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私を捨て去る わたしを「捨てさり」 「自から与える」が故に「受け」 「ゆるす」が故に「ゆるされ」 おのが身を「捨ててこそ」 永遠の 「やすらぎ」を得ん 自分が・・自分が という我(が) おかげ・・おかげ という下(げ) 自分を取り去ると楽になる。 正法眼蔵随聞録の中の言葉ですが、
「竹の声に道を悟り、桃の花に心を明らむ」とあります。
智閑和尚が庭の掃除をしている時に、
瓦のかけらが竹にあたって その音によって
悟りを得たというお話とです。
志勤禅師が まわりに咲き乱れた
桃の花を眼にして
悟りを開いたというのそうなんです。
竹も花もいつもそこにあるんですが
自分を捨て去ると
それが聞こえ
それが見えるんです。
聞こうとしなければ聞こえないし
見ようとしなければ目に入らないのです
そこに自分の心が
捨てきれるかどうかです
「おもてなし」の心とは何か、それは「私を捨て去る」ことではなかろうか。
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