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お稽古にいけました 今年の 初稽古 うれしい |
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2015年01月27日
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S氏は、叔母が負担であった
そして
何よりも今目の前にいる住職が負担であった
話しているとバカバカしくなる
先祖代々の墓に入れるのは
長兄の妻のみと
檀家が決めたから
祖父が住職だった時
S宇治の叔母の先夫
その子供
祖父の兄弟で、両親が亡くなったため幼女になるも
幼くして亡くなった子供など
入っているわけで
個人の家庭の問題なのでと
しっかりと檀家に言い切れず
身内にのみ
無理を偲んで我慢してもらい
物事を丸く収めようとする
甘えた考え
手口が見え見えなのだ。。。
「用事があるので。。また」
s氏は切り出した
もういい
なるようになれ。。と思った
こんな男(住職)と話しても
こちらの方がおかしくなってくる
S氏は住職を心から軽蔑し
たとえ血が繋がっていても
もう、このような考えの人間と接していたら
次から次へ
どんな無理を押し付けられるかわからない
S氏の母がそうだった
しかし
母はなぜ、あそこまで家に尽くしたのだろう
逆に突き放した方が
本人が考える
本人がなんとかするだろう
いつも身内がやってくれる
こういった生活習慣を持った人間に
付き合っていたら
自分の人生も同じ道のりをたどる
結論は決まった
s氏は、一旦会津の実家に戻り
かなりイライラするので
気持ちを抑えるために
医者から処方された安定剤と
入眠導入剤を飲み
眠ることにした
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s氏と住職は
会津のお寺の応接間で
話し合っていた
先祖代々の墓に入れることを反対するのは
自分の寺の檀家たちで
自分ではないという
それに対して
s氏はいう
「お寺を支えてくださる檀家さんたちは
住職にご先祖さまの魂の安息を
お願いしておりますから
その代わりとして
檀家さんたちは
お寺に、お布施という形で
施しをさせていただいている。。
お寺の運営とは
このようなことではないですか?」
さらに
s氏はつづける
「住職というのは
宗教家という職業で
その方も家族がいる
その家族の問題においては
檀家さんたちは
とやかく言う権利はないと思います」
s氏は、話しながら考えた
家を支えた母を入れたくないのは
住職の母方の
個人的な感情であろうと
負けず嫌いの
住職の母は
s氏の母の成功を妬み
追いやろうとしていることは
薄々気が付いていた
子供の頃
今の住職や政治家になったその弟
住職の父
S氏は、いじめられた
s氏の両親が不在であったこともそうだが
s氏の祖母
会津特有の儒教の教えを
子供の頃のs氏はすり込まれていた
なので年長者
また年長者の子供に対しては
理不尽であると思っても
抗うことができなかった
子供の頃のトラウマは
今でも引きずっている
自分自身の厄介なところ
s氏は
鬱陶しいと思っても
その人を断ち切ることができない
s氏の性格もある
優しいのだ
しかしそれだけではなく
幼い頃叩き込まれた
儒教の教えがある
相手の立場を考えて
逆らうことはできなかった
人はそういったところは
直感でわかるらしい
抗えないとわかると
何を言っても、言い返されないので
言いたいことを言ってくる
結局、その人が絶対に出してはいけない
醜い面を
s氏は引き出してしまう性がある
s氏は
そんな自分が嫌いであった
また
あれだけやられている
叔母に同情していた
どうして、このような人物ができたのか
わかるような気がした
儒教の教えは
ある意味、現在の競争社会においては
理不尽で古臭い
しかしながら
たまたま生まれ育った環境で
儒教の教えを盾に取り
特別努力しなくても
周りに尊敬され
守られ
楽に生きていける人々がいる
間違えても
こういう人が
多くの価値観が異なる都会で暮らしたら
潰れるだろう
叔母はこの環境に生まれ
育ち
二度目だが、裕福な伯父と結婚して
悠々自適に暮らしていた
当然付き合っている人々は
社会的に成功した人物の妻たちで
その妻たちのキャリアも高く
その子供たちも
それなりの有名教育機関に入学して
これが人生のステータスと感じている人たちだったのだから
会津という
徳川家に対する忠義のために
不利な戦いをして
官軍に負けてしまい
会津の土地を追いやられ
北海道や斗南藩のほうに
行かされた
人々
食べるだけでやっとで
国内にいての仕方がないと
海外に留学し
会津の再建を望むも
帰国後
これだけの知識と教養を得ることができても
それを生かす用意が会津ではなく
結局
会津から離れて活躍した人々
津田梅子
大川捨松
当時の津田梅子の手紙には
豊かな人と結婚した女性は
まるでお人形のよう
貧しい農家に嫁いだ女性は
まるで女中のようであった。。。と
叔母の性格では
お人形を選んだのだと思う
お人形になるためには
本当の自分を殺さなければいけない
いや
本来自分がどういった人間なのかも
自分で理解しようとする
ゆとりもなかったのかもしれない
昔から不器用と言われ
本当に不器用かどうか、自分を見つめることなく
自分を不器用と思い込む
そして
面倒見の良い、器用なs氏の母を
よびよせて
寄生する
本能的なものもあるけれども
住職と話していると
こういった本能がなければ
恐らく
この環境を生き抜くことができなかったのだと思う
実際のs氏の叔母は
美しい女性だった
色白で
目は細く、まるで筆で書いたようであるが
愛嬌があり
可愛らしい
しかし、個性を尊重しない
保守的なこの地では
美人といわれる顔立ちは
一定方向に決まっていて
それにはまらない人間は
醜い女性となる
叔母は子供の頃から
醜い女性というレッテルを貼られていた
女性としては
本当に屈辱的なことだと思う
その反面
s氏の母は
綺麗な二重で
目鼻立ちがはっきりしていた
肌の色は浅黒いが
筋肉がしっかりと締まり
健康的な肉体の持ち主
この地の人たちは
s氏の母を美しいと評価し
s氏の叔母と比べ
ある意味、叔母はそれが劣等感だったらしい
叔母の最初の夫は
背が高く
美し顔をしていた
叔母が最初の結婚をした時は
s氏はまだ生まれていない
白黒写真に
美しい男性と仲良く寄り添う叔母の写真を見つけて
その男性が誰であるか
母に尋ねたことがある
「おばさんの最初の旦那さま」
母は答えた
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