最後の「日本海」22時間

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津軽の雪晴れ

 念願の雪の岩木山バックを終えもうしばらくネバりますが、でんしゃは来ません。
やはりこのダイヤの乱れでは、貨物列車はキビシイのかも。
 
 帰りのフライト、羽田行は14時と17時。もうチョット待って夕方の便にするかとも思いましたが、晩ゴハンまでには帰ると子供に約束してあったので、悩んだけどここで撤収を決断。どんだけ待っても来なさそうなので。
 
 弘前駅へ向かう途中で、ちょっと寄り道。大仏公園の丘のすぐ下に、弘南鉄道の赤い鉄橋があります。前来た時から、のどかでいいトコロだなーと思っていました。今日はこの雪景色。も一度だけ来てみました。
 
 土手の道は除雪なし。この辺りの方々は軽自動車でスイスイ進みますが、私には大冒険です。
 
 と、ちょうどその時! 踏切の音。
 
 すれちがいのためのちょっとのスペースにクルマを停め、夢中で走って構えます。そして・・・。
 
イメージ 1
弘南鉄道大鰐線  石川プール前―石川
2012.2.29  11時35分
 
 
 タイミングに恵まれました。この遠征最後の1枚です。
 
 津軽の冬はおそらくもっと厳しくて、このような天気は少ないかもしれませんね(ハッキリとはわかりませんが)。その意味でもこの日、でんしゃは2本きりだけど、ラッキーと思っています。
 
 このあとすぐに9号線に戻り、弘前駅へ。空港行きのバスは12時半。
 
 駅の反対側に行くため信号待ちの道の前方で、上りコンテナ列車がガード上を横切って行きました。まいっか(笑)。
 
 また来たいなー!

雪野原とお岩木山

 「つがる1号」、跨線橋をくぐり反対側です。
 
 こっちサイドはこの景色。津軽の代名詞、お岩木山がそびえます。
 
 「日本海」「あけぼの」そして「つがる」に乗って、遠方から帰ってきたこの地方の方は、この山を見て、「帰ってきたなア(津軽弁のつもり)」と実感するのでしょうね。
 
 数日来の大雪で足止めを食っていたそんなお客さんも乗ってたかも。待つ人が居る弘前へと、走り去って行きました。
 
 ココの雪野原。でんしゃはこれ1本だけでしたが、撮りたかった風景でした。
 
イメージ 1
奥羽本線 石川―弘前  特急「つがる1号」
2012.2.29  10時45分

雪晴れ

 翌日は、雪晴れでした。
 
 津軽新城のあと、青森駅まで行くも収穫なし。で、国道を戻り道の駅なみおかで「ご宿泊」。
 
 朝は津軽鉄道のラッセルなんか撮れたらと思いつつ、排雪はあまりに未知数。凍結の道路に慣れない運転で知らないところをウロウロするのはヤなので、土地勘の少々あるココに来ました。
 
 今日の下り「日本海」「あけぼの」はともにウヤであるのは、「日本海」乗車中に承知。EF81貨物でもきてkれないかなー。
 
 大仏公園も様子見で行ってみて、この跨線橋とどっちがいいか。
 
 跨線橋上にいらした女性の方のハナシでは、「つがる1号」は石川でEF81と交換するとか。その情報を決め手に、上り下り同時に対応できる跨線橋を選択です。ただしちゃんと来ればだけど。
 
 下り旅客、来ました。定刻です。
 
イメージ 1
奥羽本線 石川  特急「つがる1号」
2012.2.29  10時45分
 
 始発の秋田からちょうど2時間。定刻はさすがです。
 
 上り貨物は、現れずでした。仕方ないでしょう。

弘前下車

 弘前到着です。15時15分頃でした。
 
 青森まで、という気持ちもありましたが、レンタカー屋さんが首を長ーくしてると思い、下車。私の4001レ「日本海」は、これにて終了と相成りました。
 
 同志のみんなとはまたいつか、日本のどっかで会いたいです。
 
 ホームに降りて階段を上ろうとしていると、動き出した「日本海」のオハネフの窓から、車掌さんが声をかけてくれました。こちらこそです。上り「日本海」「あけぼの」や、痕で知ったけど後続の下り「あけぼの」は運転中止。終点まで走りぬいたわが「日本海」と、運行を支えた車掌さん敬礼! 
 
 
 
 奥羽本線代行バスの人の列を見て、駅レンタカーへ。大館で電話していたので、私が遅れて到着するのはご承知。手続き後すぐに出発します。
 
 できれば後続の「あけぼの」を・・・。
 
 国道を北上。しかし道の両サイドは高く雪が積まれ、線路は見えません。何カ所かで線路にアクセスを試みるも、除雪がされてなかったりでダメ。渋滞もあって「あけぼの」はムリそうです。
 
 以前来た北常盤周辺も過ぎ、結局ココに来ました。
 
 道路わきの雪山の上にお一人。これは何か来るか? という思いだけでココに決定。クルマを停めて。這い上がります。
 
 お話によると、「あけぼの」は「日本海」の20分あとだったとか。意外と早かったんですね。
 
 で、列車は来ず。やはりこの区間復旧してないようです。寒い中で並んで待つこと?分。辺りも暗くなる中で気配。青森方からこんなのが来ました。
イメージ 1
奥羽本線  津軽新城―鶴ヶ坂
2012.2.28  17時05分
 
 EF81牽引の、配給でしょうか。私にとっては珍しいモノが撮れました。
 
 このあと下り普通列車(客扱いは不明)が通り過ぎたところで、終了としました。
 
 この一面の白い世界、「あけぼの」はかなわなかったけど、1枚残せてよかったです。

大鰐温泉〜後篇

 大鰐温泉のつづきです。
 
 その前に、前の記事で上り「あけぼの」、回送表示と書きましただ、そうではなかったのが判明したので訂正します。
 
イメージ 1
 
 この絵をよーく見ると、行き先方向幕「上野」となってます。
 
 でも私の記憶では、すでに回送となって、翌日の下りのための送り込みだったようでした。
 
 
 さて大鰐。これがけっこう楽しめました。「日本海」「あけぼの」の後、さあ次はナンダ!? みんな待ち構えます。
 
 ホームは雪。大館と同じように、何人か上がりました。
 
イメージ 2
 
 私も(ただしこの方ではありません)。
 
 踏切が鳴り、今度はコレ。E751の登場です。
 
 もちろん回送のハズ。「日本海」とのコラボをプチ俯瞰です。
 
イメージ 3
 
イメージ 4
 
 大館方面へと去って行きました。
 
 と、この方たちが現れました。
 
 毎日放送「ボイス」クルーです。大館で代行バスだとばかり思っていたのですが、さすが記者魂。ちゃんと残ってくれていたのですね。
 
イメージ 5
 
 またまたインタビュー開始です。お題はやはり、「なぜ残っているのか?」
  
イメージ 7
 
 私たちにしてみれば、「ナゼ」よりも「当然」名のですが、そこんとこを掘り下げて、世の人々に分かりやすく伝えるのが彼らの使命。
 
イメージ 6
 
 この場で代表してインタビューを受けたある方の答えが印象に残って今でも覚えています。いろいろ長く受け答えされてましたが、その中でこの一言。
 
 「ブルートレインは、時間ではなく空間を楽しむもの」
 
 そーですね。だから何時間かかっても気になることなんかなく、楽しんでいられるのでしょうね。私たちみんなの気持ちを代弁してくれた気がして、「連帯感」「一体感」が生まれた瞬間でした。、
 
 
 
 大鰐発車は15時すぎ。かれこれ1時間半はいたと思います。
 
 上り「トワイライト」は、ザンネンながら現れませんでした。
 
 この日の「日本海」が、大鰐で抑止だったことはあまり知られてなかったようで、こののち津軽新城のポイントででお会いした方によると、「日本海」が何処に居るのか沿線でカメラを構えていた方々にとっては、結構ナゾだったみたいでした。
 
 
 
 いよいよ弘前です。私はこれにて下車。
 
 計画では青森まで完乗し、普通列車で」引き返して弘前でレンタカーという算段だったのですが、かなり時間が遅れていたし、このダイヤの乱れでは弘前に帰れなくなってしまうだろうと考え(実際弘前駅では、奥羽本線上り下りとも、代行バスの列が長ーくできてました)、弘前下車を決めました。
 
 
 
 長かった私の「日本海」、お別れのときが近づいてきました。

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