|
ナイスのかわりにポチットお願いします
↑ ↑ ↑
人生は、誠にわずかばかりなり
だから、好きなことをして
生きるべきだ
人間一生
誠にわずかの事なり 好いた事をして 暮らすべきなり (葉隠・・・山本常朝) 「馬鹿なことを言うな!」好きなことをしていたら 「偉い人」になれない「金持ち」になれない 「大きな家に住めない」 「贅沢な暮らし」が出来ない 「有名な大学」に入れない 「馬鹿を言っちゃいけないよ」とどこかで声がする。 さて、「金持ちが偉い」と誰が決めた。 「贅沢なセレブな暮らしが幸せだ」と誰が決めた。 「有名な大学を出ないと不幸だ」と、誰が決めた。 「顔がいい、スタイルがいいと幸せが来る」と誰が決めた。 神さまは、そんなことは決めていない! 天は、断じて決めていないぞ! そうじゃあないよ 金も名誉も地位も、スタイルもよくないけれど 「自分自身に、正直に、清貧」で生きたらいい 正直でへまもするが、 他人への思いやりがあり勇気のある人がいい。
わが道を「一貫不惑」に生きる人は、すばらしい。 「いつもわずかな幸せでも感動し、感謝する」ピュア-で素朴な生き方がいい。 「二度とない、たった一度の人生を、大切に生きなければ、お天とうさまに申しわけない」と思う。 そのためには、まず 自分に正直に 自分に嘘をつかずに生きねばならない。 [毀誉褒貶や利害や得失]に囚われないで生きねばならない。 世間体が悪いと、世間に恥ずかしいと遠慮して何になる、世間など狭いもんだ。自分がしたいことを、良いと思う生き方をすればいい。 誰かの眼を気にせずに、自分が好きであればいい、自分が楽しければいい、自分の幸せは自分が作るものだから。 好かぬ奴を無理に 好きにならないでいい。 好きでもない仕事に、へばりつき耐えることもない。 「件数やグラフ」に追い回されて、上司や会社に振り回される事も無意味だ! 会社が自分に何かをしてくれると期待しないことだ 自分がいなければ会社が回らないと過信しないことだ おうおうにして、自分が思う程、期待されていないのだから 「好かぬ事はせぬことだ」 人間の一生は、短い・・短い一生なのに好きでもない事をして生きる理由は無い。 「夢の間の世の中」「儚い人生」すかぬ事ばかりして、苦しみ働き通して死んで逝くのは、愚かなことである。 自分が、嫌いであると思えば嫌いでいい、やりたくないと思えばしなくてよい。結局・・やるかやらないかを決めるのは自分だからである。 何故、好きでない事、嫌いな事をしぶしぶやるのか?それはとりもなおさず「利害」を考えるからだ!「損か得か?」を考えるからだ。損得など考えず好きに生きたらいい。 人生のわずかな命を「損得のるつぼ」でどっぷりとぬるま湯につかり生きることも無い、好きなことをして好きなことを言いながら、楽しく生きるべきである。 「嫌いなことでも、辛抱しなければ金儲けできない」と考える人がいる。しかし死ぬ時に気がつく、もっと自分に正直に「好きなこ事をすれば良かった」と・・その時では、もう遅い! 「好き勝手に生きる」ことで、他人に迷惑をかけてはならない。「自然に好きなように生きれば良い」と言うことである。 戦後の日本は、謝罪ばかりして 「好かぬ事」ばかりしてきた。
その結果アジアで日本はどのような位置を確立出来たのか?
もういいかげん、本音で勝負しよう!
「言いたい事も、したい事も、好いた事も」しまくろう!
ナイスのかわりにポチットお願いします
↑ ↑ ↑
ナイスの代わりに是非クリックして応援をお願いします。
↓ ↓
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用




なぜ働いているのか?
衣食住のためであろう。
その上乗せに贅沢がある気がします。
どれだけ上乗せるかは本人次第で
借金しても上乗せる人もあれば
あれこれ知恵を搾って稼ぎを考える人もいて、、
金儲けの上手な人、下手な人、、頑張るのに失敗する人、、
でも相手が常にある中で友達や仲間、家族のことも
念頭にあるので、必ずしも私利私欲ばかりで傾いて行く道ではなくなっています。
突き詰めて行く部分でどれだけ腹を括れるか、覚悟の度合いと
人生の経緯、紆余曲折が決め手になる気がします。
もちろん成功するかどうかは努力だけではないとも思います。
難しい
2015/1/25(日) 午前 11:41
> ぴーかんさん
うんうん。。。そうそう
2015/1/25(日) 午後 0:00