは一目瞭然のはずだ。体制に従順であることは決して美徳ではない。自分で情報収集し自分で判断して自分で責任を取る生き方がこれから問われるのではなかろうか。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:14pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size:14pt;&quot;&gt;　何が起きても政府やマスコミを恨まずに死ねるのならばそれはそれで立派な人生かもしれないが私にはできない。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:14pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/retiredmannewworld/53644944.html</link>
			<pubDate>Fri, 22 Apr 2011 00:42:15 +0900</pubDate>
			<category>その他文学</category>
		</item>
		<item>
			<title>そんなにお金が欲しいですか</title>
			<description>&lt;!--[if gte mso 9]&amp;gt;   Normal  0        0  2    false  false  false    EN-US  JA  X-NONE                                                                                               --&gt;&lt;!--[if gte mso 9]&amp;gt;                                                                                                                                                                                                                                                                                    --&gt;&lt;!--[if gte mso 10]&amp;gt;&lt;style&gt;table.MsoNormalTable	{font-size:10.5pt;font-family:&quot;serif&quot;;}&lt;/style&gt;--&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&amp;nbsp;&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot;&gt;　ひとは何故際限なくお金が欲しいと思うのだろうか。確かにお金があれば何でも手に入る。少なくとも物質的なものは、大概は可能だろう。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot;&gt;　人々の不幸を土台にせずに、広く社会のためになる仕事をして得たお金であれば文句は言うまい。しかしマスコミの世界において、情報を国民に伝える立場の人間が良心にフタをして意に沿わない情報を流しているとすれば、放射能汚染水を海に垂れ流していると同等に問題ではないか。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot;&gt;　もちろん、汚染水の海洋廃棄を指示した上層部がいるのと同じように情報の偏向を指示しているマネジメントがいることは容易に想像がつく。が、そのような人たちはそうさせる環境のなかで二十年三十年とどっぷり浸かっているのであろうから、軌道修正する、あるいはさせることはまず不可能なことであろう。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot;&gt;　であれば、マスコミの表面に出てくる末端の人たちが（キャスターなどを末端などといったら失礼だろうが）「こんな仕事はやってられません。」とみずから降板宣言をしてみてはどうか。そうすれば国民も少しは目が覚めるだろうし、なによりも本人たちの精神衛生に好ましいことだろう。良心に逆らってウソを重ねることほど辛いことはないはずだからだ。それとも良心の声を聞くことすらできないほどにお金の病に耳を冒されてしまっているのだろうか。そう言えば最近は「良心」という言葉が死語になりつつあるようにも見えるのだが。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/retiredmannewworld/53600795.html</link>
			<pubDate>Fri, 08 Apr 2011 23:31:48 +0900</pubDate>
			<category>その他文学</category>
		</item>
		<item>
			<title>バラエティ放送局</title>
			<description>&lt;!--[if gte mso 9]&amp;gt;   Normal  0        0  2    false  false  false    EN-US  JA  X-NONE                                                            MicrosoftInternetExplorer4                                     --&gt;&lt;!--[if gte mso 9]&amp;gt;                                                                                                                                                                                                                                                                                    --&gt;&lt;!--[if gte mso 10]&amp;gt;&lt;style&gt;table.MsoNormalTable	{font-size:10.5pt;font-family:&quot;serif&quot;;}&lt;/style&gt;--&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;font size=&quot;4&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot;&gt;　民放の報道や討論番組は本当につまらない。どのチャンネルも同じような内容を同じような順番で流す。それだけではない。掘り下げが全くないし本当の世論を反映させた議論もできない。チャンネルの選定基準がキャスターの人気程度ならば、いっそのこと国営放送に任せておけばよいではないか。政府や業界のプロパガンダは一社あれば十分だ。大いなる無駄の削減が出来るというものある。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;font size=&quot;4&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot;&gt;　民放とはスポンサーがあって成り立つ「商売」ではあっても、けっして国民のために政府や民間の不正義を「監視する機関」ではありえようがない。スポンサーや許認可権を持つ組織に逆らえる訳がないからだ。スポンサーを降ります、電波の使用料を上げますと言ったら即商売にさし障りが出る。したがい、報道の偏重などと批判するのは愚の骨頂だ。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;font size=&quot;4&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot;&gt;　ならば、民放は政治、経済、宗教などの分野からは一切、手を引いてバラエティにでも特化してやったらどうだろう。そうすればどんなにスポンサーよりの番組を作ろうが気にすることはない。後は見る側だけの個々の判断、責任である。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;font size=&quot;4&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot;&gt;　ひとつだけ最後に付け加えておこう。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;NPO&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot;&gt;放送協会のようなものを対抗馬として作らないと、冒頭項の馬は住民を蹴散らしながら暴走しそうである。&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/retiredmannewworld/53589862.html</link>
			<pubDate>Tue, 05 Apr 2011 15:19:35 +0900</pubDate>
			<category>その他文学</category>
		</item>
		<item>
			<title>こんな人が世の中にいるなんて</title>
			<description>&lt;br&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot;&gt;　首都圏の某知事は原発推進論者であるらしい。ネットでの情報なのでどこまで本当かはわからないが・・・&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot;&gt;　東京湾に原発を建設してもよいという。完璧な管理システムがあればと。しかし、こんなことはちょっと知恵のある人なら、いや、なくたって、誰でも言える。説明するまでもないが、どんな事故が起きても私の責任ではありません、と宣言しているに等しいからだ。現実の世界において「完璧」といえるモノ（私にとっては算数の加減乗除ぐらい）がほとんどあり得ないことを前提にものを言う。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;M&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot;&gt;９だとか１０ｍを超える津波が想定外だという、東電の立場？からすれば始めから負け戦である。議論の余地もない。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot;&gt;　では、ここで設問。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot;&gt;&amp;#9312;完璧なシステムを誰が確認して保証するのか。それは行政か。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot;&gt;&amp;#9313;完璧なシステムであること（すなわち何が起きても安全であること）をどうやって全世界の人々に知らしむることができるのか。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot;&gt;&amp;#9314;モノを作るには須らく設計基準が必要である。それは妥協の産物であるが、これを妥当として受け入れるのか。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot;&gt;&amp;#9315;完璧なシステムでなければ他県に原発を作っても許容されるのか。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot;&gt;&amp;#9316;（設問としては不適当かもしれないが）完璧ではない場合、リスクと経済活動のバランスをどう考えるか。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot;&gt;&amp;#9317;人の尊厳（あるいは命）と原子力に支えられる経済活動のどちらが優先されるのか。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot;&gt;　思い付くままに書き連ねたが、知事、議員候補者のみならず全ての現国会議員に署名入りのアンケートをとってみたいものである。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/retiredmannewworld/53581744.html</link>
			<pubDate>Sat, 02 Apr 2011 21:13:43 +0900</pubDate>
			<category>その他文学</category>
		</item>
		<item>
			<title>勇気ある撤退</title>
			<description>&lt;!--[if gte mso 9]&amp;gt;   Normal  0        0  2    false  false  false    EN-US  JA  X-NONE                                                            MicrosoftInternetExplorer4                                     --&gt;&lt;!--[if gte mso 9]&amp;gt;                                                                                                                                                                                                                                                                                    --&gt;&lt;!--[if gte mso 10]&amp;gt;&lt;style&gt;table.MsoNormalTable	{font-size:10.5pt;font-family:&quot;serif&quot;;}&lt;/style&gt;--&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot;&gt;　未だに原発の状況は芳しくない。むしろ悪化している、いや始めから憂慮すべき状態だったものが少しずつ明るみに出ているだけなのであろう。１～３号炉は格納器が損傷している可能性が大であるという。いつの間にかそんな報道が流れる。一体何時破損したのか。地震の直撃でなければ例の爆発かメルトダウンしかないだろう。あの爆発の衝撃は震度６の地震の比ではないはずだ。配管などはとうに吹っ飛び注水などできるはずもなかっただろう。だからこそ自衛隊が空からの散水を決行し、その後放水車による水の注入？に頼らざるを得なかったと考えれば辻褄が合う。炉心に冷却水が入らなければ当然メルトダウンに行きつくことは簡単に想像される。爆発あるいはメルトダウンの時点で大量の放射能が出たのだろうが公にするには憚られる数字だったのではないか。水道水の汚染もそうだ。本当のピークを過ぎてから公表し始めたのではないかと疑心暗鬼になる。３号機の爆発により素人目で見ても使用済み&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;MOX&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot;&gt;燃料の飛散で懸念される（もちろん炉心溶融でも懸念されるが）、プルトニウムについても少しずつリークが始まった。いずれにせよ、結果的に福島のかたがたには本当に気の毒であるが住処を失うことも心配される事態になり農家は途方に暮れ自殺者が出た。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot;&gt;　事ここに至っても一部の人々は、原発は推進せねばならない、と言う。経済を委縮させてはならないと。本当にそうなのだろうか。お金を吸い上げる母体が縮小しては困る連中のプロパガンダではないのか。そもそも経済とは経世済民ではないか。民を苦しめての経済があって良いはずはない。例え三割の電力がカットされたからと言って極端な経済活動の低下を招くことはなかろう。火力にはまだ余裕がある。節電もできる。各家庭の許容電流を３０&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;A&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot;&gt;から２０&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;A&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot;&gt;にしただけでも大きな節電になる。電子レンジとエアコンが同時に使えなくても命の危険に晒されるよりははるかにマシだろう。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot;&gt;　原発事故の経緯を見ていると、どこにあるいは誰に責任の主体があるのかはっきりしない。この国に蔓延している誰も責任を取ろうとしてこなかった「無責任症候群」のツケが一気に表面化したのがこの事故なのだろう。今こそ原発からの勇気ある撤退を国の宰相がみずからの責任のもとに宣言しなければこの不幸はいつまでも続くのではなかろうか。毎秒７０トンの水を７℃もあげて全国の原発から海に垂れ流し温暖化に寄与しながら・・・&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size:16pt;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/retiredmannewworld/53576487.html</link>
			<pubDate>Thu, 31 Mar 2011 20:20:28 +0900</pubDate>
			<category>その他文学</category>
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